第5話 冒険者ギルドで絡まれる気がする!
はっ! 今日俺は冒険者ギルドで誰かに絡まれる気がする!
そんな予感がしたのは、俺と獣耳少女が町にたどり着いたときだった。
ちなみに、町に着くまでに何度か迷った。この少女は自信満々に歩くわりに、実際はとんちんかんな方向に向かっていくのだ。
それに気づいたのは、道に迷って三度目の時だった。
自信満々に少女が先導していくものだから俺はあまり地図を見ていなかったのだが、地図から想像する地形と、目の前に広がる地形が全く異なる。
心配になって地図を確認するとやっぱり、全然違う方向へ向かっていた。
三度迷った時、俺は獣耳少女を信じるのを止めて、地図を見ながらなんとか街道へと出た。その間も少女はあらぬ方向に行こうとするものだから、そのたびに彼女の手を引き軌道修正を図るのが大変だった。
ようやく町にたどり着き、俺は安堵のため息をつく。
町はそこそこ栄えているようで、町を囲む壁の外には畑が広がり、そこから収穫された野菜や果物が町の商店に並んでいる様子が見て取れた。
俺は町に入る前に少女に声をかけた。
「なに?」
「君の名は? いや、君の名前は?」
「なまえ?」
この少女に出会って以降、俺は少女のことをずっと『君』と呼んでいた。
相変わらず鑑定スキルの結果にも『???』と表示されている。
「名前、あるだろ。俺の名前はレイトだ。君の名前は? 一緒に住んでたというおじいさんからはなんと呼ばれていた?」
「おじいちゃんは、童(わっぱ)ってよんでた」
……名前じゃねぇな、それ。
「名前、ないのか?」
「ないと困る?」
あれ? 困らないか?
真顔でそう返答されると、困らない気もしてくる。
「困る、……と思う」
「じゃ、つけて」
「え? 俺がつけるの?」
「うん、いいだしっぺがつける」
え? 名前ってそんな感じで決めるもの? 俺のレイトっていう名前もいいだしっぺが決めたの?
などと思いつつ。俺は真剣に少女の名前を考える。
「君は白いからな……雪、いや、白か?」
透き通るような白い肌に、雪を思わせる真っ白な髪。そうだな……。
「マシロとコユキ、どっちがいい?」
「どういう意味?」
「マシロはそうだな、君のその真っ白な髪と肌、それに、真実だけを見つめるような赤い瞳、そんな意味だ。コユキは君の小さくて可愛らしい見た目と雪のような白さからだな」
「雪って何?」
「寒いところに行くと凍った雨が降るんだ。それを雪という。俺は世界中を回るからついてくればそのうち見れるかもな」
「ふーん」
俺が、魔王を倒すと言った時よりも興味ありげな『ふーん』だ。自分のことに関しては多少興味を持ってくれるらしい。
「それで、どっちがいい?」
「マシロ」
食い気味でそう返ってきた。
「ちなみに、なんで?」
「わたしはちいさくない」
どうやらコユキを説明したときの『小さくて』という言葉が気に入らないらしい。
いや、小さいけどね、君。
「じゃあ、君の名前はマシロだ。よろしくな、マシロ」
「うん」
彼女が返事をした時、鑑定で表示される名前に変化があり、『???』だった名前が『マシロ』に変わった。
っていうかおじいさんとはいえ一緒に暮らしてたんだよな。名前をつけないなんてことあるか?
俺の疑問をよそにマシロはスタスタと町の中へと入ってしまった。まずい、このまま放っておくと、またどこか変なところへ迷い込む。俺は急いでマシロを追いかけて町の中へと入った。
◆◆◆
町に入ると俺は冒険者ギルドを探す。何をするにも金は必要だ。俺一人だったら野宿でもいいんだが、マシロを連れている以上宿も必要になるし、宿に泊まって暮らすには冒険者ギルドで金を稼ぐ必要がある。
「で、冒険者ギルドってどこにあるんだ?」
「しらない」
俺の問いにマシロは首を傾げる。少なくともマシロはこの町の出身ではないわけだな。
だとすると、土地勘もない上に、あの馬車がこの町に立ち寄っていたとしてもマシロはずっと檻の中にいたわけだし、わかるわけがないか。
(それに加えて方向音痴だし)
びしっと突然マシロに叩かれた。ただし、全然痛くはない。
「なに?」
「……なにかムカッとした」
「あ、はい」
虫の居所が悪かったのか? それとも俺の心が読めるのか?
なんにせよあまり怒らせないようにしよう。
町の中は活気があって、人々が行き交っている。武器を持った人や、防具をつけた人、農具を抱えた人。そして、マシロのような獣耳を持つ人の姿もちらほらと見える。獣耳といっても犬とか猫とかそういったものだけではなく、ウサギや狐といった動物に近い耳を持つ者もいる。そして、それを気にする人もおらず、当たり前に獣人が存在している。
割合でいえば、俺と同じ見た目の人間が一番多いのは確かだが、ここにいる多種多様な人々を見て、俺は本当にファンタジー世界に来たのだと、今更ながら実感が湧いてきた。
「あそこ」
しばらく歩いた先でマシロがある建物を指差した。建物は石造りの三階建てで西部劇に出てくる酒場のような建物だ。剣と盾が描かれた金属看板が掲げられている。
「あれが冒険者ギルドか?」
「たぶん」
たぶんか、でも確かにあの看板はそれっぽいな。
建物の扉を開けると中には酒場が併設されているようで、昼間だというのにたくさんの冒険者たちがいた。
俺はマシロの手を引いて受付に向かう。
「おう、ガキ! ここはてめぇ見てぇなクソガキの来るところじゃねぇぞ」
「おい、こっちのは白い獣人だぜ!」
「ひゃっはー! 珍しい奴がいるもんだなぁ!!」
いきなり絡まれた。さてはコイツらが噛ませ犬だな?
まぁ俺の予感が的中したんじゃなかったとしても、マシロは全体的に白っぽくて目立つからな。いずれ絡まれることにはなっただろう。
俺はマシロの前に出て男達と対峙した。
「獣人のガキ、てめぇ奴隷だろ。奴隷がこんなとこに足を踏み入れてなんのつもりだ!」
「そうだ! くせぇガキが、帰れよ!」
「うるさい」
マシロがぼそりと言う。すると、男たちの顔色がみるみると変わっていく。
ってか首輪がないのに何で奴隷だと思われてるんだ?と思ったところで、俺はマシロの服装がみすぼらしいままだったことに気づく。
(しまった、先に身なりを整えるべきだった)
しかし、そう思ったところですでに遅れだ。そもそも服を買う金もない。
「このガキ……舐めた口聞きやがって……」
男が拳を振り上げる。
その瞬間スイッチが入ったように男の動きがスローになった。
(これは、バンディットウルフたちと戦ったときと同じ……)
どうやら戦闘に入った瞬間にスキルが発動するらしい。
スローモーションになった世界の中で、俺は絡んできた男たちの顎を拳で軽くこする。
その途端時間の動きは戻り、男たちは泡を吹きながら床に沈んだ。
俺は彼らを一人ずつ持ち上げ椅子に座らせると、ふぅと息をつく。
そして俺は大きめの声で『わー、急に寝ちゃうなんてだいぶ酔っ払ってたみたいだなぁ』と言った。
我ながら、なかなかの演技力である。
「なんの騒ぎですか!?」
ギルドの奥の方から男性が飛び出してきて叫んだ。
「いやー、なんか眠っちゃったみたいなんですよー」
「そ、そうなんですか? ……ってまたこいつらか」
男性は倒れている冒険者を見てため息をついた。どうやらこいつらを知っているようだ。ギルド職員なのかな?
「知ってる人たちなんですか?」
「ああ、最近Dランクに上がった冒険者達なんだが、ランクが上がってから依頼がうまくいっていないみたいで、自分たちより格下っぽい相手を見つけては喧嘩をふっかけて金を巻き上げたりしてるんだよ」
「そうだったんですか」
だから、見た目弱そうな俺たちが目をつけられたんだな。
「最近は彼らより高ランクな冒険者に目を光らせてもらっていたんだが、今日は皆出払っていたみたいだね」
『大丈夫だったかい?』と言って、ギルド職員は俺たちを気にかけてくれる。このギルド職員はいい人そうだ。
「君たちはギルドに用があったんだろう? ここは僕が対応しておくから、君たちはもういいよ」
「ありがとうございます」
そう言って、俺とマシロはその場から離れた。
すると少し離れたところで、後ろに付いてきていたマシロが俺の袖口を掴む。
「レイト、わたしくさい?」
「……少しな」
俺が正直に答えると、またびしっと叩かれた。
今度はちょっとだけ、痛かった。
ちゃんとした服を買って、身なりも整えてやらないといけないな。
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