第19話 俺たち vs ワイバーン 危険な香りを添えて

 準備を整えた俺達は昨日偵察に行ったエルストを先頭に、ワイバーンの下へと向かう。ワイバーンの住処となっている場所は、エルストが言った通り、山頂付近にぽっかりと空いた穴のような場所だった。

 俺は初めて見るドラゴンに心躍らせながらも、慎重に近づいていく。


 その光景はまさに圧巻だった。

 ワイバーンの体はグレーの鱗で覆われており、巨大な翼に頭を入れて眠っていた。

 その大きさは俺達が普段狩る魔獣の倍以上はある。


 俺達は火口の縁に陣取り、ワイバーンを見下ろす形で攻撃するタイミングを見計らっていた。


「まだ攻撃しないのか? チャンスだろ?」


 ワイバーンが寝ている今、絶好の攻撃のチャンスのはずだがエルストは動こうとしなかった。


「いや、そうなんだけど……何かおかしいの」

「おかしい?」


 ワイバーンが昨日から全く動いていない。エルストはそう言った。

 寝ているからじゃないのか、と思ったが人間同様魔獣も寝返りのようなものを打つらしい。

 だが、そっちよりもエルストが気にしていたのは――。


「ワイバーンの鱗は通常緑色のはずなの……」


 昨夜エルストが偵察に行ったときは既に夜になっていたので、正確な色はわからなかったようだが、今目の前にいるワイバーンはどう見てもグレーだ。

 それが、石像のように全く動かずにじっとしている。

 じっとしているワイバーンをじっと観察している俺達。硬直した時間が過ぎたとき、ワイバーンの背中が割れた気がした。


「まさか!?」


 声を上げたのはエルストだった。

 そして、その瞬間エルストは動き出していた。

 剣を抜き、一直線にワイバーンのところへと向かう。その表情には焦りの色が見えた。

 俺はエルストが何を焦っているのか理解できず、呆然とただ突っ立っていた。


 その俺の脇を通り抜けて行ったのはルーフェだった。ルーフェはエルストの後を追うように走り出していた。

 俺とマシロだけがその場に取り残される。


「ふたりとも、どうしたんだ?」


 俺の問いにマシロは首を傾げるだけだった。俺達だけ状況がわかっていないらしい。

 とはいえ、ここでボケっとしていても仕方がない。俺とマシロはエルスト達を追いかけワイバーンのところへと向かった。


「はああああぁ!」


 俺達が追いついた時、既にエルストはワイバーンに斬りかかっていた。

 エルストの赤い剣がワイバーンのグレーの鱗を砕く。


「よし、効いてるぞ!」


 竜種といえど、そこまで鱗は固くないようだ。俺とマシロもエルストに続くよう剣を構える。


「いえ、ダメ。間に合わない……」

「えっ?」


 エルストの剣を持つ手が震えていた。


 まるで下級冒険者が強大な魔獣を目の前にしたように――。


 震えるエルストの視線の先、ワイバーンの割れた鱗の下から真紅の鱗が顔を出していた。


 さっき見たのは見間違いじゃなかった。その割れ目は徐々に大きくなり、服を脱ぐように真紅の鱗を纏った本体が現れる。


(……脱皮?)


 ドラゴンって脱皮するんだ……。なんて呑気なことを思っていた横でエルストの顔は青ざめて、その瞳は絶望の色に染まっているように見えた。


「……レッドワイバーン」


 エルストは後退りながら呟く。

 ただのワイバーンじゃなくなったのか?


 鑑定でワイバーンを見るとたしかに、名前がレッドワイバーンになっていた。

 レベルは77、なるほど今まで見たどの魔獣よりも高い。これは勝てるのか? 正直、不安になるレベルの相手だ。

 脱皮したばかりの生き物の鱗は大抵柔らかいものだが、ワイバーンにその法則は当てはまらないらしい。

 既に固くなった真紅の鱗は剣を受け付けず、さっきのエルストによる攻撃でも傷一つ付いていなかった。


 元々討伐対象なんだ。こいつが野に放たれてもマズイんだろ。だったら今この場で倒すしかない。


 俺とマシロで、行けるか?


 脱皮を終えたレッドワイバーンが赤い目を俺達に向ける。

 脱皮中に攻撃されたことに怒っているのか、今にも襲いかかってきそうだ。


「ルーフェ! いつものを頼む!」

「た、たたかうんですか?」

「こいつは逃してもいいやつなのか!?」


 レッドワイバーンの生態を俺はよく知らない。ワイバーンを討伐しようとしていたエルストがこんな状態になるんだ。Sランク魔獣の中でも立ち位置のような物があって、レッドワイバーンになるとより上位の存在になるんだろう。


 こいつが平和主義で人や町を襲わないんだったら放置でいいんだが、俺を見るこいつの目がそうは言っていない。

 よだれを垂らしてどうやって俺を食うかを考えている目だ。翼を持つドラゴンに走りで逃げられるとも思えないし、やらなきゃ、やられる!


 そう思っていたところに、魔法の光が飛んできた。


「もぅ、どうなっても知りませんからね!」


 ルーフェは吹っ切れたらしい。いつものように支援魔法で俺とマシロを強化する。これで準備は整った。


「いくぞ、マシロ!」

「うん」


 俺達は同時に飛び出し、左右に分かれてレッドワイバーンへと迫る。俺は左側、マシロは右側だ。


「ガアァ!」


 レッドワイバーンが俺に向かって炎を吐き出す。

 だが、それを予想していた俺は即座に避けた。


「おぉりゃあぁ!!」


 勢いそのままに剣を振り下ろす。


 がきいいぃん!!


 レッドワイバーンの鱗の硬さに剣が悲鳴を上げた。ルーフェの強化があっても俺の剣じゃダメか……。

 俺の剣は『質のいい普通の剣』だ。マシロの剣のように魔石の力の付加をしていない。この剣で鱗を切り裂くイメージが持てなかった。


 マシロは!?


「はああぁ!!」


 いつになくマシロが感情を出して、レッドワイバーンに斬りかかる。マシロが振り抜いた剣が鱗に青い軌跡を残す。

 その斬撃の跡からレッドワイバーンの血が滲むのが見えた。


 マシロの剣が通るなら、剣はマシロに任せる。俺は魔法だ!


「エルスト! マシロと一緒に時間を稼げるか!?」

「あっ、え?」


 呆然としていたエルストは俺に声を掛けられて我を取り戻す。

『赫剣のエルスト』なんていうかっこいい二つ名まであるんだ。このままで終わっていい訳がない。


「ど、どれだけ時間を稼げばいい?」

「一分で充分だ」


 それだけあれば、かっこいい詠唱の一つや二つ唱えられるだろう。


「……楽勝だ」


 言葉と表情が一致しないまま、エルストはレッドワイバーンとやりあっているマシロのもとへ向かった。


「ルーフェ!」

「はい!」


 ルーフェは即座にエルストに支援魔法を掛ける。

 少し心配だったが、戦い始めたエルストは流石と言える戦いぶりだった。レッドワイバーンの爪や牙による攻撃を巧みに捌き、隙きを見てはマシロがつけた傷跡めがけて攻撃を加えている。その様子を見ていると、なんで最初からびびらずに戦ってくれなかったんだという感想が出てくる。


 っと関心している場合じゃない。俺は魔法の準備だ。


「えーっと、レッドワイバーンっていうなら、氷の魔法がいいのか?」


 俺は氷の槍で奴を貫くイメージをふくらませる。

 よし、行ける!


「彼方より来たれ時をも止めし氷の軛。悠久の棺となりて彼の者に永久の眠りを」


 イメージはバッチリだ。俺は適当な詠唱を唱えると、手を振り上げて力を込める。

 魔力が俺の手のさらに先、上空に集まるのを感じる。


 マシロとエルストは?


 ふたりはレッドワイバーンの気を引きつつ俺の方を見ていた。

 俺はマシロにアイコンタクトを送り、マシロが俺に向かってうなづく。


 しかし、その時だった。近距離にいたマシロ目がけてレッドワイバーンが炎を吐いた。

 圧倒的な火力で放たれた炎がマシロを包み込む。


 マシロ!?


「レイトさん! マシロちゃんなら大丈夫です。そのまま撃ってください!!」


 動きかけていた俺の足を、ルーフェの声が止める。


(いいんだな、信じるぞ!)


 俺はルーフェとマシロを信じて、魔法の発動に集中し直した。

 見なくてもわかる。巨大な氷塊が槍となって上空からレッドワイバーンに狙いを定める。


 炎で熱かったはずの大地が冷気を帯びて、俺の息も白く染まる。


「凍てつけ!!」


 声とともに手を振り下ろすと、氷の槍がレッドワイバーンを貫いた。

 断末魔すらなかった。貫かれたレッドワイバーンは、一瞬で全身が凍結し全く身動きを取らなくなった。

 俺が放った氷の魔法はレッドワイバーンを完全に仕留めていた。


「マシロは!?」


 俺はレッドワイバーンよりもマシロの安否を優先した。


「レイトさん、マシロちゃんなら大丈夫です」


 マシロの無事をルーフェが教えてくれる。その言葉通り炎に包まれたはずのマシロは尻尾は垂れ下がっていたがピンピンしていた。


「あれで、よく無事だったな」

「この服のおかげですよ」


 マシロが着ている赤い服。アティレさんが作ってくれたフレイムモスの繭からできた服だ。

 そういえばフレイムモス自体が魔力を帯びているって話だったな。

 その繭からできた服にも火に対する耐性のようなものがあるってことか。


「何にせよ無事でよかった」

「うん」


 俺が頭を撫でてやると、垂れていたマシロの尻尾がふりふりとゆっくり揺れた。

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