第7話 とにかくやっつけろ
薄暗い教室で、木之瀬さんと二人っきり。
「篠崎くん、おねがい……優しくして、痛いのはイヤ」
俺は木之瀬さんの手を握り、ゆっくりと指を絡める。
「大丈夫。殴ったりしないよ」
「ほ、ホントに?」
「ほんとさ」
怯える彼女に覆い被さり、優しいキス。
「今日は……ね」
「そ、そんな!」
「だから、ほら、ゆっくり足を開いて」
「うぅ……」
木之瀬さんは恥ずかしそうに目を伏せて、それでも俺を受け入れてくれた。
「好きだよ、奈々」
「わたしも! 篠崎くん!」
ドクン! ドクン! ドクン!
「ヒュー、ヒュー、ヒュー」
激しい心音と、おかしな呼吸音。
あまりのストレスに、脳が逃避を求めている。
本当の俺は、薄暗い遺跡の中で、生と死の狭間。
ギリギリの戦いの最中であった。
生きる希望を燃やして、ギリギリで踏ん張る。
ヤバい! ヤバい! ヤバい!
今の俺、死にかけている。
投げ込まれる火球と、横から飛んでくる矢。
どちらも躱さないと、即座に、死ぬ!
いや、本当か?
火球は丸焼けの大やけどだが、矢はなんとかならないか?
一発ぐらい、耐えてメイジゴブリンに肉薄出来れば……
馬鹿か! 石の床にざっくり刺さる威力だぞ!
だけど!
――ギャーギャギャギャ
近づけない!
逃げながら、魔法を引き撃ちされている! 避けながらでは追いつけない!
時間もない! 侵入者を捜しにいったゴブリンの本隊が戻って来たら終わりだ。
そうだ!
ウェストポーチに手を突っ込み、一本の薬を取り出した。
苦い。
「危ね!」
気を抜いた瞬間、意識の外から飛んで来た矢は、ギリギリで外れてくれた。
既に、メイジゴブリンは神殿の外にまで出てしまっている。矢の援護を受けやすい位置。
いっそ、踵を返し、木之瀬さんと二人で騎士風ゴブリンを殺すか?
いや、コイツを無視は出来ない。まとめて焼かれる!
「ぐぉぉぉっ!」
一目散に、メイジゴブリンへダッシュ。
「ぐへっ!」
案の定、右肩に矢が刺さる。
痛い! でも、骨には達してない。守備薬が効いている!
――ギャギャッ!
メイジゴブリンがコチラに杖を構える。
火球が、来る!
躱せる事を祈って、スライディングで突っ込む。ゴブリンメイジは慌てて火球の発射を止めたが、遅い。そのまま足を引っ掛け、転ばせる事に成功。
――ギャッ!
しかし、もつれる様に地面に転がってしまう。
目の前には、ギラギラと輝く魔法の杖。コレ、爆弾みたいなモンなんじゃ?
そうか! 巻き添えが嫌だから、コイツは魔法を引っ込めたのか。
――ギャッ!!!
しかし、こうなればもう、死ねばもろともと言いたげに、コイツは俺に杖を構える。
暴力反対! 平和的に話し合いで解決しようぜ! 無理だ! 言葉がわかんねー。
杖を掴む? いや、腕ごと焼かれる! そうだ!
左手でゴブリンメイジの襟をつかむと、小さい体をブンッと振り回す。
途端にドォンと背後から爆風。振り回された事で火球が外れ、柱に当たって背後で弾けたのだ。
――ダスッ!
そして、首筋には矢が刺さる。
ゴブリンメイジの、だ。
振り回した丁度そのタイミング、盾代わりになった。
偶然だ。完全に偶然。
だけど、アレだ。武道の達人になったみたいな高揚感。
「へへっ」
ひたすらツイてる! 魔法の杖を奪って、引き返す。
持ち場を離れない弓兵を倒すのは、まずは後回しだ。木之瀬さんを助けないと。
と、神殿の中からガァンガァンと金属の音。
剣を打ち合っている! まだ戦っている!
パルテノン神殿みたいな柱の隙間、転がるように飛び込むと、木之瀬さんと両手剣ゴブリンの戦いの様子が見えた。
遠い! 最初の位置から大きく後退している。
押されているのだ。
「きゃあ!」
つばぜり合いの末、突き飛ばされた木之瀬さんが、背中を柱に打ちつけた。
ヤバい! 間に合わない!
「オラッ! コッチだ!」
ガントレットをカチ合わせ、ガンガン鳴らす。
ゴブリンはチラリとコチラを見るが、それだけ。まずは木之瀬さんを倒す気だ。
まず、まずい。おれの、らぶらぶエッチが! (知能低下)
杖で、魔法! 無理! 使える気がしない! 要らねーよこんなモン!
杖を投げ捨てると、カァンと祭壇に跳ね返った。
祭壇?
奉られてるのは、宝箱?
コイツら、コレを守ってたんじゃ? ご神体ってヤツか?
「開けるぞ! オイ!」
ゴブリンの気を引くべく、祭壇に駆け寄って、蹴飛ばす様に宝箱を開ける。
「なんだ? 剣?」
ゴブリンのご神体だ。お守りかなんかだと思ったら、剣だ。
しかも、やたらキラキラしていて、豪華。
銀の鞘に、ブルーの宝石。
コレがヤツらのご神体? 儀式剣って奴か?
「ゲッ!」
振り返ると、木之瀬さんは絶対絶命のピンチだった。
片膝をついた姿勢、押し込まれる刃をつばぜり合いで耐えている。
このままじゃ、とても間に合わない。
「木之瀬さんっ!」
だから俺は、拾ったばかりの剣を投げた。
投げ飛ばした儀式剣が、音を立てながら石床の上を滑っていく。ギャリギャリと音をたてる。
ギャ?
お陰でゴブリンの気が逸れた。
それも一瞬。全ては木之瀬さんを倒してからだと思い直した、その瞬間。
僅かな隙を逃すまじと、木之瀬さんが長剣を振り上げる。
キンッ!
「きゃっ」
振り下ろすゴブリンの両手剣と、振り上げた木之瀬さんの錆びた長剣。
カチ合えば、当然、負けたのは錆びた長剣だ。
甲高い音と共に、長剣はぷっつりと折られてしまった。
弾かれた木之瀬さんは地面に叩き付けらる。
「ぐっ、こ、コレ?」
その時、丁度目の前に滑り込んだのが、俺の投げた儀式剣だった。
木之瀬さんは飛びついて、即座に抜き放つ。
綺麗だ……刀身はガラスみたいに透明で、青い光を放っていた。
それが木之瀬さんにピッタリで、薄汚いダンジョンの中にあっても、澄み切った可憐さが浮き上がるようだった。
美を理解出来ないゴブリンは、無粋な両手剣を木之瀬さんに叩き付けようとして……
シャリン
斬られた。
剣で斬られたとは思えない澄んだ音で、剣ごと胴を両断された。
どさりと音をたて、離れ離れになった上半身と下半身が、別々に倒れる。
振り抜いた木之瀬さんの姿勢は、錆びた剣を折られた時よりもなお無理のある格好で。それだけ儀式剣の威力の凄まじさを物語っていた。
「す、凄い……」
木之瀬さんは、手の剣を見つめ、ウットリと呟く。
暴力に酔ってらっしゃる。
うーん。
コレ、ひょっとしてここからは俺が守って貰う感じじゃない?
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