12話 招かれざる客

 縁側を離れ、柊牙の部屋に向かいながら、自分もキャリーケースを開けてくだんの学術書を出してくるべきだろうか、と悩んだ。

 一泊するのだから、どこかで二人きりになって渡せる機会があるだろうと楽観的に考えていたが、いざ招き入れてもらうと、利玖は主催者側の人間として休む間もなくきびきびと働き、自分はなまじ大学でもつき合いのある柊牙と一緒に来てしまった事で、彼と一括りにされて客人扱いされている。もてなす側ともてなされる側の間には、それなりに硬い仕切りがあって、容易に飛び越えるのは難しい事のように思われた。

 佐倉川家の人間はまだ誰も風呂を使っていないはずだから、年越し蕎麦を食べた後、風呂や就寝の順番が上手く噛み合ってくれたら、利玖と二人だけになる瞬間があるかもしれないが、そんな奇跡的な確率に成否を賭けるわけにもいかない。

 そもそも、大判の本が入った贈呈用の紙袋などという代物を居間に持ち込んだら、利玖よりも先に柊牙が気づいて、あの手この手で、喋りたくない心情を聞き出そうとしてくるに決まっている。

──大人しく、頼まれた物だけを取ってくるか。

 そう思いながら角を曲がって、短い廊下に出た。

 奥にある突き当たりまで五メートルほどの長さで、行き詰まった所の壁には濃い色の木枠で額装された絵葉書が一枚掛かっている。右に曲がると、柊牙と自分にそれぞれ一部屋ずつ貸し与えられた客間がある。

 初めのうちは絵葉書を見ながら歩いていたが、史岐は途中で何気なく、その視線を床面の方へずらした。


 擦り切れた着物の裾から出た骨と皮だけの裸足が、きぃ、と床を踏んで、客間のある右側の通路の方へ消えていくのが見えた。

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