8話 もう一人の客

 別海那臣が居間に顔を出したのは、真波が佐倉川家専属の運転手を呼んで寺へ発ち、利玖と匠が年越し蕎麦の準備の為に台所に籠もってから五分ばかりが過ぎた頃だった。

「少しいいかね?」

 ぴしりと宙を打つような別海の声に、半纏まで貸してもらってすっかり炬燵で夢見心地だった史岐と柊牙は、一気に目を覚まさせられた。

「どうぞ」

 史岐が答えると、すっと障子が引かれ、着物姿の別海が現れる。

 彼女は居間の中を見渡して「二人だけのようだね」と微笑んだ。

「実は、引き合わせたい人間がいるんだ。

 わたしの身内のようなものでね。一昨日、先にこちらに着いていたんだが、何せ引っ込み思案な子で、ずっとわたしの部屋に隠れていたんだよ。

 しかし、年の近い若者がせっかくひと所に集まっているのに閉じこもっているのも勿体ないだろう? お前さん方さえ良ければ、蕎麦が出るまでの間、相手をしてもらえないかね」

 話し終えると、別海は数歩横にずれて空間を作ったが、その人物は障子の陰に身を隠したまま出てこようとしなかった。

 障子は、下半分が磨り硝子になっている為、服の色とおおまかな体つきくらいは居間の中からも見て取れる。脚がほっそりとしているので、おそらく若い女性ではないか、と史岐達は推察した。

「ほれ、ほれ。ここまで来たんだから、腹を括りな」別海が焦れったそうに手を伸ばして、彼女の肩を叩く。「あんたがいつまでも躊躇っていたら、せっかく温まった居間の空気が残らず逃げちまうよ」

 別海に急かされて、ようやく、障子の向こうから出てきたのは、史岐が忘れようにも忘れられない顔だった。

 相手も、まさかここで史岐の顔を見るとは思っていなかったのだろう、目が合ったとたん、あっ、と声を上げそうになって、慌てて手で口を押さえる仕草をした。

「名は、柑乃かのという」別海は、そんなやり取りには気づいていない素振りで、ゆっくりと史岐と柊牙の顔を見すえながら言った。「どうか、仲良くしてやっておくれ」

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