第13話 オルトロスが現れた! そして死んだ!

「マシロちゃん気をつけてね!」

「うん」


 馴染みの女冒険者に手を握られマシロは彼女たちの激励を受けていた。

 俺たちがこのギルドに出入りするようになってまだ十日も経っていないが、主に女性を中心にマシロのファンは増えつつある。


 ……俺のファン? いないよ?


 冒険者ギルドでクレヴァンス達と合流し、俺たちはオルトロスがいるという山を目指していた。

 総行程は予定では三日。野宿しつつの旅になる予定だ。


「マシロちゃん、ルーフェさん、大丈夫かい? 荷物持とうか?」

「……」

「いえ、大丈夫です。それに私たちはサポートですから、メインパーティの負担になるわけにはいきません」

「そんなの、気にしないでいいのに」

「いえでも、私達のリーダーの指示ですから……」


 おい、俺を悪者にするな。

 ルーフェはクレヴァンスの誘いの断りに、『自分の意志ではないんです』という意思表示をする。


 メインパーティのリーダーであるクレヴァンスは、ちょくちょく二人のことを気にかけて声を掛ける。

 しかし、マシロは基本的に無視、ルーフェだけが返事をするというのを何度か繰り返していた。


 結構プライド高そうなのに、マシロの塩対応にもなかなかめげないな。

 そもそもルーフェ狙いか? 俺のことを心配してくれてもいいのよ?


 ちなみに俺は、ルーフェとマシロを先導にしつつ、二人のすぐ後ろに張り付いている。

 もちろん、二人が襲われても大丈夫なように……ではない。二人があらぬ方向に行こうとした瞬間に声を掛けるためだ。

 二人が半歩でも道をそれそうになった瞬間、俺は二人に声をかけて行く道を矯正していた。


 前をクレヴァンス達が先導しているのに、なぜ逸れそうになるのか未知の力が働いているようにしか思えないが、クレヴァンス達からは俺が過保護に二人を守ろうとしているように見えていることだろう。

 ……違うのに。


 道すがらルーフェとマシロとおしゃべりをしながら、道中は特に魔物に遭遇することもなく日暮れが近くなってきた。

 そんなタイミングでクレヴァンスが声を掛けてきた。


「今日はここまでにしよう」


 どうやらこのあたりで野営するらしい。俺はクレヴァンス達からは少し離れたところに荷物を降ろしてテントの準備を始める。

 ちなみに俺たちの荷物はかさ増し用の風船のようなものが入っているだけで、実はめちゃくちゃ軽い。

 実際の三人分の荷物は俺のアイテム袋に入っていて荷物はカモフラージュ用のものだ。


 俺たちのテントは三人用だが、マシロが小さいので三人入っても結構余裕がある。

 今回の依頼に備えて買っておいた。魔法で土壁の小屋のようなものも作れそうだが、こういうのは不便を楽しむとも言うしな。俺は正直キャンプ気分で今回の旅を楽しんでいた。


 テントの準備が終わると、俺はクレヴァンス達のところへと向かう。


「見張りはどうする? 交代で行うのか?」

「いや、このあたりでは魔獣は出ないし、見張りは不要だ。君たちもゆっくり休んでくれ」


 ……本当かよ。


「それはありがたいな。ならお言葉に甘えてゆっくり休ませてもらうよ」


 俺はそう言い残すと、自分たちのテントへと戻る。

 その時、クレヴァンスの口元が醜く歪んだ気がした。


 ◆◆◆


「おい! いつまで寝てるんだ、起きろ!」


 翌日俺たちは、そんな乱暴な声によって起こされた。

 テントから顔を出すとクレヴァンス達が苛立たしげに、俺たちを見下ろしていた。


「早く準備してくれないか、行程に遅れが出る」


 クレヴァンスは怒りを抑えながら俺たちに命令する。


(昨日聞こえた声は夢じゃなかったみたいだな……。まぁ、わかってたけど)


 昨夜――。


「ルーフェ、寝る前にテントの周りに結界みたいなのって張れるか?」

「結界、ですか?」

「あぁ、悪いやつが襲ってこないとも限らないから念のためな」

「じゃあ、カッチカチのやつでいいですかね?」


 カッチカチとかコッチコチとかよくわからないけど、それで。

 俺が首を縦にふると、ルーフェが集中を始める。


「峻拒の聖域、悪しき愚行徒爾たらしむ」


 ルーフェがなんぞかっこいい詠唱を唱えるとテントの周囲が少し光った気がした。


「これで安心して寝れますね」


 それから、俺たちはマシロを真ん中に川の字になって眠りについた。


「なんだ、通れねぇ!」

「剣を使え剣を!」

「くっそ! 剣もダメだ、どうなってやがる!」

「結界を張る魔道具の類でも持っていたようだな。ちっ、Fランクのくせに」


 何も聞こえない。何も聞こえない。


「思ったよりバカそうだったから今晩で始末をつけられると思ったが仕方ない。当初の予定通り明日やるぞ。言った通り獣人のガキとエルフは殺すなよ。高く売れる、それに――」


 色々楽しめそうだからな……。


 それから、足音と共に声は聞こえなくなった。


 という別に聞きたくもないセリフを聞いた後で俺は翌朝を迎えていた。


 俺たちはオルトロスがいるという山をえっちらほっちらと登っている。

 登山道など当然ないが、荷物は軽いし俺たちはルーフェに身体強化のバフを掛けてもらっている。

 正直ちょっとしたハイキングぐらいの気分だ。


「止まれ」


 先行するクレヴァンスが足を止めた。俺たちもそれに合わせて立ち止まる。

 クレヴァンスたちが見ている方角を見ると、そこには大きな犬のような生き物がいた。

 その体は真っ黒で2つの頭がありそれぞれに宝石のように輝く赤い目がある。あれがオルトロスか。

 しかし、でかいな。体長は5m以上はあるだろうか。

 鑑定によるとレベルは46とかなり高い。


「じゃあ、頑張って倒してくれよ……なっ!!」


 クレヴァンスは木陰に隠れていた俺を蹴り飛ばし、その勢いで俺はオルトロスの前に転がり出る。


「な、なにをっ!」


 俺はクレヴァンスをにらみつける。


「お前はもう用無しだ。あのエルフとガキは俺がいいように使ってやるよ」


 舌なめずりをしながらクレヴァンスは嘲笑う。

 オルトロスが飛び出した俺に気付きこちらへと近づいてくる。


「騙したのかっ!」

「騙されるやつが悪ぃんだよ。バーカ! 低ランクのくせに身の丈に合わねぇ装備をつけてるやつはみんなそうだ。ちょっと美味い話をしてやるとホイホイ付いてきやがる」


 そして、低ランクでは倒せなさそうな魔獣の前に放り出し、魔獣が彼らを殺した後で装備だけをいただくってところか……。


 下衆め……。


「おら、オルトロスがお待ちかねだ。頑張って倒してみろよな」


 クレヴァンスは癖のある高笑いをしながら、オルトロスが俺を始末するのを待った。


「じゃあ、そうするか。 マシロ、試し切りしていいぞ!」

「わかった」

「ルーフェは眠らせ終わったら、マシロに支援を」

「はーい」


 俺の声に二人は待ってましたとばかりに返事をする。


「は? えっ?」


 クレヴァンスはうろたえた様子でマシロがオルトロスの前に立つのを見ていた。


「マシロちゃん! ゴーです!」


 ルーフェが声を掛けると共にマシロが駆け出す。獣人らしい敏捷性だ。

 クレヴァンスは呆然としているばかりで全く動こうとはしない。

 俺を囮にして逃げる算段だったはずなので、一応視界に入れていたのだが、この分なら放っておいても大丈夫かもしれない。


 ルーフェの支援魔法を受けたマシロは、瞬く間にオルトロスの懐に飛び込むと、青い刀身を一閃する。

 一筋の青い光が煌めき、それは見事にオルトロスの首を切り落とした。

 そして、マシロは着地すると瞬時にステップを踏み、もう一つの首も胴体から切り離した。


 ――ズシンッ。


 それは一瞬の出来事だった。頭を二つとも失ったオルトロスの巨体が地面に倒れる。


「二人共おつかれ。マシロ、剣の具合はどうだ?」

「ん、ばっちり」


 目の前の出来事にクレヴァンスは固まったままだ。

 俺は現れたオルトロスの魔石を回収し、その死体もアイテム袋に入れる。


 そして、ルーフェに眠らせてもらっていたクレヴァンスの仲間三人を引きずって、クレヴァンスの近くへと転がした。


「さてと」

「ひっ! こ、殺さないでくれ!」


 俺がクレヴァンスに目を向けると、怯えきった表情でクレヴァンスは震えていた。その顔はやつれ、十歳ほど老けたように見える。

 お前じゃないんだから、いきなり殺したりはしねーわ。


 曲がりなりにもBランクがこんなに怯えるってことは、マシロってやっぱり相当強いんだな。


「殺しはしない。だが、いろいろと利用させてもらうぞ」


 ふっふっふと悪っぽく振る舞ってみる。これでも小学生の時には劇に出たこともあるんだ。

 演技力には自信がある。


「お、お前たちなんなんだ。え、Fランクじゃなかったのか? まさか……俺を騙したのか!?」

「騙されるやつが悪ぃんだよ。バーカ!」


 俺は数分前のクレヴァンスのセリフにリボンを付けてお返ししてやった。

 やばい、ちょっと楽しい。


 クレヴァンスは青ざめた顔をして俺を見つめている。

 まぁ、気持ちはわかるよ。

 オルトロスが普通なら負けるはずのない相手に瞬殺されちゃったわけだからな。それも、低ランク冒険者に。


 こいつは俺たち以外にも同様の手口でかなりの悪事を働いていたみたいだし、遠慮せずに先程の言葉通り利用させてもらおう。


 ふっふっふ、楽しみにしてろよ。

 俺はニヤリと口元を醜く歪めた。

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