34話 現れた男

 寺の住職や、その場にいた知り合いとの談笑もひと通り終えて、帰る時間を知らせる為に屋敷に電話をかけたが誰も出ず、匠や利玖の携帯電話にかけても応答がなかった為、これは何か起きたのでは、と急いで引き返してきたのだと真波は語った。

「こちらは、加邉かべ辰治たつじさん」

 娘と友人達の無事を確かめて、真波はほっとした顔で後ろの男に手を差し向けた。

「たまたまお寺でお会いしたのですけれど、書庫の事をご存じで、妖絡みの事情だったら力になれるかもしれないと一緒に来てくださったの」

 加邉と呼ばれた男は、柔和な笑みを浮かべて会釈をした。

 着流しに黒の外套という古めかしい出で立ちだが、顔には奇妙な若々しさがある。性別によらず、思わず目を惹き付けられるような瑞々しさのある面立ちの中で、瞳だけが、幾百年も風雨を凌いだ古木のような老成した雰囲気を湛えていた。

 加邉と利玖達を引き合わせた真波は、匠と別海を呼ぶ為に屋敷の中に戻っていき、仔細のわからない妖を除いて四人だけになった所で、加邉は、ずっと片目を押さえている柊牙に目を向けた。

「君か?」

 問われて、柊牙は怪訝そうに顔を上げる。

「君か……、って、何がですか?」

「硝子を割る前に、カリネが警告しただろう。カリネっていうのは、そこで、食事をしている妖だけど」

 カリネと呼ばれた半人半鳥の妖を見て、柊牙は、ああ、と呟いて愁眉を開いた。

「あれは、そういう……。そうか、なるほど、合点がいった」

 史岐が肘で小突いて、ちゃんと説明しろ、と顔で促すと、柊牙は苦笑しながら話を続けた。

「いや、さっき、硝子が割れる前にお前を引っぱって逃がしただろ? ──見えたんだよ。その窓が割れて、お前に破片が降りかかる所が。ついに未来まで見えるようになったかと思って焦ったが……」

「君が見たのは、厳密には未来の出来事じゃない」加邉がゆったりと言った。「最短経路で助けに入るには窓を破るしかなかったが、割れた硝子をもろに浴びたら大怪我をしてしまう。

 かといって、こちらが叫んで届く距離まで近づくのも悠長過ぎると思ったから、妖であるカリネに特殊な警報を発させたんだ。あの中では、君が、最も危機を察知する能力に長けていたみたいだね」

 加邉はそこで一旦言葉を切り、興味深そうに柊牙の顔を見つめた。

「もっとも、かなり希有な受け取り方をされたみたいだけど」

「俺の目は普通じゃないんです」

 慣れた様子で柊牙が言った時、背後でつごもりさんをついばんでいたカリネが、ふいに顔を歪め、グ、グッと苦しそうにえずき始めた。

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