7話 予兆
茶葉を見つけて戻ってきた真波に、今度は柊牙が炬燵を譲った。
それを見ていた匠が、別室から折り畳み式のちゃぶ台を運んでくる。そちらに史岐と柊牙が移って、ホストとゲストで綺麗に卓が二分された。
匠がてきぱきと茶を配り、何とはなしに全員が口をつぐんでゆっくりと茶をすすり始めた、その時、玄関に置いてある固定電話が鳴った。
「あらま、誰かしら」
真波が立ち上がって、ぱたぱたと駆けて行く。
予想外の相手だったのか、第一声は驚いたように上ずっていたが、その後は何かを懐かしむようなゆったりとした口調になって、二言三言話した後、受話器を置いて戻ってきた。
「ずいぶん遅い時間にかかってきましたね」
匠が問う。誰からの電話か、と直接訊ねない所に、彼なりの気遣いが現れている。
真波は、先ほどまで楽しそうに話していた様子とは打って変わって、かすかに眉を曇らせた表情だった。
「麓のお寺からなんだけど……」気がそぞろになっているように、ぼんやりと視線をさまよわせて息をつく。「困ったわね」
真波の話をまとめると、佐倉川家の私有地にほど近い
普段は遠方に暮らしていて、仕事が多忙を極め、神出鬼没といっていいほど捕まえるのが難しい。今回も例に漏れず、年越しの挨拶の為に寺を訪れたが、夜明け前には発ってしまうらしい。両者と付き合いの長い住職が気を利かせて、せっかくだから会いに来られてはいかがか、と連絡をくれたのだった。
「行って来られたらどうですか?」
話を聞き終えると、まず匠がそう言った。
「今夜は、もう来客の予定はないですし、万が一誰か訪ねて来られても、僕の方で対応しておきますよ。いざとなったら別海先生もいらっしゃいますし」
「だけど、やっと蔵の掃除から戻ったのに、今度はお寺に出かけて行ったら、せっかく来てくれた熊野君や冨田君を放ったらかし過ぎじゃない?」
そんな事はないです、と史岐達は声を揃えて説得した。
真波は明言しなかったが、住職がそうまでして会わせようとしてくれるのは、彼女達の間に、普通であれば生まれ得ないような接点──つまり、妖に関わる事を生業としているか、そういう家に生まれ育った者であるという事情があるのではないか、と史岐は考えていた。
「お母さんが心配されているのは、史岐さん達への対応もそうですが、この後お出しする予定だった年越し蕎麦の事でしょう」
残りの四人がやいのやいのと話している間、一人で黙々とみかんを食べ進めていた利玖が口を開いた。
「わたしと兄さんの二人がかりでやれば、五人前の蕎麦くらいなら何とか用意出来ると思いますよ。といっても、お母さんのこだわりもあるでしょうから、その辺りは説明して頂かなければなりませんが……。どうでしょう、ここは一つ、信じて任せていただけませんか」
「うーん……」
真波は、しばらく思案していたが、やがて上目遣いに利玖の顔を見て、そうね、と呟いた。
「茹でて、鰊を乗せるだけなら、あなた達二人だけでも出来るかしらね」
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