第17話 とにかくウンコ!

 結論から申し上げますと、ウンコでした。


 蟻のウンコ、大変に強力でした。

 一応言っておくけど、靴に塗るだけで十分で、体には塗っておりません。


 まぁ、一つしか無かったしね。それが却って良かった。


 いっぱいあったら、プレデターの泥みたいに全身に塗りたくって、それはもう大変な目にあっていたと思う。


 だってほら。


 キシシッ? キキキキッ!


 俺がウンコを投げつけたリザードマンが混乱している。

 それもそのはず、めっちゃ蟻に群がられているし。



 なんと、誘引効果があるのだ。このウンコ。



 噛まれないように靴にウンコを塗りたくったらさぁ大変。

 来るわ来るわ、蟻の大群。大名行列だ。


 でも、攻撃されない。作戦成功だった。


 気を良くして、そのままリザードマンとの戦闘に突入し、リザードマンが尻尾で蟻をなぎ倒したから、さぁ大変。

 リザードマンが蟻に襲われ始めたのだ。


 そしたらもう、投げるよね?

 ウンコ、投げるよね?


 いやー地獄かな?


 初めはひとりぼっちでの探索が寂しくて仕方なかった。

 人知れず、ダンジョンで死んでいくのかと思うと、辛かった。


 でも、心底思う。

 木之瀬さんと来なくて良かった。


 ふたりでウンコまみれになって、一つのゲートを巡ってウンコ雪合戦とか冗談じゃねーよ。

 最悪の死に方じゃねーか。


 ついてないと思ってたけど、俺はとんだラッキーボーイです。

 何事もポジティブシンキング。


 なんにしても、コレで攻略が劇的に変わった。

 上手くすると、三匹ぐらいのリザードマンを相手に出来る。


 それぐらい、蟻の援護はデカい。

 踏みつけないように慎重に歩くのが辛いけどさ。


 そんで、二層のアイテムも集まってきた。

 小部屋の中、大きめの宝箱を開ける。




≪ スターフレイル ≫

 ATK+18


 星球がついたフレイル。

 振り回す事で攻撃力が増す。





 おいおい、普通にATK+20のクリスタルソードに迫る武器が出ちゃったよ。

 形状はフレイル型のいわゆるモーニングスターってヤツだ。


 なんかマイナーな武器だよな。モーニングスターって。

 絶対に主人公が使う武器では無い。


 まぁ良いや、どうせ主人公なんてガラじゃないし。


 と、次の部屋に飛び込めばおあつらえ向き、リザードマンが一匹だけ。

 武器のテストにピッタリだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 結論から申し上げますと、これぞ明星。希望の星であった。


 モーニングスター、大変に強力でした。

 またかよ、って言われそうだけどガチのマジでメタ武器だったから仕方ない。



 ウンコ投げる。

 リザードマンに蟻が群がる。

 ブロードソードの間合い外からモーニングスターをぶつける。

 当たったら大ダメージ、外れてもグチャリと蟻が潰れる。

 すると何故か、蟻は潰した俺じゃなく、近くのリザードマンに襲いかかるのだ。


 所詮は虫けらよ。


 もうコレ勝ったんじゃね?

 闇の収縮も心配ナシ。なんか丁度真ん中ぐらいのポジションに入っている。


 滅茶苦茶にラッキーが続いている感じ。


 俺は気が大きくなって、豪華な両開きの金属の扉を押し開いた。

 いかにもこの先に何かありますって感じだけど、知った事か。


 今の俺には蟻さんと明星がついている!

 うおー


 ――パタン


 俺は、扉を閉めた。


 いや、何アレ?

 見間違いかな?


 目を擦って、お目々のチェック。

 今度は薄く、扉を開けた。


 扉の向こう、見渡す部屋はあまりにも広大だった。

 なにせ、部屋の中にピラミッドがあるのだ。


 で、ピラミッドの周囲には、司祭みたいな帽子を被ったリザードマンが杖を手に手に集まって、祈りを捧げている。


 異様な儀式である。

 明らかに駄目な感じの儀式を行ってらっしゃる。


 ピラミッドの頂点ではまばゆい紫電がほとばしり、今にも何かが現れそうだ。


 いや、今まさに、現れた。


 地面から泥が隆起し、異様な怪物が現れてしまった。


 爬虫類と言うより、エイリアンっぽい……

 ヌメッとしたフォルムが単純に気持ち悪い。



 俺はそっとピラミッドの頂点へスマホを翳す。


≪ レイス(リザードマン) ≫

 Lv1


 かつて爬虫類の王だった者が、不死者となって蘇った姿。

 リザードマン達は、数多の勇者の遺灰から、たった一人の王を顕現させた。

 それが地獄の始まりとも知らずに。


 弱点:聖

 耐性:物理



 止めろ! 不吉なフレーバーテキスト止めるんだ!!

 『耐性:物理』に至っては、もっと止めろ!


 生まれてこの方、こっちは物理一本なんだよ!


 社会性の無い理系男子です。


 蟻さんとか、明星先生とか、どう考えても役に立たない。

 これは無理だ……そう思った時、スマホにアラームが。



 シャララーン!


 シャララーンじゃねーよ!

 今そんな音出されちゃ……


 ――シャーッッ!


 はい、バレました。

 リザードマンたちが一斉に舌を出し、威嚇を始めました。


 これは、怒らせちゃったみたいですね。


「あ、お邪魔しました」


 とりあえず扉を閉じた。

 ブロードソードを閂代わりに、ゆっくりと後ずさる。


 ――ガンッ! ガンッ!


 凄い勢いで扉が叩かれる。

 逃げねば!


 だけど、俺は背を向けて全速力で走る事が出来なかった。



 何かが扉を貫通して来たからだ。



 こんなに堂々と物理法則を破るヤツがあるか?

 理系男子もお手上げだ。


 それは、真っ黒な霧。


 非現実的な状況の連続に、頭が混乱する。


 いや、違う。

 俺はビビってるんだ。

 蛇に睨まれた蛙みたいに。


 その事を理解したのは、霧が目の前で固まって泥の怪物が現れた時。


 ――シャッー!


 エイリアンみたいな、爬虫類の怪物。


 レイスだ!

 壁を貫通してきやがった!


「ハッ、ハァッ!」


 あまりのプレッシャーに呼吸が出来ない。


 動いたら、殺される。


 そんな予感に支配されていた。

 涎をたらすノッペリとした顔が、目の前で俺を観察している。


 何を考えている?

 訳がわからないヤツが現れたぞ。一体コイツはどこから来た?

 そんな感じか?


 いっそ、コミュニケーションが取れないか?

 逆転に繋がるアイテムは?

 今から入れる保険は無いか?


 あるわけねーんだよ。


 ある訳ないのに、俺はそんな逆転の策ばかり脳内で必死に探してしまった。

 ここまで奇策がハマり過ぎて、攻略法ばかりを求めてしまった。


 だから、噛まれた。


 ――グチャ

「あっ? があぁぁぁぁ!」


 レイスにしてみれば、良く解らんからちょっと噛んでみるか? ってなモノだろう。

 でも、そんなお試しで、俺の左腕はガントレットごと噛み砕かれた。


 え? あ? 鉄のガントレットだぞ?


「離せぇぇ!」


 モーニングスターを振り回す。

 左腕を噛まれた状態だ。外しようもない。


 ATK+18の星球が、たしかにレイスの顔面に命中した。


 ――シュー? シュー?


 でも、ノーダメージ。

 首を傾げて「何かした?」って聞かれたみたいだ。


 それどころか、片腕で星球を握って、感触を確かめている。

 そして、鋼鉄の星がグニャリと歪んだ。


 あ? え?


 興味を無くしたとばかり、ポイッと投げ捨てる。

 あんなに頼もしかったモーニングスターがゴミみたいに捨てられた。


 レイスは俺の左腕に噛み付いて、グニグニと食感を楽しんでいる。


 既に感覚がない。

 変な方向にひん曲がる左腕。

 え? 腕が、食われる? 俺は一生片腕で過ごすのか?


 欠損の恐怖にパニックを起こし、空いた右手でポーチを漁る。

 後先など考えず、ありったけの回復薬を引き抜くや、口でまとめて蓋を開けると、左腕目掛け盛大にぶっかけた。


 それが、命を救った。


 ――ギィィィィ


 レイスが、怯んだ。

 俺は壊れたガントレットから左手を引き抜いて、一目散に逃げる。


 肉にめり込むガントレットの破片を除きながら、駆ける。


 なるほどな、アンデッドには回復薬が効く。

 そんな、テンプレに感謝。


「感謝するかボケ、いつもいつもこうだ!」


 上手く行きそうで、何もかも上手く行かない。毎回コレじゃねぇか!

 何がラッキーボーイだ!

 エイリアンに食われるなら、ウンコにまみれて死んだ方がマシだ!


 逃げながら、スマホを確認。


≪ 二層ボスが出現しました。撃破してチュートリアルを突破して下さい ≫


 知ってる!! ボスね! 俺の後ろでキレてるよ!


 まさか、オイ?

 さっきのシャララーン! ってソレ?

 二層のボスが登場したってご報告?


 見たら解る!

 そんで、どうやっても倒せねーのも解るだろうが!


 言うに事欠いてチュートリアル?

 チュートリアルで殺すな!


 地図! 地図を出せよ!


 で、なんとか地図を表示させたが、二層はあまりにも立体的で複雑だ。

 平面的な地図を見ただけでは、何が何だか全く解らない!


 さらに言うと、トラップだって凶悪になっている。

 下手に足を踏み外せば、床が抜けて針山にダイブして死ぬ。


 俺はそんな遺跡を転がる様に移動する。

 曲がり角をグネグネと曲がり、必死にレイスを撒こうとした。


 一体、幾つ角を曲がっただろうか?

 そろそろ大丈夫かと、足を止めた時だった。


 目の前の壁から黒い霧が湧き出したのは。


 ――シャーッ!


 霧が固まり、エイリアンみたいな姿を作る。


 そうだ、


 こいつに、壁なんて関係無いんだ……


「あっ! あっ!」


 うんこー

 うんこうんこ!


 何だよこのクソゲー。

 恐怖に頭がおかしくなって、視界まで涙に歪んだ。


 もう死ぬつもりだった。

 何も怖くないと思っていた。


 だけど、怖い。

 コイツの存在が恐怖なのだ。


 ――カチカチカチ!


 歯の根が合わない。

 震えが止まらない!


 いや、違うな。

 歯の根どころか俺の口はポカンと半開き。

 目は虚ろで、涎を垂らしている。


 震える余裕すら、もう無い。


 だから聞こえて来たのは、打ち鳴らす蟻さんのアゴだった。


 怖かったのは、蟻さんも一緒みたい。

 フェロモンに誘引された蟻が、レイスを見た瞬間に逃げていく。


 そうだ、ウンコだ!

 蟻パイセンだ!


 蟻はこの迷宮を知り尽くしている。

 安全な場所を本能的に知っている。


 俺は蟻についていく。

 好きなことで生きて行く。


 信じられるのはウンコだけだ! ウンコを信じろ!


 頭がおかしいけど、もう気が狂ってるから仕方がねぇんだ!


 猛烈に走って、蟻を追いかける。

 進むにつれて、通路に群がる蟻が増えた。

 心強い!


 蟻は扉を開けられないが、扉の横に穴を掘っていたりする。

 扉の先が穴と繋がっていますようにと祈りながら、幾つもの扉を開けた。


 そして……


「あっ……」


 俺は、足を踏み外した。

 部屋だと思った先は、床がなかった。


 蟻パイセンは?


 落下する俺が見たモノは、悠々と壁を歩く蟻さんの行列だ。


「あぁクソ!」


 俺はウンコにも裏切られた。

 奈落の底へ落ちて行く。

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