27話 対抗策

 居間に着き、ひと抱えもある膨らんだ革鞄を開くと、別海はまず木箱に入った面を取り出して柑乃に渡した。

「これから出すのは退魔の薬だから、おまえさんにはきついだろう。これをつけておいで」

 黒光りする金属を組み合わせて作られた面は、顔の下半分のみを覆う形状で、鼻梁や頬の輪郭に合わせて曲線がつけられている。左右の端についた紐を頭の後ろで結ぶと、柑乃の鼻と口がすっぽりと隠れた。

 それを見届けた別海は、再び、鞄の中を探りながら話し始めた。

「つごもりさんもハリルロウも、元々は悪い性質のモノではない。そうでなければ、何十年もの間、古本を求めてこの屋敷を訪れ続けて、ただの一度も揉め事を起こさなかった説明がつかない」

 別海は、きっちりと封を施した色付きの硝子瓶の隣に、光沢のある金属製の筒を並べた。茶筒よりも二回りほど大きく、何が入っているのか、動かすと、ごとりと重い音がする。

「穏やかな妖を、狂った獣のように変質させ、ヒトに害なす存在へと変える要素。──我々はそれを『しょう』と呼ぶ。おそらく、ここに来る前に、つごもりさんかハリルロウが濃い瘴気にあてられてしまったんだろう。

 彼らの体は傷つけずに、瘴気だけを消し去る事が出来れば、長年かけて築いてきた関係を悪化させずに事態を収められるかもしれない」

「瘴気というのは、非常に定義の曖昧な言葉です」匠が補足する。「他の妖から発せられるフェロモンのような物質を指す事もあれば、ある群体の上位存在が、自分の意思を伝播させようとして故意に拡散させる強力な思念のエネルギィを指す場合もある。土地に残留した怨嗟やけがれが悪影響を及ぼす場合は、それらを瘴気と呼ぶ事もありますね。その多様さゆえに、いわゆる特効薬のような代物は存在しないはずですが……」

「その通り」別海は鷹揚に微笑んだ。

「わたしらの研究は、そこにも焦点を当てているという訳さ。

 確かに、瘴気の原因や発生過程は多岐にわたるが、その中でも頻繁に出現するパターンというものはある。そういった事例に対してだけでも、瘴気の影響を抑えるか、妖の変質を食い止められる薬があれば、ヒトへの被害を減らせるかもしれないだろう?」

 別海が筒状の容器の蓋を回して外すと、中から、短い矢が現れた。やじりはついていないが、先端部が細く尖っており、誤って指を傷つけないようにカバーがついている。弓で引くのではなく、ダーツのように、手に持って投擲するタイプの物だろう。

 持ち手の部分が樽のように膨らんでいて、透明なパネルがはめ込まれている。顔を近づけて見てみると、その部分は中が空洞になっていて、ごくわずかな量だが、液体を充填出来る事がわかった。

 別海は矢羽根の根元をネジのように回転させて取り外し、スポイトを使って硝子瓶の中から薬液を移し入れた。それを三本作った所で手を止めて、利玖達に向かって、

「お前さん方、ダーツはなさるかね」

と訊ねた。

 利玖は無言で首を振る。

 史岐と柊牙は、互いに顔を見合わせた後、柊牙が史岐を指さして、

「俺よりは、こいつの方が腕が上です」

と言った。

「なら、史岐さんにお預けしよう」

 別海は、矢を三本まとめて史岐の前に押しやると、表情を引きしめて言った。

「どこでも良い。刺さりさえすれば薬液が体に入る。

 だが、どのくらいで効き目が現れるかわからないし、投擲した時点で攻撃を仕掛けたとみなされて、反撃されるかもしれない。その可能性だけは、常に頭にとどめておいておくれ」

 共に行動する利玖を守ってくれと言外に頼まれているのだとわかって、思わず、ひんやりと重みのある矢を握りしめた史岐の肩に、別海は片手を置いた。

「わたしと匠さんはそれぞれで一体ずつ相手をしなくちゃならないから、お前さん方について行ってやる事は出来ない。だけど、代わりに、頼りになる相棒を貸してあげるよ」

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