26話 別海の薬
「手なら、ある」別海はそう言うと、柑乃に顔を向けた。「柑乃。例の薬は、つごもりさんにも効きそうかい?」
柑乃の頬がぴくっと震えた。
その問いに答える事は容易いが、今、ここで問われた意図を測りかねているような、奇妙な表情で別海を見ていたが、やがて、短く息を整えて答えた。
「有効かと存じます」
「よし」別海は頷き、踵を返す。「毒を吐くと聞かされちゃ、皆、あの虫が気になって仕方がないだろうが、ここは一つ、わたしを信じてついて来てくれないかね。鞄に道具が入っている」
最後尾にいた別海は、あっという間に残りの五人を引き離して元来た道を戻り始めた。
まったく迷いのない足取りに、利玖達は訳も分からぬまま、その後をついて行く。
「待ってください」匠が列の端から駆けてきて別海の隣に並んだ。「なんですか、薬というのは。僕は初耳ですよ」
「まあ、平たく言えば老いぼれの酔狂さ」別海が鼻を鳴らした。
「ありがたく
とはいえ、この年になると、もう若い頃のようには体が動かない。駅前まで出て行くのだって一苦労だ。だから、材料の買い出しや簡単な実験なんかは、柑乃に助けてもらっているんだよ」
「まさか、一人で街に行かせているんですか?」
匠が苦々しげに訊くと、別海は、足を止めて彼を睨んだ。
「電車を使って
まあ、安心おし。匠さんが心配されているのは変化の術の事だろう? 確かに以前は
別海はそこで史岐と柊牙の方を振り返り、にやっと笑った。
「それにね、四六時中、こんな老いぼれと二人で家に詰めていたら、こんなに可愛らしい娘さんが萎びちまって勿体ないよ。ねえ?」
史岐はどう答えて良いかわからず、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化したが、柊牙は顎をさすりながら頷いた。
「確かに。しかし、それならいっそ、大学に来たらどうです?
潮蕊からなら電車で通う事も十分可能でしょう。ま、肝心の大学の方が少々駅から離れ過ぎていますが」
別海は、面食らったように瞬きをした後、ふいに呵々大笑した。
「──ああ、そりゃいい!」
そして、くつくつというその笑いの音も収まりきらぬうちに、再び史岐達に背を向けて歩き始めた。
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