第15話 とにかくムカついた

「コイツが、キラーだ!」


 目の前には、手の中でクルクルと漆黒の短剣を弄ぶ、スカした大学生。


 ゲートを見つけても、帰らず。わざわざ部屋に留まって、間抜けな探索者がやって来るのを息を殺して待っていやがった。


 コイツは殺す為に、ゲームに参加しているんだ!


「だから、木之瀬さん! 早く、帰還を!」

「嫌だ!」


 でも、木之瀬さんは青く輝く剣を構えた。


「私だって、その人に用がある!」

「そうかよ」


 二人でキラーと向かい合う。


 しかし、何だ? コイツは?

 命の掛かった戦いだぞ?


 なんで、笑っている!!


「ヒャ、ハハッ!」


 馬鹿にしやがって、ぶん殴ってやる!


「ハッ!」


 俺は、肺の中の空気をいっぺんに追い出すと同時、踏み込む。

 しかし、俺の大振りのパンチはあっさりとキラーに受け止められた。


「おいおい、ご挨拶だな? まぁクズ野郎らしいか、ヨッ!」

「グッ」


 力の入っていない前蹴り。

 それなのに、俺の体は吹っ飛ばされて壁へと激突した。

 なんて、力だ。


 朦朧とする視界の中で、キラーに斬り掛かる木之瀬さんが見えた。

 しかし、相手にならない。

 漆黒の短剣で受けられ、あっさり転がされていた。


「へぇ? かなり強い武器だね。壊す気で打ちつけたのに」

「ハァ! ハァ!」


 たった一合打ち合っただけで、木之瀬さんは息が上がっていた。

 それだけ、圧倒的なプレッシャー。


「キミ、可愛いね。あんなクズは殺して、僕と付き合わない?」

「イヤッ!」


 圧倒的な余裕。

 木之瀬さんを口説きやがって。


 殺し合いだってのに、アイツにはそのつもりすらない。


 その光景をぼんやりと見つめていた俺は、無性に腹がたった。


 俺はいつもこうだ。

 とんでもない不運でロクでも無い事に巻き込まれ、思いも寄らぬ幸運で助かると思った矢先、やっぱりダメになる。


 ありきたりだ。


 ありきたりな、持ってない男だ。


 デスゲームであっさりと死ぬモブが似合い。

 ここまで来ただけで上出来。


 だけど、その『持ってない』に、木之瀬さんを巻き込むのは、違うだろ!


 朦朧とする意識を怒りで奮い立たせた。

 グチャグチャになった腹の痛みで、命を燃やした。


 血走った目で、キラーを睨み。突撃。


「うぉぉぉぉ!」


 ガントレットを盾のように構え、タックル。

 だが、キラーは小揺るぎもしなかった。


 それでも! 俺はキラーの体にしがみつく。


「何だお前? 場違いなんだよ!」


 白けた顔で、キラーが言う。


 知ってるよ!

 俺が場違いな事ぐらい、俺が一番良く知ってる。


「木之瀬さん!」


 俺が叫ぶと、木之瀬さんはハッとした顔をして、剣を構えた。

 ソレを見て、俺は、叫ぶ。


「俺ごと、斬れ!」

「うん!」

「ふへっ」


 笑ってしまった。


 そうだ。

 返事は「うん!」だ。


 この「うん!」が心地良い。


 木之瀬さんは「そんな事出来ないッ!」なんて言わない。

 ホントに、斬る!


「グッ!」


 だからこそ、肩に灼ける様な痛み。

 肩なのは、別に俺の為じゃない。

 縋りついた俺の肩の位置に、キラーの心臓があるからだ。


 殺すのも、即断即決。あまりにも覚悟が決まっている。


 殺った! 殺ったハズだ、やった?


 なのに、キラーの体は倒れなかった。


「ふぅん?」


 それどころか、鼻で笑ってみせたのだ。


「なん、で?」


 木之瀬さんの呆然とした声。

 それで、解った。


 クリスタルソードが刺さっていないのだ。

 ATK+20の剣が効果が無い。

 キラーは刺されながら、肩を竦める。


「ああ、残念だったね。僕はDEF+12のアクセサリーを二つ付けてる」


 そんなの、アリかよ?

 おっちゃん虎の子のネックレスがDEF+8だぞ?

 どんだけだよ!


「どけよ、男に抱きつかれるのは嫌いでね」

「グッ」


 突き飛ばされた。

 それだけで、木之瀬さんに刺されたままの俺の肩はザックリと裂けてしまった。


 鮮血が飛び、目が霞む。

 出血し過ぎた。


「なぁ、お前この子なんなの? クズの癖にナイト気取りかよ?」


 コイツ、言うに事欠いて!


「こんな所で殺しまくってるヤツに言われたかねぇよ!」

「デスゲームだぜ? 当たり前だろ? お前みたいに、助けるからヤらせろってのがよっぽどゲスだろ、しかもボコボコに殴りながらレイプするって? 笑わせる」


 いや、ごもっともだよ。

 ごもっともだが、テメェに言われたかねぇよ。


 ソレはなぁ! 俺はクズだからいつでも殺して良いっていう、木之瀬さんに対する、俺の覚悟なんだ。

 お前が踏みにじって良いモンじゃない!


 俺は血反吐を吐き捨てる。


「だったらナンだよ、殺人鬼が!」

「うっぜぇな」


 キラーが短剣を構える。

 今度こそ、俺を殺す気だ。


「待って!」


 ソレを、木之瀬さんが止めた。


「なんだよ?」

「ミントは? 私と同じ学校で、小さくて、可愛い、人形みたいな女の子! 知ってる!?」


 木之瀬さんはミントちゃんの事を訊ねた。

 時間稼ぎが半分、本当に知りたいのが半分だろう。


 俺は、実の所、この瞬間まで、ミントちゃんとキラーは無関係だと思っていた。

 ……だが。


「あーー」


 ニヤニヤしながら、キラーはボリボリと頭を掻く。

 喜びを隠し切れない。そんな不気味な笑顔だった。


「知ってるよ。俺はそのミントちゃんを知ってる」

「うそ!」


 聞いておきながら、木之瀬さんは嘘と断じる。

 彼女だって、まさか本当に知っているとは思っていなかったのだ。


「おいおい、酷いな」


 しかし、キラーは少しばかり動揺した。

 何だ? 本当に知っている?


「彼女は少しばかり複雑な状況でね、僕も困っているんだ」

「困ってる?」


 なんだ? どう言う意味?

 いや……ブラフだ。


 殺しを楽しむ様なヤツだぞ?

 希望を覗かせて、その上でこっぴどく殺して楽しむ。そんな男だ。


 とにかく、俺はコイツを殺さないと!


 ……しかし、手が無い。


 まず思いつくのは攻撃薬。与ダメージを倍にする効果。

 しかし、それは攻撃力が倍になるのではない。

 与ダメージだ! そもそも攻撃が通らない相手には、きっと意味が無い。


 俺がクリスタルソードを使うってのはどうだ?

 ATK+6の腕輪に、20のクリスタルソードで、26、DEF24のキラーに攻撃を通せる。


 それで、攻撃薬も飲めば……


 ……いや、難しい。

 キラーは木之瀬さんの剣を易々と捌いた。

 いきなり剣を握った俺が勝てるか? そもそもDEFが24止まりって保証があるか?

 靴もあるんだ。DEFは30に迫ると考えるのが自然。


 考えながらも、俺は回復薬を片手に回復を……


「やらせねぇよ」


 キラーに刺された。

 また、腹を。


「どうだ? 痛いか? この子を嬲るつもりだったんだろ? 自分が嬲られる気分はどうだ?」

「ぐっ、ゲッ!」


 視界が、暗転する。

 キラーのいけ好かない顔が、歪んで見える。


「なぁ、キミ、木之瀬さんって言ったっけ? ゲートは二つだ、キミと僕で、コイツを殺して、二人で脱出しないかい?」

「お断りします!」


 木之瀬さんは剣を構える。

 隙があれば、俺共々斬る気でいる。


「ふぅん? コイツを斬れば、ミントの事も教えるけどなぁ」

「信じません!」


 そうだ、コイツは、俺を殺した後、木之瀬さんも殺す、気、だ……

 意識が。


 刺されまくった俺の体が意志に反してバタバタと暴れ、血が飛び散る。


 死が、近い。


「ガッ、グッ!」


 腹の中をグチャグチャにされながらも、胸の中には怒りがあった。

 自分に対する、怒りがあった。


 俺は、何も出来ない!

 俺じゃ、コイツは、殺せない。


 それでも、木之瀬さんだけは、殺させない!


「ギッ!」


 口から良く解らない悲鳴。体が死を訴えている。

 それを無視して、キラーの顔を掴んだ。

 血だらけの手で、掴んだ。


「汚ぇ! クソが!」


 人の血を汚ぇって言うんじゃねぇよ!


「ガァァァ!」


 俺は、最後の力を振り絞って、足に力を込める。


「おい?」


 まさか刺されながら押してくるとは思っていなかったのだろう。キラーはバランスを崩し、よろめいた。


「めんどくせ」


 方針転換とばかり、キラーは俺の腹をいたぶるのを止め、首を斬ろうとナイフを構える。


 あぁ、こりゃ、死ぬ。

 すげぇ切れ味だもん、一発だ。


 でも、死んだって、構わない。

 首と胴がお別れしたって、構わない。

 ただ、あと一歩踏み込めれば。


「あ゛??」


 その瞬間、キラーは青い光に包まれた。

 実体を無くしたキラーの剣は、幻影みたいに俺の首をすり抜けていく。


「テメェ!!」


 キラーの怒りに歪んだ顔まで青い光に包まれている。


 ゲートに入ったのだ。

 二つしか無い、ゲートのひとつに。


 そう、飛び散った俺の血で、すでにゲートは起動していた。

 後は、ソコにキラーを押し込めば、終わり。


「ゴミがぁぁぁ!」


 キラーは絶叫を残して、消えた。


 それはそうだろう。

 殺しが生き甲斐であるアイツにとって、欲求不満な終わりだったに違いない。

 アイツはその為に命を懸けてココに居るんだ。

 ソレを台無しにしてやった。



 モブに出来るのは、精々この程度。

 気持ち良く、巨悪をぶっ殺して大活躍なんてあり得なかった。



「アッ、グッ」


 残るゲートは一つ。


 そして、キラーの消滅と同時に、最後の収縮が始まった。


 最後に残ったこの部屋も、じきに闇に沈む。


 そうだ、残り一つ。

 ひとりしか、生き残れない。


 だったら、決まってる。


「じゃあ、うらみ゛っごなし、ごろしあいで、きめよう、か?」


 俺は振り返ってそう言った。

 だって、そうだ。


 その方が公平で、後腐れが無いだろう?

 たとえ、俺が今にも死にそうな体だったとしても、勝負は勝負だ。


 だけど、俺の動きは緩慢で、まともに振り返る事も出来なかった。

 よろめくばかり。


「ごめんなさい」


 だから、刺された。

 木之瀬さんに、刺された。


 刺されてから、謝られた。


 いや、早いんよ。

 彼女はいつだって、即断即決。

 始め、レイプされかけてたのが不思議なぐらい。


 胸を刺された。

 きっと、心臓を狙ってくれたのだろう。それが、少し外れた。


 とうとう俺の体は、パタリと倒れる。


 即死じゃ無かった。

 女の子に刺されてポックリ逝くって希望とは違う。


 でも、悪くなかった。

 むしろ、良かった。


 自分なりにやりきった達成感の中で、死ねるって事だ。


 木之瀬さんは一目散にゲートに飛び込む。

 青い光に包まれた。


 ああ、キレイだ。


 青い燐光に彩られた木之瀬さんは、綺麗だ。


 あんまりに綺麗で、俺は死にかけの体で手を伸ばす。

 守ったモノを誇る様に、ゆっくりと手を伸ばす。


 その時だ、

 ゲートに消える瞬間だ。


 木之瀬さんは振り返って俺を見た。

 見てしまった。


 よせば良いのに、死にかけの俺を見た。

 それで、泣きそうな顔をしたんだ。


 そして、消えた。



「あっ」


 思わず、声が出た。

 泣き顔が、最後にみた木之瀬さんになってしまった。


「なんで!」


 なんで、振り返るんだよ。

 殺したヤツの事なんて忘れて、スカッと爽やかに帰還すりゃ良いだろ!


 徐々に闇に染まる世界で、苛立ちが収まらない。


「クソッ!」


 闇の中から、スカイフィッシュが飛び込んで来た。

 怒りに任せて、掴んでぶん投げる。


 なんだ、俺。まだ、全然元気じゃないか。


 あぁ、クソ!


 俺が本当に怒っているのは、俺に対してだ。

 苦しそうに手を伸ばして、俺は何がしたかったんんだ?


 助けてくれって言ってる様なモノじゃないか!


 そんな俺を見て、彼女はどう思った?

 罪悪感に蝕まれたハズだ。


 ソレが許せない。

 あんまり綺麗だったから手を伸ばした。

 そんな下らない理由でみっともないマネをした。


 俺は! クソだ!

 死ぬなら綺麗に死ねよ! 最後まで格好つけて死ねよ!


 やり切れない怒りを抱えたまま、俺は闇に飲まれた。



 終わりだ。

 あとは、死ぬだけ。



「ふざけんな! 死ねクソッ! 死ねッ!」


 闇の中、スカイフィッシュに体を千切られながら、呻く。

 苛立ちに、のたうつ。


 斬られた胸の痛み、腹の痛み。

 そして、群がるスカイフィッシュについばまれ、太もももザックリと切られた。


 それでも、なお、怒りが上回る。


 視界が赤く染まって行く。

 目に血が入った。


 いや、目から血が出てるんだ。


 体が徐々にグチャグチャになっていく。


 それでも、怒りに任せ、スカイフィッシュを掴み、投げ、のたうち回って俺は暴れる。

 自分が制御出来なくなっていた。


 少しでも早く、自分で、自分を、殺したかった!



 そして、最後には、視界が真っ赤に染まった。



 そこで、俺の意識は途絶えた。


 俺は、跡形も無く、消えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 少年も、少女も、キラーと呼ばれた男も居なくなった遺跡の小部屋。


 真っ暗に、闇へと染まった空間。


 その壁に、見る者など居ないメッセージが、表示される。


 ただ無機質な、システムメッセージが、表示される。



≪ デスゲーム 終了 ≫


 死亡  95名

 帰還  4名


 二層挑戦者 1名

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