第17話 赫剣の依頼

 ドラン達との依頼をこなしてから、俺達は同じようにB、Cランク帯のパーティに同行して依頼達成のサポートを続けた。

 サポートといっても、基本的にはルーフェの支援魔法頼りで俺はただ見ているだけだ。ルーフェの防御支援があれば危険はかなり減るし、マシロの『なんかきた』のおかげで、不意打ちされることもない。

 戦闘中俺とマシロは特にすることがないため、その間俺たちは同行した冒険者達の戦い方を観察したり、自分だったらどう戦うかをシミュレーションしたりしていた。


 そうやって、サポートパーティとして活動していると、少しずつギルド内でも俺たちのことを知っている人が増えてくる。

 とは言っても目立つ存在ではなく、顔見知りが増えたという具合だ。

 ドラン達にはあの後で数回依頼に誘われたし、この活動のきっかけになったグスタフからも誘いがあったのは少し驚いた。

 中級冒険者の間でルーフェの支援魔法の噂が広まりつつあり、外見が目立つマシロの存在もあって俺達が依頼に同行すると成功率が上がるという話がまことしやかに囁かれているらしい。

 フォーチュンホワイトなんていって、マシロをお守り代わりに誘ってくるパーティもあるぐらいだ。


 当初の計画通り、俺達はサポートパーティとして依頼達成の報告を重ねて早々にEランクになり、こうやって噂が広まった今では俺もマシロもDランク冒険者となっていた。


 このままじっくり実績を積み、しれっと目立たずに上級冒険者の仲間入りするのが理想だ。


 そんな考えの下、次の同行をパーティを探していた時だった。


「マシロちゃーん!」


 むぎゅっと、マシロを後ろから抱きかかえる女冒険者の姿があった。


(この人前も見たことあるな、確か……)


「エルストさん!?」


 俺が名前を記憶から探し出すよりも先に、ルーフェが彼女の名前を呼んだ。

 そう、ルーフェからそんな名前を教えてもらったはずだ。Aランク冒険者のエルスト。確か『赫剣(かくけん)のエルスト』とかよばれてるんだったか。


「ルーフェもこんにちは」


「は、はい。こんにちは……」


 エルストに親しく話しかけられ、ルーフェが恐縮する。ルーフェは後衛だから前衛でバリバリ活躍するエルストに憧れがあるらしい。

 エルストは女性にしては背が高く、スレンダーな体型をしている。腰まで伸ばした赤髪をポニーテールにしている。服装も動きやすさを重視しているのか露出度が高めで正直目のやり場に困る。


「あなたたち最近噂になってるみたいね」

「噂?」

「えぇ、あなた達に同行してもらうと依頼が上手くいくって。よかったら私の仕事にも付き合ってくれない?」


 それは、Aランク冒険者エルストからのサポートパーティへの誘いだった。エルストは俺達にそう言うと、ニヤリと笑った。


 俺達はエルストに連れられてギルド内の酒場へと移動した。

 ここの酒はうまいと評判らしく、依頼帰りの冒険者が酒を飲んでいる姿が多くみられる。

 俺達も適当な席に座り、注文を済ませるとエルストが口を開いた。


「次の依頼はちょっと特別でね。なるべく万全にして臨みたいの」

「特別?」


 エルストはそう言って、一枚の依頼書を取り出した。

 そこには『Sランク依頼 Sランク魔獣ワイバーンの討伐』と書かれていた。


「Sランク依頼!?」


 依頼書を覗き込んだルーフェが驚きの声を上げる。


「あれっ? でもエルストさんってAランクでしたよね。Sランクは受けられないはずじゃ……まさか!?」

「そう、ルーフェの想像通りのやつ……」

「ついに、なんですね」


 俺とマシロが理解できないまま話は進んでいき、ルーフェの目がキラキラとさせてエルストのことを見ている。


「なに? どういうこと?」


 置いてきぼりを食らった俺達にルーフェが丁寧に説明してくれる。

 なんでも、Aランクまでの昇格はそれまでの実績(ポイント)でギルドが認定するが、Sランクへの昇格だけは特別で昇格依頼という試験のような依頼があり、それをクリアすることで認められるらしい。


 昇格依頼の内容はその時々で様々だが、パーティとしての強さが求められ、今回のワイバーンのようなSランク魔獣討伐などが設定されることが多い。


「試験でもサポートパーティが付くのはありなんですね」

「えぇ、その辺は通常の依頼と変わらないわ。むしろ目的達成のために強い仲間を集められるなら、それも評価される」


 なるほど、あくまで評価としては依頼を達成できるかどうかであり、それを単独で行う必要はないわけか。

 仲間を集めることもその人の能力として評価されるのは、冒険者ギルドとして『らしい』評価だと俺は思った。


 それから、エルストからの依頼内容について詳しく話を聞いた。

 討伐対象は依頼書にある通りワイバーン。エルストは普段単独パーティなので同行するのは俺達だけとのことだ。


「……俺達だけ、か」


 今まで同行した依頼は基本的に同ランク帯の魔獣が討伐対象だった。だから、ルーフェが支援魔法を使うだけで、ほとんどのパーティが余裕をもって対象を倒すことができていた。しかし、今回は格上。エルストの実力はまだ見ていないが、俺達に危険が及ばないとも限らない。


「不安?」


 考えを見透かされたのか、エルストが俺の顔を見て言った。


「大丈夫よ、私にも相応の力があるからこの話が挙がっているんだもの。あなた達が危ない目に合わないようにする。それでも不安ならルーフェだけでも貸してくれないかしら?」


 基本的に知られているのはルーフェの支援魔法だけで、マシロはお守り代わり。俺にいたってはなぜいるのかわからないという感じだろう。

 エルストの提案はもっともなものだった。


(でもそれだと……)


 エルストが目的地に到着できないと思うんだよなぁ。

 俺の脳裏に、張り切ったルーフェが嬉々として目的地とは違う方向に向かう画が浮かぶ。


「大丈夫です。やります」

「いいの?」

「はい、ただし、数日の準備期間をください。こちらも万全を期したいので」

「わかった。私も準備があるからちょうどいいわ。そうね……三日後、ここに集合しましょう」

「わかりました」


 エルストと約束して、俺達は互いの準備へと向かった。


 ◆◆◆


「準備って何をするんですか?」


 冒険者ギルドを出ると、ルーフェが俺に尋ねた。


「装備を整えるのと、後は俺達の実力をちゃんと知っておきたい。これはルーフェとマシロにも協力してもらうぞ」


 今回の相手はSランク魔獣だ。どの程度の強さかは分からないが、どんな相手だったとしても対応できる手段を考えておく必要がある。

 生まれ変わったばかりで、まだ死にたくはないからな。

 サポートパーティとしてこなした依頼で、配分してもらった素材を売った金が結構ある。

 大きな戦いの前だし、ここで装備を新調しておくのがいいだろう。


 俺はまずガンズさんの武器屋へ向かい、今の剣を下取りにだして、店にあったなかで予算内の質の良い剣を選んでもらった。

 マシロの剣みたいに一点ものを頼みたいところだが、剣に向いた魔石が手元にはない。それが手に入るまではお預けだ。


 次に防具屋で俺の分を買い揃える。

 魔獣の皮を使ったレザーアーマー一式を購入。結構高くついたが、念には念をだ。今までちゃんとした防具はつけていなかったが、購入した防具をつけても動きに制限が付いたような感じはしなかった。

 良く出来てるものだと感心してしまった。


 俺の防具の後はマシロの防具だ。

 俺達はいつもマシロの服を買っている店へと向かった。


「マシロちゃん!?」


 店に入った瞬間に店員兼職人のアティレさんがマシロに気づいた。

 この人マシロセンサーでもついているのか? マシロは目立つ外見とは裏腹に身動きするときに音がほとんどしないので、気配薄めなのにすごい反応の速さだ。


「マシロちゃんの服用意してたの、すぐに持ってくるね!」

「あ、ちょっ!?」


 こちらが何かを言う前にアティレさんは店の奥へと引っ込む。

 そして戻ってくると、薄く赤みがかった服をカウンターに広げた。


「このまえ王都にいく機会があったんだけど、そこでフレイムモスの繭から作った生地を見つけたの。絶対マシロちゃんに似合うと思って速攻で買っちゃった!」


 買っちゃったっていうか、服まで仕上げてるじゃん。

 これ、俺達が買わなかったらどうする気なんだろう……。


「あの、フレイムモスっていうのは?」


 俺が尋ねると、待ってましたとばかりにアティレさんは目を輝かせて語りだす。

 フレイムモスというのは、炎の魔力を帯びた蛾のことで、その鱗粉は燃え上がるように赤く美しいらしい。

 ただ、生息地が限られている上、そこにいくまでの難度が高く繭自体が滅多に出回らないそうだ。


「あの、これ、めちゃくちゃ高いんじゃ……」

「ぎくっ!」


 俺の言葉に、アティレさんの目が泳ぐ。


「ま、マシロちゃんのためなら金貨5枚……いや、4枚でどうでしょうか?」

(たっけぇ……)


 いや、でも元の世界のブランド品だと考えれば理解できなくもない。

 というか、おそらく金貨4枚でも赤字なんだろう。アティレさんは涙目になっている。

 クレヴァンスから巻き上げた金もあるから、俺とマシロの手持ちを足せば足りないことはないか……。


「あの、今回は買いますけど、次からは事前に言ってくださいね」

「あ、ありがとう! マシロちゃん。いやマシロ様!!」


 いや、俺レイト……。

 アティレさんは俺の手を握りながら、マシロへの感謝を述べ続けた。

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