第21話 料理人と秘密のレシピ

 はっ! 今日俺は誰かに現代日本の料理を教える気がする!


 久しぶりに来た直感……ではなく、これは俺の意志でそうしたいと思っていることだ。

 定番といえば定番だが、毎日摂る食事は美味いものの方がいいし、この世界の飯もめちゃくちゃマズイというものでもないが、舌の慣れた味を欲しがるのは俺のわがままではないだろう。


「マシロちゃん、元気でね」

「うん」


 宿を離れることを決めた翌日、俺達は早速行動に移していた。

 宿の主人に引っ越すことを告げ、荷物をまとめる。俺の部屋のものとルーフェとマシロの部屋のもの、三人分の荷物だが大したことはない。


 そう、俺のアイテム袋ならね。


 なんて格好つけたところで、そもそも家具は宿のものだし、数ヶ月住んだところで俺達の私物なんて僅かなものだ。

 荷造りは一時間もかからずに終わった。


「ちょっと、調理場借りていいですか?」


 俺は調理場を借りて作業に取り掛かる。

 昨日考えた恩返しのアイデア。それは俺が知っている現代レシピの料理を振る舞うこと。

 今回作るのはスパゲッティだ。


 この町に来てからいろんな飲食店を回ってみたが、スパゲッティはまだ見かけたことがない。

 パスタ麺は小麦粉があれば問題ないし、野菜も現代日本風のものが採れる世界になっている。


 俺は持っている現代知識と、スキルの力を信じて小麦粉による麺作りからスパゲッティを作り始めた。

 まずは小麦粉と塩水を混ぜ合わせて作った生地から麺を作り、トマトを湯剥きして徹底的にみじん切りして煮詰めてミートソースを作る。

 肉は豪華にレッドワイバーンの肉を包丁でミンチにしたものを使った。

 茹で上がったパスタを盛り付け、最後に自家製ミートソースをたっぷりとかけ、完成だ。


「さぁ、召し上がれ」


 人数分の皿をテーブルに並べて、みんなで食事を摂る。

 俺の作った初めて見る料理に皆戸惑っているようにみえた。


(俺が先陣を切らないとダメか?)


「いただきます」


 俺が逡巡している間に動いたのはマシロだった。マシロはフォークでスパゲッティを差すとくるくる巻かずに、そのまま口へと運んだ。

 そうか、食べ方も見せる必要があったか……。



「んー、もむもむ……ん。 おいしい」


 その一言に俺は安堵し、俺はみんなに食べ方を教えるように少し大仰にフォークでスパゲッティを巻き口に入れた。


(ん、味見してわかっていたとはいえ正直微妙……)


 だが、それでもこの世界に来てから口にしたものの中で一番美味いのは間違いない。

 なぜならこの世界はまだ食文化がそこまで発達していない。皆あまり食べ物に興味がないのか、腹に入れば何でもいいという思考なのか、とにかく食に対して拘りを持つ者が少ないのだ。


(まぁ、娯楽のための食事というのは、生活に余裕がないとできないからな)


 それこそ貴族や王族なんかは、食に拘りを持つものもいるかもしれないが、一般庶民は生きていくための最低限の食事ができればいいという感じだ。

 ゆえに、俺の作ったこの程度のスパゲッティでも皆目を見開いて驚いていた。


「うまい」

「おいしい」

「美味しいです」


 宿屋の店主も奥さんも娘のピーニャも。美味しいと言いながら食べてくれた。

 本当はもっと香辛料やスパイスの類が揃えばいいんだが、あまり町でも見かけていない。

 この世界に来る前に食べ物なんかは現代地球をベースにしてもらったはずなので、世界の何処かには存在しているはずだ。

 それらを見つけて食の幅を広げていくのも面白いかもしれないなと俺は思った。

 これもよくある展開だろ。


 さて、恩返しはまだ終わりじゃない。ここからは打算も入るがこの宿にとっても悪い話ではないと思う。


「おやっさん、ピーニャ、折り入ってお願いがあります」

「なんだ?」

「ピーニャに俺達の飯を作ってもらいたいんです」

「ふぇっ!?」


 ピーニャから可愛い声が漏れたが、俺は話を続ける。

 俺達はこれからエルストの家に転がり込むわけだが、飯を作るのは交代制だと言っていた。俺も一人暮らしが長かったので自分で作れないこともない。

 しかし、毎日作るのは正直面倒くさい。

 そこでピーニャに白羽の矢を立てたわけだ。この宿に泊まるようになって毎日のようにピーニャの飯を食べていたわけだが、ピーニャの作る飯は食材のわりに美味い。

 俺が作ったミートソーススパゲッティもピーニャが作ればもっと旨くなるはずだ。


 ピーニャには飯を作ってくれるお礼に謝礼を払い、更に俺が知っている現代料理のレシピを教える。

 ピーニャの料理のレパートリーは広がるし、俺達も旨いメシが食える。まさにWin-Winの関係だ。

 もちろん俺が教えたレシピは女将さんにも伝えて宿で出してもらっても構わない。

 それで宿が繁盛するなら、恩返しとしても充分だろう。


 俺の提案におやっさんとピーニャは黙りこくっていた。


「レ、レイトさんはさっきの『すぱげってぃ』以外にもいろんな料理を知っているんですか?」

「あぁ、さっきのはミートソースだが、スパゲッティだけでも色んな種類があるし、他にも色んな料理を知ってる」

「どこでそんな料理を……」


 おやっさんは戸惑っているようだが、ピーニャは好奇心が勝っているようだ。段々と目がキラキラしてくる。


「お父さん! わたし、レイトさんのところでお料理作る!」


 ピーニャはおやっさんに向き合い、そう宣言した。


「そして、レイトさんに教えてもらった料理をこの宿でも振る舞うの! あんな美味しい料理だもん、絶対お客さんも増えるよ!!」


 そう熱弁を振るう娘の姿に、おやっさんも心動かされたようだった。

 おやっさんがこちらを見て、俺と視線が合うと小さく首を縦に振った。どうやら承諾してくれたらしい。

 こうして、ピーニャが通いでエルストの家に来てくれることが決まった。

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