3話 まじないの革紐
大急ぎで屋敷へ取って返すと、台所に母の姿はなく、代わりに玄関の方から歓談する声が聞こえた。
ベンチコートを着たままなのも忘れて最短距離で走って行くと、今着いたばかりなのだろう、まだ靴も脱がずに
「あら、お帰り」
母は振り返ると、目の前に並んだ客人──すなわち
「あ、はい」利玖は上の空で頷く。「あけましておめでとうございます」
「おや、まあ」別海が可笑しそうに口を隠して笑った。褪せた白の着物に、
「いえ……」
利玖はマフラーをずらして、喉の奥でひりひりと熱くなっている息を整えた。
もし、書庫に現れたモノが人間に害なす存在だとしたら、事は一刻を争う。母が接待を終えて一人になるのを待っている余裕はない。
しかし、寒空の下、何時間もかけてこんな
「すみません。外出着のまま来てしまいましたので、また、後ほどご挨拶に伺います」利玖は小声で言いながら後ずさった。「失礼します」
ぺこんと一礼して走り去っていく娘の後ろ姿を見送ると、真波は頬に手を当てて、ふっとため息をついた。
「本当に、いつも何やかやとせわしない子で。皆さんも振り回されっぱなしでしょう? ごめんなさいね」
「いえ、まったく、そんな事は」史岐が高速で首を振る。
「年上の僕ら相手でも、物怖じせずに
「どうも、ありがとう」真波は微笑み、
話し終えると、真波は史岐に向かって右手を差し出した。
ぎこちない動きで史岐がそれを握り返す傍らで、匠も同じように柊牙に向かって手を伸ばす。
「よろしくね」
「はい」柊牙はにこやかに応じた。「よろしくお願いしま──」
その時、匠の空いている片手が目にも留まらぬ速さで動き、柊牙の手首に革紐のような物を巻きつけた。
「お?」
柊牙は驚いて手を引っ込め、すぐに革紐を外そうとした。
だが、それはきつく締まっているわけでもないのに、奇妙な力で手首にくっついて、両端を繋いで輪を作っている金具も、どういう原理で噛み合っているのか、いくら力を加えてもびくともしない。
「何だこれ。全然外れん」
状況の割に声は楽しそうな柊牙を見て、匠は呆れたように腰に手を当てた。
「君の霊視を封じるまじないだよ。この家の者の許可がないと、外せない」
「ごめんなさいねえ」相変わらずおっとりとした声で真波が言った。「わたしは気が進まなかったんだけど、うちを訪ねて来られるお客様の中には、他人に知られては困る事情をお抱えの方も大勢いらっしゃるから、どうしても保険は必要でね」
懲りずにがちゃがちゃとやっている柊牙を横目で見ながら、史岐はおずおずと、真波に「あの」と声をかけた。
「僕はいいんでしょうか。その、霊視は出来ませんけれど」
「熊野君の分もあるよ」焼き立てのカップケーキでもすすめるような気軽さで、真波は自分の懐からもう一本の革紐を取り出した。「つける?」
「あ、いえ、遠慮しておきます」
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