原色のブルーム

来国アカン子

PROLOGUE

Apocalypse Begins

 四歳のある夜、私は高熱と全身に纏わりつく鈍い痛みにうなされて目を覚ました。両親はすぐに医者を呼んだが町医者ではどうにもならず、馬車に乗せられて中央区アルバ=コローラの中心部であるクアルツァ=ピスティラの神官医師の邸宅に運び込まれ、診察と祈祷を受け、その後の数日間は経過観察としてその屋敷内での療養を言い渡されて退屈な日々を過ごすことになった。日に二度の診察以外で人との接触はなく、食事もいつも両親と食べているものと同じで、変わったことと言えば眠りにつく前に母の童歌や童噺を聞けなかったことくらいだったが、食事が運ばれてきた際に私があまりにもしつこく「何か御噺が聞きたい」と駄々をこねたからか、神官付がいくつかの童噺のナンバープレートを持ってきてくれて、それによっていくらか退屈を紛らわせることができた。

 いや、夢中になった、と言うべきかもしれない。私はそれらの物語を何度も何度も読み返し、食事を運ぶ神官付が来る度に次はないか、別の物語はないかと話しかけては嫌な顔をされたものだ。

 やがて帰宅許可が下りて両親が迎えに来ると、私はもっと物語が読みたいとせがんで二人と共に管理所に向かい、子供が読むことのできるものへの閲覧申請をいくつも出してからようやく家に帰ることとなった。元の生活に戻ってからも暇さえあれば許可の下りた物語を読み漁り、毎日のように管理所へ行きたいと父と母に頼んでは断られ、やがて七歳になる頃には三か月に一度、四季祭の前日に父と共に管理所に行くことが認められた。それからは家事の手伝いも上の空で、私の頭の中にはいつも幻想的だったり少し悲しげだったり、あるいは幸せに終わるものだったりといった、数々の物語があった。そしていつしか読むだけではなく自分で物語を書いてみたいという欲求が生まれ、今度は空いた時間を使って、ここではないどこかの地の御噺を思い描くようになったのだ。

 四季祭の前日に管理所へ赴けば閲覧申請と登録申請をして、次第に読むことが許されるものは減っていき、そして私が書いた物語の登録許可が下りることは一度たりともありはしなかった。

 なぜ物語を書いて、それを読んでもらうことに誰かの許可がいるのだろう。なぜ誰も彼もこの地を守る神と神官の言うことを聞くだけで、そのことに疑問を持たないのだろう。そう聞いて回る私は周囲から異端者として遠ざけられ、好奇の視線を向けられて、親しい者は片手の指の数ほどしかいなくなった。もちろんこれは、父と母を含めて、だ。

 熱と痛みに目が覚めたあの日からずっと、私は鍋の中の味のないシチューのようだった。神域に囲まれ閉ざされたこの世界は、少なくとも私にとってはあまりにも息苦しく、生き辛い場所だった。

 いつかこの世界の外へ、あの神々の地のその先へ行きたい。天蓋の灯りも昼も夜も超えて、きっとどこかにあるはずの私の楽園を見つけて、そこで夢物語を書き続けたい。

 草木と花と果実とエールと共に、神々も霞むような淡い光の中で、いつか────

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