第18話 とにかくヤケクソ、糞だけに

 結論から申し上げますと、ウンコでした。


 うん、「また」なんだ。済まない。

 モーニングスターも、回復薬も失って、木之瀬さんから貰ったガントレットまで噛み砕かれて。


 ほとんど全てを失った俺を優しく包み込んでくれたのは、ウンコでした。


「はぁ……」


 ウンコに包まれて、天井を見上げる。


 蟻の糞がクッションになってくれた。

 薄暗い奈落の底。途方に暮れる。


「どうしろってんだよ」


 もう、武器もない、薬も無い。

 何も残っていない。


 戦う力がないのだから、とりあえずアクセサリーをDEF重視のモノに切り替える。

 二層のアクセサリーは強力で、合計DEF+20近くになった。


「はぁ……」


 でも、打つ手がない。

 ボスを殺せない。


 スマホを見ると、地下だろうが容赦なく闇の収縮は来るようだ。

 このままウンコにまみれて死ぬかな。


 真面目に頑張るなら、落ちてる武器を漁ってイチから出直すしかない。

 そんな時間があるとは思えないが。


 まぁ、でも、みっともなく足掻くか。


 もし神様がいるとすれば、馬鹿みたいに七転八倒して足掻く人間が好きなんだ。ゲラゲラ笑って人間を観察している。だから、足掻かない人間は成功しない。


 そんな事を、ウチの親父が良く言っていた。


 海外転勤を決めた時の言い草だったけどな。

 母さんもついていったから、お陰で俺は一人暮らしだ。


「まぁ、やるかね」


 どうせなら、あの糞みたいなトカゲどもに一泡吹かせて。

 それから死にたい。


 よくよく考えりゃ、キラーだって殺したい。


 デスゲームに参加して以来、殺したい相手が増えた。

 人生にハリが出たって事だ。


 ポジティブシンキング。

 空っぽの人生よりも、怒りと憎しみが詰まっている方がマシかも知れない。


 さて、奈落を見渡せば、多くの死体が転がっていた。

 落下死したか、それとも蟻と戦って死んだのか?


 どちらにせよ既に白骨化してる。骨以外は蟻に食われたと見るべきだろう。

 そこからアイテムを収集する。



≪ サバイバルナイフ ≫

 ATK+12


 肉厚で頑丈なナイフ。

 予備に持つだけで、生存可能性を格段に高める。



 死んどるがな! 生存しとらん!

 フレーバーテキスト君! 嘘は良くない。



≪ レンジャーブーツ ≫

 DEF+12


 迷宮探索用に作られた編み上げブーツ。

 頑丈で防水性もあり、虫や汚れを寄せ付けない。



 虫を寄せ付けない?

 防虫剤でも塗ってあるのかな? だから革なのに食われずに残っている?


 だとすればコイツは掘り出し物だ。


 サイズは……ちゃんと補正されるな。

 こういうゲームみたいに雑なところは好きよ。


 ナイフにブーツ、アクセサリー。服はジャージ。

 もう、完全にヤベー奴だ。半グレを笑えなくなってしまった。


 ウンコまみれってトコを抜かせばな。

 これだけで爆笑モンだ。


「さぁて」


 脱出しますか。

 絶望的な穴の底でも、ゲームと言うなら脱出口は用意されているハズだ。


 奈落は蟻さんの世界だ。

 まずは蟻さんを良く観察する。


 謎の肉塊を引き摺る蟻さんの集団とランデブー


 ……これ、さっき俺が殺したリザードマンだ。


 どこに持っていくんだろう? 行列を辿って地下を彷徨う。


 蟻さんの行列を辿って行くなんて、小学生以来だ。

 これが穏やかな昼下がりだったらなんと素晴らしいのだろう。


 実際はデスゲームの最中である。


 ため息混じりに薄暗い洞窟を歩く。

 そして……


「嘘だろ?」


 そこには土の城が建っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


≪ 蟻塚 ≫


 ジャイアント達が泥を固めて作った巣。

 巨大なものになれば、民家よりも大きくなる。



 民家か、確かに。

 城ってのは少々大袈裟だったか。遠近感がおかしくなる。


 ウンコのお陰か敵対状態にはならない。

 踏み潰さないように注意しながら、蟻塚の中に侵入した。


「おじゃましまーす」


 中を覗くと、丸められた餌が大量に積み上げられていた。


 そして、ソレを守る蟻たるや。

 餌を運ぶ働き蟻よりも、更に大きい。

 兵蟻。戦う為の蟻だ。


 それが100や200じゃない。

 千は居る。


 ……コイツらをレイスにぶつければどうなる?


 物理耐性がなんだ。

 圧倒的な物量で押しつぶせるんじゃないか?


 ワクワクして来た俺であったが、兵蟻さんたちは仕事一筋だ。


 俺の事もちゃんと異物と認識しているようで「変な奴が入って来たな」としっかり警戒されている。


 ここに居るのはヤバい。


 更に奥へと滑り込む。


「うげ……」


 集合体恐怖症の人は卒倒するに違いない。その部屋は一面ビッシリ卵が植わっていた。

 一個一個は鶏の卵ぐらいか? 形はずっと細長くてブヨブヨしている。


 兵蟻はこの卵部屋にも居た。

 周囲を警戒しつつ、卵の位置を整理していた。


「…………」


 気になったのは、奥まった場所にひっそりと鎮座する。巨大な卵。

 ラグビーボールぐらいの大きさがある。


 ……まさかコレ、女王蟻となる卵だろうか?


 もしも、コレを盗み出したらどうなる?

 死ぬかな? 死ぬだろうな。


 だからなんだよ。


 俺はレイスにビビってしまった。

 それが、悔しい。


 口では死ぬ覚悟は出来てるとか言いながら、ヤベー奴を目にした途端、パニックになってビビリ散らした。


 このまま怯えて死んで良いのか?

 こんどはアイツをビビらせてやらなきゃ、カッコつかねぇだろ!


「ちょいと拝借」


 デカい卵を持ち上げてみる。

 キレイだ。グロテスクな虫の卵だというのに、乳白色でとても美しい。


 ――カチ? カカカチ


 そんで、兵蟻が一斉に警戒を始めた。

 でも、まだ完全に敵だとは思われてない感じ?


 あとは、コレをコッソリ持ち出すだけだ。


「失礼しまーす」


 小脇に抱えて、部屋を出た。

 その時だ。


 ――キチキチキチキチ!


 敵対した! ハッキリと敵意を向けられた。

 千にも迫る兵蟻が一斉に警戒を顕わに向かってきた!


「あば、あばばばばば」


 蟻塚を飛び出して、俺はダッシュで逃げ出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ちぬ! 死んじゃう!」


 左手で卵を抱え、右手のスマホで地図を確認。

 行き止まりに詰まったら、その場でゲームオーバーだ。


 ってか、今も足元に蟻が集っている。ブーツが無かったらズタズタにされていた。


 俺は体を揺らし、ジャージに食らいつく蟻をなんとか振り落とす。


 死ぬぅ!


 回転ノコギリが壁から生えて、首を刈り取ろうと通過していった。

 屈むのが一瞬でも遅れたら、頭部がおさらばしていた。


 膝まである水たまりに足が取られるが、コイツは蟻も足止めしてくれて助かった。


 次々と扉を開けて、閉じる。


 スグに扉は食い破られるが、時間稼ぎにはなる。


 ――キシシッ!


 扉の先、リザードマンの集団まで現れた。

 その数、五匹。

 普通に戦っても全く勝負にならない数だ。


 しかし、俺は全てを無視して部屋を突っ切る。


 ――シャーッ! キシッ?? ギー!


 当然、リザードマンたちは俺を追いかけようとするのだが、尻尾を翻し、方向転換した時には、既に蟻の津波にのみ込まれている。


 地獄絵図だ。


 俺はこの地獄をアイツの元まで連れていく!


 レイス、出てこい!

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