第21話 とにかく現実だ
「さぁて、みんなの様子はどうかな」
俺は双眼鏡で学校を観察していた。
いつも通りの教室だ。
隣の席の近藤が先生に「あれ? 篠崎は?」と聞くと、先生が「篠崎は家庭の事情で休みだ」と説明する。
ふーんそうなんだ、とみんな大して気にもしない。
……いや、全部想像だけどな、音は聞こえないから。
俺は学校の向かいにあるマンションの外廊下に陣取っていた。
ここからは学校の様子がよく見えるんだ。
木之瀬さんは……いつも通り。ちゃんと学校に来ている。
真面目だねぇ、俺なんてサボリだよ。
命懸けのバトルを繰り返した後、当たり前に学校に通えるって凄いよなぁ。
だけど木之瀬さんは終始元気が無い。そりゃそうだ。
休み時間に俺のクラスに顔を出し、俺の事を聞いて回っているみたい。
学校に来ていないと教えられると、泣きそうな顔で引き上げた。
クラスはちょっと騒然。
昼行灯の篠崎と学園のアイドル的な木之瀬さんにどんな関係が? って感じかな?
まぁ、想像だけど、外れちゃおるまい。
本当は元気だよって顔を出してやるべきなんだが、今は無理だ。
俺はコーヒー牛乳をちゅうと啜る。
ふーん、現れないか。
読み通り、目当ての人物はココに通っていた。
聞き込みをしたら、ドンピシャ。目撃情報が集まった。
優男風のイケメンがこの辺をうろうろしてませんでしたか? ってな。
サッカー部の矢野の写真があって助かった。似ているからな。コイツの兄ですって言えばスグに通じる。
キラーだ。
キラーはここから学校の様子を観察していた。
サビや汚れが目立つ手すりには、一人の男が長時間陣取ったであろう形跡が見て取れた。
「まぁ、次か」
俺は最後に木之瀬さんの浮かない顔を確認すると、マンションを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おおっ! キミはずいぶんと筋が良いな!」
俺は空手教室に飛び入りで参加していた。
試合向けじゃなく、なるべく実戦重視の……早い話が怪しいトコだ。
「こんなに素質がある高校生が全くの格闘技シロウトとは驚きだよ」
……師範のおっさん。褒めすぎな気がする。
少し苛立って、魔法を使った。
「看破!」
「なんだい? それは? どうした?」
痛ぇ! 頭痛が!
本心だったのか。
看破は失敗すると、強烈な頭痛がするんだ。
どうも、俺は本当に筋が良いらしい。
突然蹲った俺は大層心配されてしまった。
「大丈夫、大丈夫ですんで」
涙目である。
いったいどれだけゴミなんだよこの魔法。
そもそも、魔法なのか? スキルなのか?
詠唱は不要だが看破と宣言が必要なのが呪文と言えない事もない。
仕方ない。俺は真面目に練習する事にした。
効果的な筋トレの仕方などを教わって、次の練習の予約を入れる。
すると、師範は良い話だ、と小声で続ける。
「今だけ、半年分の月謝を先払いしてくれれば30%オフだ。他の受講者には秘密にしてくれよ」
怪しい……怪しすぎる。
「看破!」
「あ、う」
師範の体から力が抜けた。だらんと手が下がる。
「真実を、話せ!」
「ちょっと借金があって先にお金が欲しくて。30%オフなのは初月分だけで、それは普通に払っても同じです」
そんなこったろうと思ったよ。
「はぁ、まぁ、払いますよ、半年分」
実はね、金の指輪が一個あったのだ。だからあぶく銭がある。
最初の最初で拾った奴ね。
親の形見って持っていったらソコソコのお金になったんだ。
それでも、かなり足元見られたっぽいけどな。
「おぉ! ありがとう! しっかり指導するよ」
頼みますよ。俺はガチの殺し合いをしているんだ。
師範の教えに命が掛かっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それは水曜日の昼下がり。
筋肉痛に悩みながらプロテインバーを囓っていた時だ。
「速報です。警視庁は本日、デスゲームと称するイベントを主催する犯罪組織の存在を発表しました」
マジで?
え? マジで?
プロテインバーはころりと零れた。
ニュースは、続く。
最近、我らが波木野市で失踪事件が頻発している事。波木野市ではデスゲームのアプリが出回っている事。刑事が事件を調査していた事。
そして、担当刑事が実際にアプリを起動したところデスゲームに巻き込まれた事を淡々と報告していた。
くれぐれも怪しいアプリをインストールしないようにと話は締めくくられていた。
その後はコメンテーターがしたり顔で、野良アプリの危険性などを語ったりもしている。
いや、そう言うレベルの問題じゃないんだが。
いや、マジで? 山崎さんだっけ? あの刑事さん生き残ったの?
半グレどもにぶん殴られてたような?
で、放置されていたハズだ。その後、闇から逃れてゲートに触った?
そんな事がありうるのか?
いや、でも、可能性はゼロじゃない。
あの怪しげな金属棒がせり上がって来たら、そりゃあ気になって調査するだろう。
その時、出血していたら、偶然起動したっておかしくない。
なんてラッキーだ。
しかし、たった一人の刑事がそんな事を言っても、上層部は本気にするだろうか?
あまりにも荒唐無稽。俺だったら信じない。
ニュースは続く。
「あっ!」
次に映ったのはおっちゃんの顔だ。
俺達を助けてくれた関西弁のおっちゃんだ。
「違法に貴金属を密輸したとして、住所不定無職の岸田与一容疑者が逮捕されました」
「あー」
おっちゃん、捌ききれなかったのだ。
あの大量の貴金属を。
で、捕まった。
別に盗んだものじゃない。
ただ、アレだけ大量に捌こうとすると、怪しまれる。おっちゃんなりに色々なツテを使ったんだろうが、足がついた。
で、適当な理由で逮捕された。
警察だって、本当に他国から輸入したとは思っていないハズだ。
つまり、デスゲームが本格的にバレた。物証まである。
「やべぇ!」
俺は慌てて家を飛び出した。
指輪を売ってしまった。あっさりと足がつくだろう。
更には、木之瀬さんは制服だった。彼女もすぐさま特定されるだろう。
もちろん、俺もだ。
つか、さっきから電話が鳴ってたのはソレか。ガン無視していた。
俺が生きているのがバレるとうまくない。
最低限の物だけ抱え、俺は街へ飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
漫画喫茶を転々とする内、それほど気にする必要はないかも知れないと思い直した。
波木野市が強烈にきな臭くなりはじめたのだ。
かなり治安が悪化している。
警察も俺の消息を熱心に追いかけてはいないようだ。
それほどに、デスゲームが大きなトピックになっている。
掲示板はデスゲームの話題で持ちきり。
うらぶれた男達が一攫千金を目当てに、波木野市に集まっている。
っていうか漫画喫茶がヤベェ奴らの集会場と化している。
ネットを見ると、噂が加速していて、ウソもホントも入り交じっている。
更には被害者と見られる人間のリストも公表されていた。
警察発表が早過ぎると思ったが、注意喚起の目的もあったようだ。
なんせ、アプリをダウンロード、ボタンを押したら即ワープなのだ。止めようが無い。
参加したい馬鹿は止めようがないけれど、俺みたいな興味本位の参加だけは止めたかったに違いない。
アプリをインストールしただけでアウトだと、ヤバい奴らに位置を特定されてとんでもない事になると、繰り返し報道されていた。
色々とふわっとしているが仕方が無い。大真面目にワープしますなんて言えるハズが無いのだ。
もう金曜日。
俺の逃亡生活もそろそろ厳しくなってきた。速攻でキラーを捕まえる予定が、あまり手掛かりが掴めていない。
そんな時だ、行きつけの中華屋で天津飯を食っていたら、テレビでとんでもない特集が始まった。
≪ 波木野市での連続失踪事件とデスゲームについて! ≫
デカデカとテロップ。
そして、現れたのは木之瀬さんだった。
未成年だし、当然、顔は隠している。
声だって加工している。
でも、間違いない。
「私は、デスゲームの生き残りです」
衝撃的な告白から始まり、ゲーム内容の暴露。
そして……
「私は……友達を、この手で殺しました」
恐るべき証言。
騒がしい中華屋がシンと静まり返った。おやっさんも鍋振りを忘れてテレビに釘付けだ。
テレビで語られる俺の名前。
そして、キラーの存在、デスゲームに参加した理由、ミントちゃんの話題まで。
更に、驚くような木之瀬さんの発言が飛び出した。
「私は、またデスゲームに参加します。アイツを……許せない」
そんな事まで言っている。
いや、なんでこんなのを警察は許したんだ?
報道させるなよ。
どうなっている?
次は、記者会見の様子が映し出された。
現れたのは、木之瀬さんの両親。それにミントちゃんの父親だ。
遺影みたいにミントちゃんの写真を抱え、涙ながらに情報提供を呼びかけている。
「キラーが娘の安否を握っている。キラーだ! キラーを見つけてくれ!」
滂沱の涙を拭おうともせず、カメラに向かって訴える。
もちろん、レポーターはパパさんの言葉の真偽を突っ込んだ。
「その情報は誰から?」
「生存者だ……」
木之瀬さんだと言っているようなモノだ。
そう言えば、ミントちゃんの家は実業家。地元の名士。
滅茶苦茶お金を持っていて、学園への寄付も半端ないと聞いた事がある。
警察も、まだデスゲームについて信じ切れていないのが窺えた。
北朝鮮への拉致被害者への報道よりも、ずっと持て余している感じである。
パパさんの暴走を止められないのだ。
それどころか、ミントちゃんのパパさんはとんでもない事を言い出した。
「私はデスゲームへの参加を決めた。協力者と共にゲームに参加する」
おいおいおい!
当然、記者会見の会場は騒然とする。
「私はデスゲームアプリをダウンロードした、参加ボタンを既に押している! 雇った協力者も同様だ」
協力者って、まさか傭兵か?
マジで、言ってる?
木之瀬さんの両親も涙ながらに訴える。
「娘は私達の制止を聞かず、デスゲームの参加ボタンを押してしまいました。誰か娘を助けてください!」
マジか。
デスゲームの参加ボタン。押してしまうと解除不能だと言う。
そう言う事だったのか。
デスゲームへの参加。
スマホの電源を消していたらOKとは限らない。
それに、だ。
興奮したアナウンサーがヨレヨレのネクタイを直そうともせず、カメラに向かって呼びかける。
「デスゲームの開始時間は日曜日の午後5時と発表がありました。ナジテレでは予定を変更し完全生中継で参加者に密着します」
おいおい、盛り上がって来たじゃねーの。
天津飯を掻き込んで、席を立った。
「おっちゃん、会計」
「あ、あぁ」
滅茶苦茶怪しまれている。
番組中、俺の顔も映ったからな。行方不明で情報提供を求むって。
やりにくくなってしまった。
まぁ、でも、面白い。
店を出ると、街中がなんだかそわそわしていた。
すれ違う不良共の馬鹿騒ぎが嫌でも耳につく。
「お前、エントリーした?」
「したした、でもよぉ、外れちまった」
「俺は通ったぜ? 参加ケッテーイ!」
「まぁじぃ?」
大盛り上がりだ。
ガチの殺し合いだと思ってねーんだろうな。
どうも、参加出来るのは百人だけらしい。
抽選が行われている。
因みに、俺は参加が確定している。
経験者が優先的に参加出来る仕組みなのか?
実はコレも不思議だ。チュートリアルなら二回目はご遠慮願うってのが普通じゃないか?
まぁ、良い。
結局、あの迷宮で決着をつける事になりそうだ。
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