40話 彼らの守り神
それは、ほんの一度の瞬きにも満たない間の出来事だった。
刀を抜き放ちざま、前に踏み込んだ柑乃が、その勢いに任せて大きく刀を振り下ろす。刀の切っ先がどのようにハリルロウの体に当たったのかは、利玖達の位置からは死角になって見えなかったが、その動作を終えた柑乃が再び元の位置に戻って、ひゅっと刀を払った時、人間の血液とは色味の違う、青っぽい体液のようなものが雪上に飛び散るのが見えた。
真っ二つに切り裂かれた蛹の中身がぼとぼとと地に落ちる音が聞こえたのは、その後の事だった。
史岐と柊牙が、ほぼ同時に「う」と喉がつかえたような呻き声を漏らして、服の袖や手で口元を覆った。
一方、利玖は身じろぎもせずに、あらわになった蛹の中身を──分解が進み、どろっと崩れかけている体組織や、まだ形をとどめている細い管状の器官、そして全体の断面を──目に焼きつけていた。
藪が邪魔で、立ち上がりたかったけれど、まだ、兄からも別海医師からも、出てきて良いと言われていない。
「利玖ちゃん……」史岐が服の袖越しのくぐもった声で話しかけてきた。「大丈夫?」
彼の言葉に応じようとした途端、体を内側から押し広げていた異様な高揚感が、魔法のようにかき消えた。
次の瞬間、視界いっぱいに火花が散った。ジュエリィ・ボックスをひっくり返したような刺激の強さだった。
よろめいた利玖は、足元に手をつこうとしたが、そこは降り積もった柔らかい雪の表面で、逆に手がめり込んでしまう。
「わっ、と……」史岐が慌てて手を伸ばして彼女を支え、顔だけを柊牙に向けた。「悪い、ちょっと向こうの様子見てて」
「あいよ」
言われるまでもなく、そして、それなりに込み入ったつき合いのある友人として気を利かせるまでもなく、柊牙は加邊の一挙一動を見つめていた。
懐から取り出した細長い紐のような物を、加邊が宙で振って広げる。月明かりをはじいて、細い球状の光が連続的に点滅した。
それは数珠だった。成人男性の胴体でも二回は取り巻けそうなほどの長さがある。それを加邊は、真ん中で一度ひねって、二つの輪が出来た状態で手に持った。
加邊の口から、祝詞を唱えた時とは違う、高らかで、それでいて、どこかもの哀しい響きを含んだ調べが流れ始めた。
「風の音が、聞こえるか。
加邊の声が力を帯びるのにつれて、柊牙は、彼の頭の後ろに靄のようなものが集まり始めた事に気づいた。
目を凝らすうちに、その靄は徐々に形を為し、やがて、柊牙にとっては見慣れた姿に変わった。
シマフクロウだ。
加邊を包み、守ろうとするように翼を広げている。
実物よりも一回りほど大きく、羽毛の色も、まばゆいほどの白銀だったが、
柊牙には知る
かつて加邊が使役していた式神──柊牙の霊視の力が見せる、過去の残像だった。
それでも、恐ろしい、とは思わなかった。
ただ、その姿に、もう戻れない故郷の情景が重なって見えた。
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