17話 異変の始まり
史岐も柊牙と連れ立って、荷物を取りに客間に戻る。
キャリーケースを開けて必要な物を選り分けていると、隣から柊牙が顔を覗かせた。
「詩集、本当に取って来られなかったんだよな」そう訊ねてから、どこかしっくり来ていないように顎をさする。「いや、悪い。お前の言う事を疑ってるわけじゃねえんだけど」
「本当だよ」プレゼントのラッピングが見えないようにさり気なくキャリーケースを閉じながら、史岐は答えた。「なんだ、見つからないのか?」
「どこにもない」柊牙は舌打ちして、手で片目を覆った。「ああ、なんか、気色悪いな、これ」
「物の在処がわからなくて困るなんて体験は、初めてか」
「茶化すんじゃねえよ、馬鹿」
隠れていない方の目で、柊牙は史岐を睨んだが、すぐに、ふっと疲れたように暗い表情になって背後の柱に寄りかかった。
「まあ、それもあるが……。そうだな、確かに今は、この革紐のせいで霊視が出来ない。でも、完璧に力が封じられているかといったら、そうでもない。『過去』の方は、ごくわずかだけど見る事が出来る。そのせいで、わかるんだよ」
「わかるって、何が」
「俺の荷物を漁って本を抜き取っていった奴がいる」
ひと息に言い終えてから、柊牙は苦々しげに、
「……かもしれない」
と付け足した。
「ああ、くそっ。こんな事さえ断言出来ないのが気持ち悪いったらありゃしねえ」
「最初に詩集を取りに来た時に、ここを横切っていった奴か?」
「わからん。霊視が出来れば、それもはっきりさせられるだろうが……」
「匠さんに提言した所で、自由に『目』を使わせてもらう為の仕込みだと思われるのが関の山か」
柊牙は頷いた。
「ま、今は、別口で調べてくれている子もいるわけだし、そっちに任せるしかないな」
そこでふと、柊牙は思い出したように苦笑を浮かべた。
「というか、あの子こそ、何者だ? 最初に会った時とは服も違ったし、暗くて見え辛かったけど刀も差していた。どう見ても堅気じゃねえよな」
史岐が答えずにいると、柊牙は「ま、いいや」と言って体を起こした。
「けど、お前も一応、荷物の中は見ておいた方がいいぜ」
「わかってる」史岐は再びキャリーケースのフレームに手をかける。「だけど、財布も鍵もちゃんと……」
奥に手を突っ込んだ時、カタッと軽い音を立てて底が持ち上がったのでぎょっとした。
宿泊地に着いて、横向きにした時に開けやすいように、重い荷物はボディの下半分にまとめてある。
今も、きちんと、その面が下になっていた。少し力をかけたくらいでは持ち上がるはずがない。
何しろ、
そちらの面の一番下には、
大判の学術書が、入っているはず。
「なんだよ」キャリーケースに頭から突っ込むような勢いで中を調べ始めた友人が、それを終えるや、完全に沈黙したのを見て、柊牙は得体の知れないものに接するような足取りで近づいてきた。「おい、どうしたんだ?」
「ない」史岐は、喉に引っかかったような声で呟いた。
「本が、なくなってる」
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