第2話 神様からチートスキルをもらう気がする

 はっ! なんだか神様からチートスキルをもらえる気がする。


 そんな予感とともに目が覚めると、目に映るのは知らない天井……ではなかった。

 何も目に映らない真っ白い空間、そんなところに俺は寝転がっていた。


 俺は死んだはずだ。じゃあここは、天国?

 俺はトラックに撥ねられて死んだんだから。


 あの衝撃と感触を思い出すだけで吐きそうになる。

 しかしどうして俺は目を覚ましたのか。

 あれだけの事故にあって生きていたなんて奇跡でも起きたんだろうか。


「あら、起きたの?」


 声のした方に顔を向けるとそこには天使がいた。


 ……いや、違うな。


 天使よりももっと格上のような、そんな雰囲気を感じる。

 別に天使にも会ったことないけど……。

 天使というよりも女神という雰囲気の方が似合う、そんな出で立ちの女性だった。


「えっと……」


 俺は言葉が出なかった。だって目の前には女神がいるのだから。

 輝くような金色の髪に、すべてを見通すような碧い瞳。その美しい容姿はまるで絵画の中から出てきたようだ。


「いらっしゃい、十振怜人(とぶりれいと)くん」


 そう言って女神は俺に向けて微笑む。


「ここは、どこ……ですか?」

「ここは、そうね。天国でも地獄でもない、とりあえず死後の世界とでも言っておきましょうか。そんなところよ」


 死後の世界。

 まさか本当にあるとは思わなかったが、目の前の女神を見て納得せざるを得ない。

 こんなハレンチな格好を現実でしていたら、公然わいせつ罪で逮捕されかねないからだ。


「あなたがここに来た理由はわかっているわよね?」

「はい、転生するためですね」

「えっ?」


 俺の答えに女神は半分裏返ったような声を上げた。


「あ、あれ? 違いました?」

「いや、あっているけれど、話の展開の先を行かれたと言うか……『はい、俺は死んだんですね』っていう答えを期待していたものだから」

「……なるほど」


 どうやら女神様はアドリブに弱いらしい。絵画の中から出てきたようだとその容姿を評した手前、彼女のことは敬いたいのだが、俺の口調を低めの声を無理やり出して真似する彼女はなんだかすでにポンコツな雰囲気を醸し出している。


 しかし、俺は社会人経験もそこそこ積んだ大人な男だ。大人気ないことはせずにシナリオ通りに物事を進めてやるのが主人公としての努めだろう。


「あの、マニュアルとかあります?」

「マニュアル?」

「えぇ、俺はきっとイレギュラーな存在だと思うんですけど、そういう事態に対応するマニュアルのようなものは用意されていないのでしょうか?」

「あぁ、そういうやつね。それならあるわよ」


 そう言って女神は手を上に向けると何もないところから、本を取り出してみせた。

 ……この人本当に女神なんだな。


「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「えぇ、どうぞ」


 女神が取り出した本を受け取ると、俺はその中身を確認する。

 中身はよくある業務用のマニュアル……ではなく、想定問答のみが綴られた台本のようなものだった。


(この人がアドリブに弱いのは、これが原因か……。書き方がまったく汎用的じゃないな)


 演劇部の脚本担当なら褒められるだろうが、仕事でマニュアル作ってと言われてこれが出てきたら怒られる代物だ。


 まぁ、業務改善は別で行ってもらうとして、とりあえずはこれに沿ってみるか。


「えっと、『あなたがここに来た理由はわかっているわよね?』からもう一度やってもらっていいですか?」

「えっ? は、はい」


『わかりました』と言って女神は佇まいを直す。彼女がアドリブに弱いのなら彼女の想定通りにやってあげたほうが進行もスムーズだろう。


「あなたがここに来た理由はわかっているわよね?」

「はい、俺は死んだんですね」


 俺が暗い表情を作ってその返事をすると、女神の目が輝く。『それよ! それそれ!!』と目で語っている。


「そう、死んでしまったの。残念だけれど……」


 女神は伏し目がちになり、悲しそうに俺から目を背けた。なかなか演技派な女神だ。俺が来る前に何度も一人で練習していたのかもしれない。そう考えると泣けてくる。


『でもそれってあなた方の手違いですよね』主人公が冒頭で死に、それが神様の手違いでお詫びにチートスキルをもらえる。それはわりとオーソドックスな展開だが、いきなりそれを言うとおそらく再び彼女を混乱させてしまうので、俺は手に持つ台本のとおりに話を進める。


 ……演劇の練習か? これ。


「それで、なんで俺はここにいるんですか?」

「そのことなんだけど、実は……」


 女神は俺が予想した通りのことを話してくれた。やはり俺の死は手違いで、あの子供は誰も助けなくても奇跡的に助かる予定だったらしい。


「ということは、俺の死は」

「無駄だった。ということね」


 女神は俺に向かってニッコリと微笑んだ。わかってるとはいえちょっとイラッと来るな。

 プークスクスとか半角で言われないだけましか。


「それで、これから俺はどうなるんです?」


 マニュアルを見ると『以降は発生した事象により適切に対応すること』と投げっぱなしになっていた。


 マニュアル……とは?


 まじで、これからどうなるんだ?


「えぇとですね。十振さんの場合はですね、本人の意思次第ということで、このまま消滅するか転生するかを選べるんですけど……消滅します?」

「しないですねっ!」


 勧めるのそっちかよ! 別に生きるのが嫌になって死んだわけではないんですけど!?

 ここで選ぶなら転生でしょう。


「あ、転生ですか? じゃあ、設定を詰めないとですね……」

「なんでちょっと面倒くさそうなんですか?」

「いえ、色々と決めることが……」


 そう言うと、女神はタブレット状のものを取り出して、なにやら見始めた『えーっと空いている転生先は……』とかぶつぶつ言っているので俺の転生先はこれから決まるのかもしれない。

 行き当たりばったりだな。こういう所こそマニュアル化しておけよ。


「えっと、転生先っていろいろ選べるんですか?」

「そうですね、いくつかコースがあります。人気なのは無双コースですが、他にはスローライフコースや成り上がりコースもありますし、悪役令嬢コース……はあなたの場合はTLモノになってしまいますね。あと、もし十振さんにNTR属性があるなら追放コースなんかもオススメですよ」


 女神はニコニコとしてコースの説明をしてくれる。

 ニコニコと説明してくれるその様子はまるで旅行代理店。JT○やH○Sの出身か、この人?


「それから、転生先でも人間になります? スライムとかアンデッドとか蜘蛛になった方もいますよ?」

「まてまてまて、一度にそんな決められるか! ちょっと考えさせてくれ」


 女神に椅子とテーブルを出してもらい、俺と女神は話し合いを始める。

 テーブルには情報を確認しやすいよう女神がそれぞれのコースの説明が書かれた紙を出してくれていて、傍から見れば完全に旅行代理店の風景である。背景にパンフレットを並べた棚でも置いてくれれば完璧だろう。


 俺は女神が上げてくれる条件をもとに、転生先の設定を詰めていき、女神は先程取り出したタブレットで俺が言った条件を選択していく。


 あれで管理しているのか、神様の世界もDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいるんだな……。


「えーと、世界観はよくあるファンタジー世界風で文明レベルは中世から近世ぐらい、魔法世界なので清潔感は保てているということにしましょうか。あと面倒なのでSI単位系も導入しておきますね。食べ物なども現在の地球をベースにしておきます。土壌や肥料までは再現しないので、味は保証できませんが……」


 ふむふむ、よくある世界観だな。魔法が発達してる代わりに工業が発達していない。中世ヨーロッパ風というやつだ。慣れ親しんだ世界観という意味ではとてもありがたい。俺は女神の質問に頷いて答える。


「スキルもいろいろつけておきますね。鑑定に隠蔽に、戦闘用の身体強化、魔術士、剣士、闘士、弓士、いや面倒くさいから戦神とかの上級職全般セットとかでいいかな?」


 えっ、そんな適当でいいの? いま聞き捨てならないセリフなかった?


「それから呪文の詠唱します? 恥ずかしいからいらないっていう人もいるんですけど」

「黄昏よりも?」

「昏きもの」

「天光満つる処に?」

「我は在り」

「いります。あ、でも省略できるようにしておいてください」

「わかりました。なかなか通ですね」


 あんたもな。


「アイテムボックスはどうします?」

「あぁ、無限に入るやつがいいですね」

「形状は?」

「普通の革袋みたいなやつで」

「実体ありですね。盗まれちゃうかもしれないですよ?」

「俺か、俺が許可した人だけが使えるようにできます?」

「認証付きですね。大丈夫ですよ」


 そんな感じで、旅行代理店のお姉さん(女神)とコースの内容やオプションを詰めていき、俺の転生先が決まった。


「では、そこの魔法陣の上に立ってください」


 女神はどこからともなく杖を取り出すと、真っ白な地面の上に魔法陣を広げる。


「これでいいのか?」


 俺がその魔法陣の上に立つと、光の粒が上の方へと登っていき、雪の降る映像を逆再生したような様が目に映る。


「えぇ、これからあなたを送ります。転生先ではあなたはレイトです」

「あぁ」

「では、レイトさんに良き転生ライフがあらんことを――」


 女神がそう言うと、俺は死んだときのように再び光の中に包まれた。

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