30話 突撃

 史岐が〈須臾〉の傍らにかがみ込み、つごもりさんまでの距離を訊ねると、四つの単調な音が返ってきた。大人の歩幅で四歩分という意味である。

〈須臾〉が止まったのは、右手に向かう曲がり角の手前だった。ほぼ直角で、先は見通せない。

 念の為、背後にいる柊牙に視線を向けると、彼も黙って頷いた。霊視で確かめても同じ結果だったという事だろう。

「一旦、下がって準備を整える。ここにいて、相手が逃げる素振りを見せたら知らせて」

 そう指示すると〈須臾〉からは了承の鳴き声が返ってきた。

 今歩いてきた、短い直線の廊下の中ほどまで戻り、別海から預けられた矢の感触を確かめる。ここに来るまでずっと利き手の中で転がしていたから、大体の使い勝手は掴めていたが、やはり、中心にある薬液の容器がネックになっていた。

 持ち慣れたダーツの矢とは重心が異なるというだけではなく、投てきした後、薬液が一方向に偏れば、姿勢を崩してつごもりさんの所に届く前に落ちてしまう。

 三本の矢のうち、最も重心のぶれが少なそうな物を選び出している手元を、利玖が険しい表情で覗き込んでいる事に気づいて、史岐は目をあげた。

「わたしもダーツをやっていれば……」普段の彼女からは想像もつかないような暗い声で利玖は言った。「こんな内輪の騒動で、お客様を矢面に立たせて解決を図るだなんて、情けない事この上ありません」

 自分がし損じた時の保険として、柊牙にも矢を一本渡しながら、史岐はにこっと微笑みかけた。

「潟杜に戻ったらいくらでも教えてあげるよ」



 利玖と柊牙を廊下の手前に残して史岐は再び〈須臾〉の所まで戻った。

〈須臾〉はさっきと同じ位置でじっとしている。

 別海医師が、自分達を守る為に、術者としての手札を晒してまで貸し与えてくれた存在だとわかっていても、いざこうして戦いに臨もうとすると心細さが胸を締めつけた。

 隣にいるのは、熟練の兵士でも、鋭い爪や牙を持った獣でもない。見た目に限った話として言ってしまえば、何の変哲もないただのチョウザメなのだ。得体の知れない怪異から、自分や利玖達を守ってくれるイメージが、どうしても湧きづらかった。

「初対面の若造にあてがわれて、君も不本意かもしれないが、ひとつ頼むよ」

 その言葉が伝わったかはわからないが〈須臾〉は胸鰭を小さく振って、突撃の準備が出来ている事を知らせた。

 史岐は、かすかに唇の端を持ち上げて自らを奮い立たせると、大きく息を吸い込んで曲がり角の向こうに飛び出した。

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