第20話 エルストの討伐報告

「やっぱりというか、なんというか。あなたたちただのDランクじゃなかったのね」


 エルストはマシロと俺を見ながらため息をついた。

 結局のところレッドワイバーンを倒したのは俺の魔法だったが、詠唱しながら見ていた感じではエルストがレッドワイバーンに特に劣っているとも思えなかった。

 なんで最初にあんなに狼狽えていたのかを問うと。


「私は基本的にソロだもの、敵と自分の実力の見極めは的確なつもり。そこにあなた達を足しても足りないと思った。それだけよ……」


 俺とマシロを普通のDランクとして数えた場合勝ち目はないと判断したわけだ。


「あなたの詠唱時間を稼ぐためにレッドワイバーンと戦ったとき、あれだけ戦えたのは自分でも意外だった」


 ワイバーンの上位種であるというレッドワイバーン。エルストの見立てでは通常のワイバーンとエルスト自身がほぼ互角。そこにルーフェを加えることで今回安全に倒せる想定だった。

 ワイバーンとレッドワイバーンは同じSランクだが通常種と上位種では強さに大きな隔たりがある。だからこそのあのエルストの狼狽えぶりだったし、エルスト自身レッドワイバーンと戦えている事自体が意外だったという。


 エルストの視線がルーフェへと向かう。


「ルーフェはAランクっていうけど、あなたもただのAランクじゃないわよね?」

「さぁ、どうなんでしょう?」


 頬に手を当てて、笑みを浮かべながらルーフェは首を傾げた。

 方向音痴なことを除けば殊更優秀だとは思っていたが、ルーフェも只者じゃないのか?

 正直、Aランクの標準がわからないので判断ができない。


 それから俺達はレッドワイバーンをどうするかを話し合い。

 魔石は俺達がもらい、その他の素材はエルストと俺達で分けることにした。


 冷凍保存状態だし、寄生虫とか気にせずに生で食えるかも……。他の魔獣もこれで倒すのはありだな。

 そう思った俺だったが、あれはマイナス四十度ぐらいの極低温が必要だったことを思い出す。

 生半可な冷凍だとちょっと危険か。アブソリュート・ゼロみたいなかっちょいい魔法が使えたら一考しよう。

 などと、後々の冷凍保存計画を夢想しつつ俺達は町へと戻った。



 ◆◆◆


「……ワイバーン討伐の報告を行いたい」


 嬉しくなさそうに苦々しげな表情をしながらギルドの受付で討伐報告を行っているのはエルストだ。

 帰りの道中、エルストは今回のレッドワイバーン討伐の功績を俺達のものにしようと提案してくれたが、俺が断固拒否した。


 しかし、自身がまともに機能していなかった今回の討伐で、エルスト自身が功績を得るのは彼女自身が納得いかないとのことだった。

 特に今回の依頼はエルスト自身のSランク昇格試験でもあった。なおさら今回の結果で昇格を受けるのは彼女自身のプライドが許さないというところだろう。


 そんな一悶着があって、討伐の報告と功績はエルスト自身に被ってもらい、その上でSランク昇格をエルストが辞退するという形を落とし所とした。

 受付を担当したギルド職員は困惑していたが、エルストは理由については黙して語らず、淡々と処理を進めていった。


 処理を進める中で実際討伐したのがワイバーンではなくレッドワイバーンだったことで、なおのこと昇格辞退を渋るギルド職員だったが、エルストは有無を言わさなかった。


「これでいい?」

「あぁ、ありがとう」


 俺達はギルドに併設されている酒場に陣取り、食事を摂っていた。


「これでまたお金も貯まったし、宿のランクを上げてもいいかもな」


 今の宿にはかなり長い間世話になっていて、宿屋の一家のみんなともすっかり仲良くなった。

 少し寂しいが、今の宿は値段をかなり優先していたため、設備もあまり良くはない。資金に余裕ができた今、もう少しいい宿に泊まっても問題ないはずだ。

 ただ、前の世界のホテルのサブスクのようにお得な料金ではないため、その辺りは気を付けないといけない。


「あなたたち、ひょっとして宿に泊まってるの?」


 俺の言葉に反応したのはエルストだった。エルストは呆れたような顔で俺達を見つめていた。

 俺はパンをちぎって口に運びつつ、この世界に来てからずっと利用している宿屋の話をした。

 すると、エルストはさらに呆れ顔になってため息をつく。


「低ランクのはずなのに、そんな贅沢しているなんて……」


 エルストの話によると低ランク冒険者向けにギルドが賃貸の住居を格安で斡旋しているらしく、よそからやってきた冒険者はそれを使う者が殆どらしい。

 だが、話を聞くと家というよりも、雨風をしのげるあばら家という感じのようなので、現代っ子の俺としては宿生活を選んでよかったと思った。


 エルストは贅沢だと言うが金は充分持っていたし、宿だと食事も頼めば作ってくれるので、そういう意味でも宿ぐらしは割と気に入っていた。


「それで、宿を変えるの?」

「いや、ちょっと迷っている」


 実際宿の娘のピーニャとはマシロも仲良くやっているし、長く世話になったので、突然宿を変えて『はい、それまで』というのは少し不義理な気がする。

 何か恩返しでもできればいいんだが……。


「ちょっと提案なんだけど、よかったらウチに来ない?」


 俺が恩返しについて考えていると、エルストがそんなことを言ってきた。

 話を聞くと、エルストはAランクの冒険者としてそれなりに稼いでいて、自身の家を持っている。

 しかし、資産に見合った大きめの家を購入したものの部屋を持て余しており、どうせならと俺達に貸してくれるという話だった。


「それは、ありがたいが……いいのか?」

「何が?」


 エルストとは一緒にレッドワイバーンの討伐を行ったが、正直昨日今日知り合った仲だ。

 信頼してくれるのはありがたいが、Aランク冒険者とはいえ不用心ではないだろうか?


「部屋は別なんだから、今のルーフェやマシロちゃんと一緒でしょ? それとも何? ルーフェとマシロちゃんはもう手籠めにしてるの?」

「するかっ!」


 全力で否定する俺をエルストはニヤニヤしながら見ていた。まったく人聞きの悪い……。


「料理や家事は持ち回りですることになるけど、それでも良ければ歓迎する」

「料理……」


 そうか料理か。そういえばこれもテンプレと言えるほどに定番だな。

 俺は今世話になっている宿への恩返しを思いつき、エルストの提案も受けることにした。

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