10話 柊牙の詩集

「しかし、他にもう一人客がいたとは気がつかなかったな」

 柊牙は感心したように呟きながらテレビのザッピングを再開した。柑乃好みの番組を探しているらしい。

「佐倉川家の人達も大したもんだよ。隠すって決めたら、おくびにも出さないし」

 柊牙の言葉に、柑乃はおずおずと頷き、湯呑みに顔を近づけて香りを嗅いだ。

「お屋敷の中は、広いですから……」

「ずっと部屋で何してたの? 一人の時は退屈だったでしょ」

「身体を休めておりました」

「え……」柊牙が、つかの間、言葉につまって、テレビの画面から柑乃の顔に視線を移す。「ここに着いたの、確か、一昨日だって」

「はい」

「それから、今までずっと眠ってた?」

 柑乃が頷く。

 柊牙は、しばらく表情を変えずに柑乃を見つめていたが、やがて、ちらりと史岐に視線を投げてよこした。それは些か常軌を逸しているのではないか、と目が訴えている。

 史岐は黙って肩をすくめながら、まじないが効いていた所でばれるのは時間の問題だな、と考えていた。

 妖は大抵、ヒトよりも遥かに長い寿命を持つ。おおよそ三日近くもの間、一度も目を覚まさずに眠り続けるというのは、自分達の感覚では異常に思えても、長命の妖にとっては、ほんの一瞬うたた寝をした程度の事に過ぎない。妖本体の生態が爬虫類や昆虫のような変温動物に近いものであれば、外気温が下がる冬の間は思うように体を動かせず、季節の大半を眠って過ごすという事も珍しくない。

「ここ、本がたくさんあるけど、それを読んだりはしないの?」

 見かねて、史岐が助け船を出すと、柑乃はびっくりしたように振り向いた。

 どう振る舞っていいか迷っているように揺れる瞳で史岐を見ていたが、じっと見つめ返すうちに、正体が露呈しかかっている事を警告するこちらの意図に気づいたのか、声をかすれさせながら、

「本、は……。あまり、字が読めないもので」

と答えた。

「そうなの?」柊牙が首をかしげる。「こうやって話していても全然違和感ないけどな」

「簡単な言葉なら、わかります。だけど、まだ知らない文字や、意味の掴めない言い回しが多くて、長い物語は読めません」

「そうかあ……」

 湯呑みに残った茶をすすりながら、柊牙は天井を見上げて何事か思案していたが、ふいに、あ、と呟いた。

「でも、話す事が出来て、相手の言ってる事もある程度はわかるなら、詩なんか読んでみたら楽しいんじゃねえかな」

「詩……、ですか?」

「そう。読んだ事ある?」

 柑乃が首を振ると、柊牙は両手を組み合わせて、その上に身を乗り出した。

「じゃあ、是非おすすめしたいな。ストーリー仕立ての中長編もあるけど、ほとんどは、情景や、ほんの一瞬の出来事を、語感や韻を整えて短い文章で書き表した物だから、口に出して読むと気持ちがいいぜ。ちょうど今日、持ってきたのが一冊あるから……」

 どうにかして柊牙に怪しまれずにこの場を離れる方法はないかと考えていた史岐は、彼が意気込んで腰を上げようとするのを見てとるや、それよりもさらに素早い動きで立ち上がった。

「煙草のついでで良ければ取って来てやるよ。どの辺りに置いてある?」

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