CHAPTER ???

 四百三十七、四百三十八、四百三十九────………二千五百八億二千四百十五万七千四百四十秒。

 トントン、トンツー、ツーツー、ツー、トントントントン、トン………と、何度目かも分からない信号を送る。これは、もはや誰も使わなくなった種類の信号だ。八千年前に雪の底に消えたかつての文明の残り香を、地球ちじょうに、そらに、無心で放つ。

 この行為が実を結ぶ日は、決して来ないだろう。それは理解している。私の目的が果たされる未来は、きっと八千年前に閉ざされていたのだ。いや、自分で閉ざしたというべきかもしれない。

 八十年ほど前にイエロー=シンクがコロニー崩壊時の緊急信号を発したことで、雪に埋もれたコロニーの数は十九となった。ホワイト=シンクは辛うじて維持されているようだが、こちらからの信号に応える気は無いらしい。最後に残ったコロニーがあの地であることに運命的な未来を期待し、この数十年は信号の発信頻度を上げてみたりもしたが、こちらの座標を知っているのであれば、これも無意味な行為なのだろう。

 二百年前のあの日にはいよいよその時が来たのかと心を躍らせたものだが、結局、彼らも私が求めた人物ではなかった。しょせんは崩れて堕ちた、二十六の楽園せかいからの逃亡者達だ。とはいかないのも、仕方のないことなのかもしれない。

 ある意味では、私の初めの目的は達成されているともいえるか、と信号を止める。今日はこのくらいにしておこう。

 あるいはコロニーではなく、どこかのシェルターに生き残りでもいないかと考えたこともあったが、設備の乏しいシェルターでの長期間の生存など現実的ではない。

 人類の時代ものがたりはすでに終わったようなもので、今はその幕が下りる直前の、静かに進行する終章部のようなものだ。そんな時代に残っているのが、かつての世界で救世主などという名を与えられた私と私たちというのも、人類からすれば笑えない話だろう。

 天上の楽園は炎に焼かれ、大雪崩を生き延びた箱舟は堕ち、地上の園は彼方に埋もれ、三分の一どころではなく全てがただの白に終わり、振り返ってもそこにあるのは塩ではなく雪のみであるこの世界では、私の求める人物は、きっともう現れることはない。彼女がただの母胎となって、彼女がただの残骸になって、彼が残骸になろうとして、私たちが私になってから、七千九百四十八年と一月弱も過ぎてしまっているのだから。

 彼はともかくとして、私は義理を果たすつもりはない。私は、ただ利害が一致していたから彼女達と共にいただけのことだ。それも終わって終わりかけている今となっては、ある意味全てがどうでも良いことなのだ。全てが無駄なことなのだ。

 それでも私は、かつて聖地と呼ばれたこの場所から動けずにいる。私はそれを望んでいる。望まなければ何も無いのだ。

 ゆえに待たなければならない。待ち続けなければならない。それ以外に、私は私を確立させる方法を有していない。

 やはり、もう一度信号を送ろう。私たちの体に乗せて、遠くて近い、人類最後の生存域であるホワイト=シンクへ。理由は全くもって不明だが、言語化できない予感のようなものがあるのだ。そう遠くない未来で、始まりと終わりが繋がるような、そんな予感が。悠久の時の彼方で終わりかけていた物語が、ようやく終わる予感が。

 トントン、トンツー、ツーツー、ツー、トントントントン、トン………と、信号の発信を再開する。それはコロニー内部の様々な機械音をアクセントにして、私たちの体を渡って雪の世界を駆け巡る。

 もうすぐ終わる。もう、すぐにでも、終わる。


 これは、人類の歴史の、空白のまま放置された最後の数行が埋められるまでの物語。人がそれを望み、彼女と彼女と彼がそれを望み、私がそれを望んだ、その結末を補完するだけの幕間の小話。人類が滅びるまでの御伽噺だ。




 ────というのは、祈りに似た、ただの私の予感なのだが。







       ❅







 ・・

 ・- --

 - ・・・・ ・

 ・- ・-・・ ・--・ ・・・・ ・-

 ・- -・ -・・

 - ・・・・ ・

 --- -- ・ --・ ・-

 --・・--

 ・- -・ -・・

 ・-- ・・ ・・・ ・・・・

 - ・・・・ ・

 --- -- ・ --・ ・-

 ・-・-・-

 ・・

 ・- --

 ・- -・・ --- ・-・ -・ ・ -・・

 ・・ -・-・ ・

 -・-・ ・-・ -・-- ・・・ - ・- ・-・・ ・・・

 --・・--

 ・- -・ -・・

 ・-- ・- ・・ -

 ・・ -・

 ・・-・ ・- ・-・・ ・-・・ ・ -・

 ・--- ・ ・-・ ・・- ・・・ ・- ・-・・ ・ --

 ・-・-・-







 ………信号受信

 発信源座標算出………完了

 :北緯三十一度四十六分二十七秒

  東経三十五度十分五十秒


 信号解析開始………完了


 ERROR


 ERROR


 ERROR


 ERROR


 ERROR


 ERROR


 仮想人格再構築開始:一・一二%………ERROR


 システムエラー:該当する仮想人格が存在しません


 仮想人格再構築開始:一・二九%………ERROR


 システムエラー:該当する仮想人がが格んしま存在該該想がしままま仮すせる//Ruth_in 27 Dec. 2374 am 10:21:00//250824157713s/21 Apr. 10323 pm 1:30:13//


 ...Rebooting:[Maria-Khloris]/attempt 864000th_in 21 Apr. 10323 pm 1:30:17


 ERROR


 ERROR


 ERROR




 ...

 ......

 .........System reboot

 Enter password|In the biginning was the Du'ty


 Rebooting systems.........


 Enter next password|And the Du'ty was with us


 Rebooting systems.........


 Enter next password|And the Du'ty was us


 Connecting......


 Login user|Maria ICoBeVi-a

 Enter user password|Human with us


 .........Connected


 Welcome back:Maria ICoBeVi-a




 ………言語再設定完了


 フルート起動中………

 

 停止命令発信

 停止コマンド入力|Take a cake of figs


 ………フルート起動停止


 メッセージ受信

 解析開始………完了

 :あの子に会いたい   マリア=クロリス


 削除開始………完了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る