第3話 ヒロインと出会う気がする

 はっ! 今日俺はヒロインと出会う気がする。


 そんな予感とともに目を覚ますと、俺は見知らぬ森の中にいた。

 もう三話だしな、そろそろヒロインと出会う気がする。


『SAVE THE CATの法則』もまだやっていないし、できればヒロインに出会うのと一緒に片付けてしまいたいところだ。


 自分の服装を見れば、ラフな格好というか、すこしゴワゴワした素材の布になっている。

 これがこの世界の標準的な服なのだろう。スーツを着たままで出自を怪しまれるのも面倒臭いのでありがたい。


 これから『いざ冒険!』といきたいところだが、その前に、とりあえずあのセリフを言わないとな。

 ……状況確認のために。


「す、ステータスオープン!」


 やだっ! 恥ずかしいっ!!

 っていうか、詠唱省略可にしてもらったからこれも省略して出せるのでは?


 そう考えた俺は、一度表示されたウィンドウを閉じて、改めて心の中でステータス画面を開くようイメージしてみる。すると――。


「出るじゃん!? 言わなくていいじゃん」


 ステータス画面はあっさり表示された。この世界の常識がどんな感じかわからないが人前で言わなくて済むのはありがたいな。


「まぁ、みんなが言ってたら逆に言いたくなるかもしれないが」


 日本人は同調圧力に弱いからな……。


 それはそれとして、俺は開いたステータス画面を確認していく。

 そこには俺の強さの数値やスキルなどが並んでいる。女神と確認していった通りだ。


 スキルのレベルは高いが俺の本人のレベルは1これは俺の希望だ。

 最初からすべてカンストだと成長要素がないので、自分のレベルだけは1にしてもらった。

 達成感を得るためには数字が上がるのが重要だ。


「まぁ、身体強化とかのレベルが高いからレベル1でも強いらしいけど」


 普通のレベル1だと死ぬリスクが高すぎて、流石にできない。


「とりあえず、町に行くか」


 ステータスを確認した俺は、町を目指すことにする。


 ――が。


 どっちに行けばいいんだ、これ?

 周りをみても視界の悪い森の中では町どころか街道すら見えない。


 このまま、森で迷ったまま森の中で野垂れ死ぬのは勘弁だ。

 まぁ、水魔法で水は出せるし、鑑定で食べられそうな草木や果実は判別できそうなので、そうそう死にはしないだろうが。


 ワールドマップも見ることができるようにしてもらったので、俺は一番近そうな町に目星をつけて、まずはそこに繋がる街道に出ることにした。


 俺は森の中を進みながら現れる魔物を倒しつつ道なき道を進んでいく。

 出てきたのはウルフにゴブリン、スライムなどいわゆる下級種族に属する魔物たちだった。女神はちゃんとレベルバランスも考えた場所に飛ばしてくれたようだ。

 魔物を倒す中で、魔法やスキルの使い方などを把握し、自分の身体能力も確認していく。


 武器は適当に拾った木の枝だけだったが、魔法も使えることもあり、この森にいる魔物で苦戦することはなかった。魔物とはいえ生き物を殺すことに少し抵抗を覚えたぐらいだ。

 元の世界では虫を殺すぐらいで殺生とは無縁だったからな。

 だが、この世界に来た以上こういうことにも慣れていかなければならない。


 前世では部活動ぐらいしか運動をしたことがなかった俺だが、スキルのおかげか剣代わりの棒きれに振り回されることもなく、しっかりと使いこなせている。これがもっと重い実物の剣になっても大丈夫そうだ。


 倒した魔物が絶命すると、その生命の素となっていた魔素が集まり、魔石となって現れる。この世界では魔石は武器や防具を作るのにも使用され、強い魔物の魔石は高値で取引されることもあるらしい。魔石を鑑定した時の説明文にそのようなことが書いてあった。


 無限にしてもらったアイテムボックスという名の革袋に魔石や使えそうな魔物の死体を収め、剣術や魔法を試しながら森を進んでいくと、ようやく地図で見た街道に出ることができた。


「に、逃げろ―!!」


 街道に足を踏み入れた時、人の声と馬の嘶きが耳に届いた。

 声のする方を見ると遠くに人の数倍サイズの巨大なウルフと、それを取り巻く多くのウルフたちに馬車が取り囲まれていた。

 巨大なウルフは俺の視界には『バンディットウルフ』と表示されている。周りのウルフ達が従っているところを見ると、個々の集団ではなくあいつが群れを率いているんだろう。


 馬車の護衛をしていたであろう剣士は、バンディットウルフに向かって剣を構えているが、明らかに腰が引けている。

 その周りにはすでに絶命した者もいるのか、何人か倒れている人も見えた。


「おいおいおい」


 いきなりボス戦かよ! バンディットウルフのレベルは35、周りにいる大型のウルフたちは20前後、対して剣を構えている男のレベルは15だ。

 普通のゲームでは、とても勝ち目のないレベル差だ。


 森で少しレベルが上がったとはいえ、俺のレベルはまだ5だ。乱入して助けることができればカッコいいが、……勝てる、のか?


 いや、躊躇ってどうする! この世界では好きに生きると決めて、あれだけ入念に旅行代理店のお姉さん(女神)と設定を決めたんだ。

 行け! 俺!


 俺は意を決して馬車を取り巻くウルフの群れへと乱入した。


(まずは、武器!)


 流石に木の枝のままでは心許ない。


「借りるぞ!」


 死人に口なし、承諾の返事を聞くことはなく、俺は転がっていた剣士の死体の一つから素早く武器を取る。


 そして、すぐさま馬車を取り巻くウルフたちを斬りつけていく。ただのウルフだが一頭一頭が人間の大人と同じぐらいのサイズがある。

 それでも俺はためらわずに、容赦なく剣を振り抜く。何かのスキルが精神に作用しているのかアドレナリンのおかげか、これだけの数のウルフを前にしても乱入してからは恐怖など微塵も感じていなかった。


 俺が駆け抜けたあとにウルフの死体が転がっていく。数瞬の後、残っているウルフはバンディットウルフだけになっていた。


 バンディットウルフは対峙していた剣士とともに俺の動きにあっけに取られ、呆然としていた。

 しかし、剣を向ける俺の姿をみると我に返ったように牙を向き、唸り声を上げて俺を睨んだ。


「あんたは逃げろ!」


 俺はまだ呆然としている剣士に向かって叫ぶと、彼は『ひぃっ!』と声を上げて街道を走って逃げていった。


(なんか、ウルフよりも俺を怖がってなかったか……?)


 助けてあげたつもりなのに、失礼なやつだ。


 俺は改めてバンディットウルフと向かい合う。試合ではないので、合図はない。互いの呼吸を見ながら機を狙う。俺はバンディットウルフを見ながらずっと動かなかった。

 待っていれば絶対にバンディットウルフから動く、ウチの飼い犬もそうだった。待てと言っても待たずに、すぐに餌に食いつく。ウルフや犬はそういう生き物なのだ。


 そして、俺が思った通り、バンディットウルフはすぐにしびれを切らして俺に向かってきた。俺はその動きに合わせるように体を動かす。

 これもスキルのおかげだろう、集中を高めるとバンディットウルフの動きはまるでスローモーションのようにゆっくりに見えた。

 ゆっくりと進む景色の中で俺の体だけがいつもの速さで動く。俺はバンディットウルフに接近すると、その喉元を振り抜いた剣で切り裂いた。


 その一撃でバンディットウルフは絶命し、その死体の横に大きめの魔石が転がった。


 ――そして誰もいなくなった。


 ではないが、本当に俺以外の人間がいなくなってしまった。馬車を引いていた馬は逃げ、御者と思われる遺体と、護衛だったと思われる遺体が数体。先ほど逃がした剣士を除いてみんなやられてしまったようだ。


 俺は馬車の持ち主がわかる何かがないかと、馬車の中を確認する。

 運んでいたのは荷物だったようで人が乗れるような構造ではなく、荷物が乱雑に置かれている。

 その中の一つに布が被せられた荷物があった。


「これは……?」


 布を取ると中身は人ひとりがやっと入れるような大きさの檻だった。その折の中にボロ布を抱えるようにして寝転がっている子供がいた。


 ……さてはこいつ、ヒロインだな!

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