9話 ふれ合い

『年寄りが混じってちゃ邪魔くさいだろう』

と別海は引き止める間もなく部屋に戻り、居間には、青ざめた顔をした柑乃と、思いがけず訪れた可憐な少女との出会いに心躍らせている柊牙、そして、二人の間で立ち位置を決めかねて曖昧に微笑んでいる史岐の三人が残された。

 一体、どういう事なのか。

 秋の学園祭では匠に付き従い、禍々しい刀を手に同族を屠っていた柑乃が、別海那臣の身内として佐倉川家の屋敷に滞在している。

 柑乃は、ただの妖ではない。利玖にとっては忌むべき相手と言っても良いほどの因縁がある。

 利玖に執着し、利玖を自分のものにしようと狙っている存在──そして、おそらく、匠の婚約者・あざが何年も眠り続けている一因にもなったであろう妖と、柑乃は瓜二つの顔を持っている。

 学園祭では、柑乃が妖を屠った現場に居合わせた事で、史岐までもが一時は彼女に取り押さえられる事態になった。その事を別海は知っているのだろうか。

──知っているような気がした。あの老女医は、深山にしっかりと根を張った大樹のように、一本芯の通った懐の深さがあるが、その分、感情の揺らぎも表に出ない。

 炬燵に体を寄せても、足を伸ばして差し入れる事はせず、きちんと正座をしたまま膝頭に炬燵布団をかけている柑乃は、どこかに武器を持っているようには見えない。髪の色も、人間のそれと見分けがつかないくらい自然な黒だ。ゆったりと首元の開いたニットに、シンプルな無地のスカートを合わせている。

 以前は、史岐の方が『ない』ように感覚を調節しなければ、人ならざる存在である事が一目瞭然の危うい化け方だったが、あれから研鑽を積んだのだろう、今はこうして向き合って見ても、ごく普通の人間の娘にしか映らない。

 それでも、柊牙はひょっとしたら気づくのではないかと思ったが、霊視封じのまじないが効いているのか、怪しむ素振りも見せず、

「カノさんって、どういう字を書くの?」

「俺はね、柊牙。植物のヒイラギに、牙」

「夕食の時、いなかったけど、何か食べた? お腹空かない?」

「見たい番組があったら言ってね」

などと甲斐甲斐しく話しかけ、頼まれてもいないのに茶まで用意して渡している。

 その勢いに気圧されたのか、それとも、思ったほど自分が邪険に扱われていないとわかって安心したのか、やがて柑乃は、言葉少なながらも会話に混ざるようになった。

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