第22話 白い獣人の捕縛依頼
エルストの家で暮らし始めてからも、俺達は今までと同じくサポートパーティとして、コツコツとランクアップを目指していた。
依頼掲示板の前で営業活動をしていることもあり、今ではギルド内で俺達のことを知ってくれている人がかなり増えた。
実際にパーディに同行してメインパーティに支援魔法を掛けるルーフェはもちろん、依頼には基本ついていくだけだが、その見た目の可愛さで女冒険者を虜にしているマシロもフォーチュンホワイトとしてすっかり定着してしまった。
俺はマシロとルーフェの荷物持ち、あるいは友人Aという扱いだろう。
ま、俺の目的は目立たずに過ごすことなので、いいけどね。
そんなこんなで、いつもと同じように今日もギルドの掲示板前でめぼしいパーティがいないかを探そうと思っていた。
しかし、そんなことがどうでも良くなるほどに俺の注意を引いたのは、一枚の依頼書だった。
Sランクの欄に貼られた依頼書。このギルドにSランクが来ることはほぼない。
俺もこのギルドに通うようになってしばらく経つが、エルストの他に数人のAランクがいるだけでSランクにはまだお目にかかったことはなかった。
そんな、このギルドでは見る人がほとんどいないはずのSランク依頼の領域に一枚の依頼書が貼られていた。
『白い獣人の捕縛依頼』
依頼書にはそうタイトルが付けられていた。
Sランクの依頼だけに報酬も破格だが、目を引いたのは補足の部分だった。
『報酬はSランク依頼相当とするが、遂行者のランクは問わない』
つまり、この依頼は冒険者であれば誰でも実行して良いということだ。
そして、魔獣の手配書と同じように、該当の白い獣人のイラストが添えられている。
白い髪に、獣の耳。奴隷を示す首輪がつけられていて、宝石のような赤い目がそのイラストには描かれていた。
――どう見てもマシロだった。
(マシロの捕縛依頼? 誰が!?)
いや、そんなことは考えなくてもわかる。出会ったときマシロは奴隷として檻ごと馬車に乗せられていた。
おそらく、マシロを奴隷として捕らえていた者がマシロを取り返すためにギルドに依頼を出したというところだろう。
俺は詳細を確認するため受付で暇そうにしていたマルメさんを捕まえる。
「マルメさん、あの依頼って……」
「あぁ、あれですか。ちょっと王都の本部から掲示依頼がありまして、国内全域のギルドでの掲示が義務付けられてますね」
国内全域!? ということは、ここ以外のギルドにもマシロの捕縛依頼が出ているということか。
そんなことができる依頼者って誰だ?
金にモノを言わせた豪商か、権力を使った貴族という可能性もある。
「ギルドはどう動くんですか?」
「というと?」
俺は単刀直入に聞いた。
「マシロを捕らえるんですか?」
「マシロちゃんを? なぜ?」
「なぜって……」
俺はマルメさんの真意を掴みかねた。ギルドがマシロの捕獲依頼を出した。
それはギルド自体がマシロ捕獲に動くということではないのか?
頭に疑問符を浮かべていた俺に言い聞かせるようにマルメさんが言った。
「レイトさん。ギルドは『白い獣人を捕縛しろ』という依頼は出しましたけど。『マシロちゃんを捕まえろ』なんていっていませんよ?」
マルメさんの言うそれは詭弁だった。その言葉でマルメさん達このギルドの職員がマシロを守ってくれていることがわかった。
上からの命令は依頼を掲示しろということだけだ。その命令には従う。
だが、それでマシロを捕縛するかというのは別の話だということだ。
マシロの方を見てみれば、あんな依頼が出ているのに、マシロはいつものように女冒険者に囲まれて、時折頭を撫でられたり、耳を触らせてやったりしている。
誰もマシロを捕まえようとするものはいない。破格の報酬がでるのにも関わらず、だ。
「マルメさん、ありがとうございます」
「はて、何に対するお礼ですかね?」
マルメさんはとぼけているが、あの依頼書が掲示された時点でマシロを守る方向に動いてくれたはずだ。
しかし、ギルド職員である以上、ギルド本体の動きには逆らえない。まして、依頼に反してマシロを守ることをギルドが指示したとバレれば、ギルド自体の信頼に関わる問題になる。だから、判断をこのギルドに所属する冒険者に委ねた。
『マシロを守るか』『マシロを捕らえるか』
そして、この町のギルドに所属する冒険者達はマシロを守るように動いてくれているのだ。
俺はいつの間にかこの町のギルドに、冒険者達に受け入れられていたという実感を噛みしめた。
当面マシロに危険が及ぶことはなさそうだが、それと対策を何も考えないのは別だ。
依頼を出している人物が何者なのか、マシロを取り返してどうするのか。情報を得て対策は考えておきたい。
「クレヴァンス」
「は、はいっ!」
俺の声に答えたのは、以前俺達を嵌めようとしたクレヴァンスだ。
こそこそ、俺の後ろを通ってギルドから出ようとしていたところに声を掛けた。
あれ以降クレヴァンスはルーフェの呪いを受け、善行しかできなくなっているわけだが、実際に悪事は行わずに真面目に働いているらしい。
ギルドでもちょくちょく顔を見ていて、俺の顔なんて別に見たくないだろうと思ってあまり関わらないようにしていたのだが、今回は話が別だ。
蛇の道は蛇ということで俺はクレヴァンスにマシロの依頼についての話を聞いた。
「お前、マシロとルーフェのこと売ろうとしてたよな」
「い、いえ! そんな……」
「それがどうこうって話じゃないから隠さないでいい」
「……はい」
「どこに売ろうとしていたんだ?」
「王都にある奴隷商です。奴隷を扱っている店はいくつかありますが、その中でも一番大きい店でして、裏の世界では知らぬものはいないというほどの有名店です。ただ、その分扱っている奴隷たちはいずれも値が張ります。なので、マシロさんを売るならそこしかないと思いました」
「マシロを買うとしたら、いくらくらいなんだ?」
「金貨100枚は下らないと思います」
金貨1枚が10万円ぐらいだから1000万ってとこか。確かに高いな。
マシロを取り返そうという動機としても充分に思える。
クレヴァンスによると、白い毛並みの獣人は珍しいらしく、見た目も可愛らしいマシロはオークションに出すだけでかなりの高値を期待できるとのことだ。
それはルーフェについても同様で、エルフ自体が珍しいこの世界では奴隷としてエルフを捕らえることができれば、あくどい貴族達が挙って買い求めるだろうと言っていた。
「わかった、ありがとう。いっていいぞ」
「は、はい! 失礼します!!」
恐縮しすぎだろ……。崖から蹴落としてたのは俺じゃなくてルーフェなんだから、怖がるなら俺じゃなくてルーフェだろうに。
「クレヴァンス!」
「はいっ!」
俺は去ろうとするクレヴァンスの後ろから声を掛けた。
「余計なこと考えるなよ……」
「はい、善行に励みます!」
ルーフェは『悪いことをすると恐ろしいことが起こる』という呪いを掛けたらしいが、その『悪いこと』の範疇がわからないからな。マシロのことを奴隷商に伝えるぐらいは問題ないかもしれないし、念のため刺せる釘は何本でも刺しておくほうがいいだろう。
クレヴァンスを見送った俺は、マシロを守るための方法を考えつつ今日サポートするパーティを探した。
◆◆◆
「今日はよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
俺達はギルドで声を掛けられたパーティの依頼に同行していた。
「君たちにサポートしてもらうと依頼が上手くいくって話を聞いてな。一度お願いしてみようと思っていたんだ」
「そうなんですか? 光栄ですね」
着々と積み重ねてきた成果が実を結んで、こうして向こうから声を掛けてもらうことも多くなった。
「改めて自己紹介をしますね。俺は『魔法使い』のレイト。こっちが前衛のマシロです。そして、後ろにいるのが支援魔法使いのルーフェです」
俺は今日のメインパーティのリーダーであるレヴィンに自分たちを紹介する。
ルーフェを紹介したときに、彼らが感心したような声を漏らす。目当てはやっぱりルーフェみたいだな。
レヴィンたちはCランクの5人パーティで今日はBランクへの昇格依頼に挑戦するということで俺達に声を掛けてきた。
「俺とマシロはDランクなので、あまり戦力にはならないと思います。皆さんの目当てもルーフェですよね?」
「いや、それは……」
「いいんです。俺達の実力は俺達が一番よくわかっていますから」
建前上は『俺達』に声を掛けたとしても、目当てはルーフェの支援魔法だろう。それは今までサポートパーティとして行動してきた実績からも当然だと思う。
基本的にサポートパーティとしての俺達は、俺とマシロは依頼中ほとんど何もせずに、ルーフェが支援魔法を使うだけだからだ。
マシロはその可愛さで女性冒険者の癒やしになっていたりもするが、俺が何もしていないのは事実なので、レヴィン達の反応にも特に思うところはない。
むしろ、俺とマシロの実力が広まっていないことを確認できるので、彼らのこういう反応は好都合だったりもする。
俺達はレヴィンの依頼達成のため町から離れた森へと向かった。
Bランクへの昇格依頼ということは、Bランクの中でも簡単な依頼のはずだが、それでも油断はできない。
今日のターゲットはCランク魔獣だ。Bランク依頼なのにターゲットがCランク魔獣なのには理由がある。
問題はその数だ。正確な数は不明だがこの森に数多くの魔獣が発生してしまい。それを退治するのが今回の目的だ。
前にドラン達と討伐したマーダーベアが複数いる状況だと考えればいいだろうか。そう聞くとあまり楽観できる状況ではないと思える。
ターゲットとなるCランク魔獣はビッグホーン。
名前だけではよくわからなったが、話を聞くと巨大な角を持った鹿のような魔獣らしい。
元の世界でいうところのヘラジカを凶暴にした感じだろうか。ヘラジカ自体体高二メートルぐらいあったはずなので、それが凶暴になって突進してくると考えるとかなりやばく感じる。
「よし、それじゃあ行くぞ」
「「「「おー!」」」」
リーダーのレヴィン掛け声とともに全員が武器を構える。
ルーフェが支援魔法を掛け、俺とマシロを中心にレヴィン達のパーティが囲うように配置されている。
低ランクである俺達を守ってくれている配置だ。ありがたいことである。しばらく森の中を進んだ時だった。
「レイト、なんかきた」
「ビッグホーンだ! 全員気を引き締めろ!!」
マシロがいつものセリフを言うのと、レヴィンが全員に呼びかけるのはほぼ同時だった。
マシロの索敵能力はかなり優秀だと思っていたが、それとほぼ同時というのはさすがBランクになろうとする冒険者たちというところか。
俺とマシロも武器を構えて戦闘態勢に入る。といっても俺は新しく買った杖を構えるだけだ。
「俺がまず先制攻撃をする。皆はその後に続いてくれ!」
レヴィンが指示を出し、他の四人が返事を返す。
まずは一体目、レヴィンが駆け出し他のメンバーもそれに続く。
前衛よりの構成であるレヴィンたちはビッグホーンを囲うように移動しながら攻撃を加えていく。
その隙をついて後衛の二人が魔法を放ち、さらにビッグホーンがひるんだところを前衛の三人が斬りかかる。
「これで終わりだっ!!」
レヴィンの剣がビッグホーンの首を切り落とし、巨体が倒れたところで勝負がついた。一体目は楽勝だったな。
「レイト」
「ん?」
「またきた」
「マジで?」
マシロの言葉に思わず聞き返してしまった。
「レヴィン! 二体目だ!」
俺の声に反応して、レヴィンが振り返る。
確かに討伐対象は複数と聞いていたが、こんなに間髪入れずに来るとは聞いてないぞ。
レヴィンたちは息つく間もなくすぐに体勢を整える。
そして、二体目のビッグホーンを迎え撃った。ルーフェの支援魔法はまだ効いている、前衛がビッグホーンの攻撃を受けて、残りのメンバーが取り囲む。
「いくぞっ!!」
レヴィンの合図で一斉に攻撃を仕掛ける。
(これもこのまま――)
「レイト」
「なんだ?」
嫌な予感がする。
「もういっこ」
まだ二体目を倒してないぞ! だが、マシロの指差す先に実際に三体目のビッグホーンが迫ってきていた。
「レヴィン!」
「くそっ! フリーデル、コリン行ってくれ!」
レヴィンは二体目を囲んでいたメンバーの内二人を俺達の方へとよこす。
二人でやれるのか? 俺はマシロに剣を抜く準備をさせつつ、ふたりの様子を見守った。
「はぁあああっ!!!」
俺達の前に立ち、大剣士のフリーデルがビッグホーンの攻撃を受け止める。そして、力任せに押し返した。
ルーフェの支援魔法が効いているおかげか、攻撃を受けてもフリーデルが怯むことはない。
そこに魔法使いのコリンが放った魔法が炸裂する。
炎の塊がビッグホーンの身体に命中し、ダメージを与えたように見えた。
だが、致命傷には至っていないようで、怒り狂いながらこちらへ向かってくる。
(マシロを行かせるか?)
「君たちは下がっていろ!!」
フリーデルが俺達に叫ぶ。あくまで二人で抑えるつもりだ。
レヴィンたちは全員Cランク冒険者のはずなので、Cランク魔獣のビッグホーンと一対一でもそれなりに戦えるはずだ。
だが、連戦になれば、疲れも溜まって動きも鈍ってくる。全部でビッグホーンが何体いるのかは分からないが、まだ三体目の時点で、体力を消耗するわけにもいかないだろう。
「マシロ! 足を狙え」
「うん」
俺はマシロを動かすことにした。指示を受けたマシロは素早い動きで、ビッグホーンの懐に入り込む。
「えい」
マシロが剣を振るうと、ビッグホーンの足が切り裂かれ、ビッグホーンの動きが止まる。
そこにコリンが魔法を撃ち込み三体目のビッグホーンは息を引き取った。
結局俺達はそのままレヴィン達三人と、フリーデルとコリンを含めた俺達との二つのグループに分かれ、新たに現れるビッグホーンを倒していった。
ルーフェは両方の支援に徹し、支援魔法が切れかける頃を見計らって支援魔法をかけ直していた。
そうして、10体を超えるビッグホーンを倒した後、新たに現れるビッグホーンはいなくなった。
◆◆◆
「ぜぇ、ぜぇ……」
戦闘のあとレヴィンを始め、メインパーティのメンバーは皆肩で息をしていた。
「お水出しますのでちょっと待ってくださいね」
俺はアイテム袋という名の四次元ポケットから人数分のコップを取り出す。
「天より降り注ぐ恵みの雫よ。滾々と流れたる澄みし伏流、彼の者達に潤いを与え」
俺は杖を構えると、水を出すだけなのに長ったらしい詠唱を唱えた。
詠唱が終わると杖の先からちょろちょろと水が吹き出す。俺は杖の先から湧き出す水を五つのコップへと注ぎ込んだ。
「はい、どうぞ」
「あ、あぁ。ありがとう」
レヴィンたちは呆然としながら、コップを受け取った。
まぁ、長々と詠唱したわりに出すのは水だけだからな。そういう反応になるのは当然だろう。今はそれでいい。
「なんとかなりましたね。お疲れ様でした」
俺はレヴィン達に労いの声を掛ける。
「ほんとにな。ルーフェさんの支援魔法がなければ危なかったかもしれない……」
「リーダー、マシロちゃんにもめっちゃ助けられたんですよ!」
ルーフェにしか言及しなかったレヴィンにツッコミを入れたのは、フリーデルと共にマシロと一緒に戦っていたコリンだ。
フリーデルはコリンの隣でうんうんと頷いている。
「そうなのか、それはすまなかった。自分たちのことで手一杯でな」
レヴィンは頭をかきながらマシロの方へ向き直り頭を下げたが、マシロは興味なさげにしていた。
「なんにせよ、俺達もこれでBランクですね!」
「そうだな。これからもよろしく頼む」
レヴィンの言葉を受けて、メインパーティの面々が返事をする。
「それじゃあ、素材を回収したら街に戻るぞ」
「「「了解」」」
レヴィンの指示で俺達は討伐対象であるビッグホーンの解体を始めた。
今回は討伐した数が多かったので、俺達に対しても思ったよりも多めに素材を配分してくれた。これはありがたい。
俺達は解体を終えると町のギルドへと戻る。
今回想定外にマシロが戦うことになってしまったが、あまり派手には動かなかったので、フリーデルとコリンもマシロの実力に関してはあまり高く買っていないだろう。
ギルドで受け取った報酬を分けると、その場で解散と相成った。
それから、しばらくの間サポートパーティを続け、俺は基本的には杖を装備して、弱い魔法しか使えない魔法使いだと名乗り続けた。
今まではマシロと一緒にぼけっとただ見ていただけだったが、ちょっとだけ魔法を使うようにしただけでも少し戦力として認められたようで、少し嬉しかった。
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