第6話 依頼達成!(達成感なし)

 騒動の後で俺達はカウンターまで歩いていき、受付のお姉さんに声をかけた。


「すみません、ここって冒険者ギルドですよね?」

「はい、そうですよ。ようこそ冒険者ギルドへ!  本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付の人はにこやかな笑顔を浮かべた。


「えっと、実は今日初めてこの辺りに来たんです。それで、お金を稼ぐために何かいい依頼があればと思って」


 俺は、マシロの服を買うためのお金が欲しいこと、冒険者になりたいことを話した。


「なるほど、ギルドカードはお持ちですか?」

「いえ、持っていないです」

「では登録が必要ですね。まずはこちらの書類に記入して下さい」

「わかりました」


 一旦受付を離れて渡された紙を見ると名前や年齢などを書く欄がある。この世界で通用する文字が書けるか不安だったが問題なく書けた。書きたいと思うと日本語を書くように自然と手が動くし、文字を見ても内容がスッと入ってくる。

 これも何らかのスキルのおかげだろう。


「マシロもギルドカードつくるか?」

「うん」


 俺は受付のお姉さんにもう一枚紙をもらい、同じように記入項目を埋める。


「マシロは何歳?」

「十歳」

「はいよ」


 十歳か、おじいさんと暮らしていたらしいが、両親はやっぱり死別しているのだろうか……。

 いずれ、そういう話もできるようになるといいが。


「これでいいですか?」


 記入した二人分の紙を受付のお姉さんのところへと持っていく。

 ちなみに受付のお姉さんは20代前半くらいの綺麗なお姉さんだった。


「はい、大丈夫ですよ。えーっと、あなたがレイト君で、そちらの女の子がマシロちゃんでよろしいですか?」

「そういえば名前を言ってませんでしたね。はい、俺がレイトであっています」

「私はマシロ」


 俺に続いてマシロが口を開く。


「はい、確認しました。それではギルドカードを発行致しますので少々お待ちください」


 少し待つと受付のお姉さんは、奥から機械のようなものを二つ持ってきた。


「これに手を乗せてください」


 言われた通りにすると、目の前にステータス画面に似た半透明の画面が現れる。


 レイト(15)

 ランクG

 達成依頼:なし


 マシロ(10)

 ランクG

 達成依頼:なし


 見た目は似ているが、表示されたのは名前と年齢だけで、ステータス画面で見ることができたスキルやパラメータなどは表示されていない。

 受付のお姉さんにその話をすると、ギルドマスターなどの許可がなければ、詳細なステータスは開示されないとのことだった。


「これがギルドカードになります。紛失されると再発行には金貨五枚かかりますから気をつけて下さいね」


 そう言って彼女は俺に名刺サイズの銀色の板を渡してきた。そこにはこの建物に掲げられていたのと同じ剣と盾の絵が描かれている。


「ありがとうございます。早速依頼を受けてみようと思います」

「あ、ちょっと待ってください。ギルドの説明は必要ありませんか?」

「あー、一応お願いします」


 俺は受付のお姉さんに頭を下げた。


「まず、冒険者にはランクというものがありまして、上からS・A・B・C・D・E・F・Gまであります。そして、受けられるのは自分のランク以下のものだけです。例えばレイトさんはGランクなので、受けられるのは基本的にGの依頼となりますが、Dランクの冒険者であればD・E・F・Gの依頼を受けることができます」


 ただ、新人の人の仕事を奪ってしまうことになるので大抵の人は1ランク下の依頼までで、2ランクより下の依頼を受けることは稀らしい。


 なおCランク以上では少しルールが変わって、自分より1つ上のランクの仕事も受けられるらしい。そのあたりのランクになると人数が少なく、少しでも対応人材を多く確保するための措置だそうだ。

 

 しかし、これがSランク依頼になると再び制限が発生し、Sランク冒険者しか受けられないというのだからややこしいものだ。Sランク依頼になると、もはやランクが付けられないもの全てSランクのような扱いで、ランク内の難易度の幅が広すぎるため、Aランク冒険者の安全のためだそうだ。


「ただ、例外もあって、ギルドが認めた場合はランクに関係なく受けることができます。その場合、成功報酬が通常の三倍になるなどの、特別なボーナスがついたりします」


 ふむふむ。つまり、ギルドに認められれば普通なら受けられない依頼も受けることができるってことか?


「それから、依頼に失敗した場合ペナルティが発生します。依頼によっては違約金が発生することもありますので注意してください」

「な、なるほど……」


 ただ、違約金などは高ランクな依頼でなければ発生しない。しかし、低ランクな仕事であってもサボったり失敗したりすれば、評価につながらないので、サボりは推奨しないとのことだった。

 まぁ、基本的なルールはよくある感じだな。


「あと、冒険者同士のトラブルについては基本的に自己責任です。ギルドは関与いたしません。他の冒険者と揉めたとしても、ギルドは一切の責任を負いませんのであしからず」

「わかりました。ところで、ギルドのオススメの依頼とかってありますか?」 

「そうですね。Gランクだと、ボア退治なんかがオススメですね。町の近くの草原によく出没するんですよ。他には薬草採取なんかも人気ですね。後は森の奥の方にあるダンジョンの調査なんかも最近よく依頼が出ています」

「じゃあ、とりあえず最初はその辺りを受けてみようかな」


 受付嬢に礼を言い、俺とマシロは依頼を探すため掲示板へと向かった。


「えっと……Gランクはこの辺か」

「いっぱいある」

「そうだな。どれがいいと思う?」

「これ。簡単そう」


 マシロが指差したのは『スライムの魔石の納品』だった。


「確かに……、ってかこれ」


 もう達成できるな。納品個数は5個、マシロに出会う前に森で狩ったスライムは余裕でその数を超えていたはずだ。

 報酬は銀貨5枚。だいたい5千円か。宿代にはちょっと心許ないがとりあえず達成だけしておこう。


 俺達はカウンターに行き、先ほどの受付のお姉さんに声を掛ける。


「すみません、この依頼を受けます」

「かしこまりました。それではこちらにギルドカードを置いてください」


 俺とマシロは順番にギルドカードを置く。


「登録しましたので、ギルドカードに魔力を込めると依頼内容が見れるようになっていると思います」


 魔力ってどうやって込めるんだ? と思いつつ、それっぽいことをやってみると。たしかにステータス画面のように依頼内容が表示された。

 いちいち紙を持ち歩かなくていいのは助かる。


「それで、早速納品したいんですが」

「はい?」


 俺の言葉を聞いて受付のお姉さんが首を傾ける。


「スライムの魔石5個、たまたま今持ってたので」

「あ、あぁ。そういうことですね」


 受付のお姉さんは一瞬呆気に取られたような顔をしたがすぐに納得したようにうなずく。


「それでは、納品物とギルドカードをこちらへお願いします」


 そう言って受付のお姉さんは、蓋のない底浅の箱を置く。俺は普通の革袋から取り出すように、アイテム袋から狩ったスライムの魔石を5個取り出した。


「……本当にありますね。少々お待ちください」


 受付のお姉さんはそう言って納品物を持って奥へと行くと、トレーを持って戻ってきた。


「こちら依頼達成を記録したギルドカードと達成報酬です。初めての依頼達成ですね。おめでとうございます!」


 受付嬢は満面の笑みを浮かべてトレーを渡してくる。

 俺はギルドカードをしまい、報酬の銀貨を手に取る。これが、俺たちの初めての報酬だ。

 本来ならもっと感慨深いもののはずだが、すでに持っているものを渡しただけなので、達成感も何もなかった。

 まぁ、それは今後の依頼達成時に感じていこう。


「そういえば、魔石って売れるんですかね?」

「はい、魔石だけでなく、いろいろな素材の買い取りも行っていますよ」

「ウルフの魔石をいくつか持ってるんですが買い取ってもらえます?」


 報酬の銀貨5枚だけだと心許ない。マシロの服も買ってあげたいし。

 俺はアイテム袋から町に来るまでに倒したウルフの魔石を取り出していく。


(ちょっと、相場がわからないしとりあえず10個ぐらいか?)


 バンディットウルフを含めて、もう少し持っているが、俺は様子見でウルフの魔石を10個取り出し、受付のお姉さんが用意した浅い木箱に置いていく。


「質のいい魔石ですね」


 魔石を見ながら受付のお姉さんが言葉を零す。多分大きめの5つの魔石を指しているのだろう。バンディットウルフの取り巻きの他のウルフよりも一回り大きかった奴らだ。


「状態もいいですし、全部で銀貨5枚になりますがよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」


 さっきのスライムの魔石は5個で5枚だったが、今度は10個で5枚か。スライムの方は依頼の分高めになってるんだろうな。

 素材の依頼が出るまで、素材を抱えておくのも一つの手か。まぁ、いつでるかわからない依頼を待つのもアレなので、そこは懐具合と相談ってところか。


 俺は追加の銀貨5枚を受け取り、マシロを連れてギルドを出る。


「まずは服を買いに行くか」

「うん」


 宿を見つける前にマシロの身なりを整えることにした。あまり汚い格好だと宿に断られる可能性もあるからだ。

 マシロは奴隷だったからか、着ているものはボロ布のようなものだ。とりあえず、マシロの服を探すために俺達は町の中心に向かって歩いていた。


「それにしても、結構大きい町だな」

「うん」


 マシロが同意する。俺は周囲を見渡しながら言ったのだが、マシロは獣耳をぴくぴくさせ、尻尾を揺らしながら歩いている。

 獣人だからだろうか、その仕草はとても可愛らしい。


「こことか良さそうだな」


 町の大通りに面した場所に、一軒の服屋があった。庶民御用達といった感じのごく普通の服屋だ。

 店の前の看板には『フォーレン服飾』と書かれている。

 俺とマシロは中に入り、店員に予算を伝えて服一式を見繕ってもらう。


「どんなのが好きかな? 女の子用の服はたくさんあるから好きなの選んでね」

「わたしに似合うやつ」


 こら、店員さんを試すようなことをいうな。店員さんが固まってるじゃないか。


「えっと、サイズが合ってて、動きやすそうな服でお願いします。マシロ、好きな色はあるか?」

「んー、しろ」

「じゃあ、主色は白っぽいものでおねがいします」


 大した予算じゃないのにわがまま言ってすみません。もっとお金が入ったら、またいい服を買いに来ますので。

 俺は心のなかで店員さんに侘びつつ、店員さんがいくつかの服を持ってくるのを待った。


「じゃあ、試着してみましょうか」


 店員さんは何着か服を抱えてマシロを試着室へ連れて行こうとするが、俺はふと思い立ち店員さんに待ったをかけてマシロの手を引いて店の外へ出た。


 俺はマシロを店の外に連れ出すと、自分のスキルを確認する。マシロが汚れたまま服を試着させてもらうのは忍びない。確か、水魔法で便利そうなのが……。


「マシロそこに立ってろ」


 俺はマシロを自分の正面に立たせると、マシロの体をまるごと洗うのをイメージする。


「ひゃっ!!」


 あまり感情の起伏のなかったマシロが可愛い声をあげ、しっぽがぴーんと伸びた。俺が放った水魔法がマシロの体を包み、一瞬で消え去っていった。

 水魔法で包まれたと言っても、マシロは濡れ鼠にはなっていない。この魔法は体を一瞬で洗い、しかも水は残らないという超便利な魔法なのだ。


「キレイになったな。試着に戻ろう」

「……」


 マシロは無言でコクりと頷く。そして、先ほどまでの汚れが嘘のように、白い髪が輝いていた。


「どうですか?」


 店員さんが試着室のカーテンを開き、選んだ服を着たマシロが姿を見せる。

 マシロの容姿が整っていることはわかっていたが、想像以上にマシロは可愛いかった。

 肌は透けるように白く、シミ一つない。真っ白な髪を腰まで伸ばし、赤い瞳は宝石のような輝きを放っている。

 そんなマシロがいままでのボロ布のような服ではなく、ちゃんとした服に身を包んでいる。

 動きやすいようにパンツスタイルだが、少し着飾るだけで、今までよりもグッと可愛さがアップしていた。


「おー、かわいい、かわいい」

「すっっっごくかわいいですよ!」


 店員さんも絶賛している。

 マシロもまんざらでもなさそうに、尻尾がゆらゆら揺れている。


「これください」

「はい、お買い上げありがとうございます」


 俺はマシロを連れて店を出た。

 今回は手持ちのお金の都合であまり高い服を買ってやれなかったが、金の都合が付いたらもっと高い服を買ってやろう。

 マシロに服を買ってやるというのがちょっとした楽しみになりそうだ。


「次は宿探しだな」


 とは言え所持金が所持金だ。選択肢は少ない。

 俺は手頃な値段の宿を適当に見つけて部屋を取った。飯代と合わせて俺の財布はちょうどからっぽになった。

 我ながら完璧な配分だ。


 宿の部屋は簡素なベッドと机があるだけのシンプルなものだった。


「ふぅ、今日は色々あって疲れたから、ゆっくり休もう」


 俺はマシロに言うと、マシロはコクリとうなずく。

 それぞれのベッドに入り。部屋の明かりを消す。


「おやすみ、マシロ」

「……」


 マシロからの返事はなかった。が――


「……レイト、ありがと」


 俺に背を向けたマシロから、そんな声が届いた。

 それは、服を買ってあげたことか、それとも、奴隷から解放したことか。


「あぁ、おやすみ」


 自分で思うよりも疲れていたのか、目を閉じるとすぐに俺は眠りへと落ちた。

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