42話 同門

『なおちゃんの式神は変わらないなあ』

 大晦日の深夜に交わされた二人の術者の会話は、そんな加邊かべ辰治たつじの一言で始まっていた。

 柊牙は、冬也のピアノの音色が流れる洋間の椅子に座ったままそれを追体験している。

 勿論、霊視の力を借りてやっている事だが、実際に会話が行われた場所まで赴かずに遠隔で過去を覗き見る事を可能にしているのは、槻本家の庇護下に入ってから種々の指南を受けて身につけた「物を探す」力と「過去を見る」力の併用によるものだ。

 発生からそれほど時間が経っておらず、かつ、持ち主を特定する物品が明確にイメージ出来る場合であれば、その物品がいつ、どこにあったか、その履歴を足掛かりとして、離れた場所にいても、ある人物が過去に取った行動や交わした会話の追跡が可能になる。柊牙は、別海が〈須臾〉と〈渺〉を呼び出す時に使っていた正方形の懐紙をイメージしていた。

『水も何もない所を、ひらめくような速さで泳いでいって……。昔、見るたびに胸が苦しくなるくらい惹かれたのを思い出したよ』

 別海べっかい那臣なおみは、加邊から「なおちゃん」と、まるで幼い少女に語りかけるような気やすさで名を呼ばれたのを気にする様子もなく、ふん、と鼻を鳴らした。

『こっちは、いつあんたの式神に取って食われるか、気が気でなかったがね。大方、式神の食い気でも流れ込んできていたんじゃないかい』

 加邊が、くすっと笑った。

『そうかもしれないね。今となっては、確かめる術もないが』

『……もう使ってやらないのかい』

『鳥はね』加邊がぽつりと答える。『彼女が嫉妬するから』

 別海が長々とため息をついた。

『その鳥の姿が美しいからと、先に興味を示して近づいて来たのは、あちらの方だろうに』

『別に不満じゃないさ』加邊は、雪の積もっていないコンクリートを探して腰を下ろした。『一介の術師じゃ見られなかった景色を、僕は、カリネを通じて見せてもらえる。そのおかげでずいぶんとたくさんの智慧を得られたよ』

 加邊は懐手をして別海を見上げた。

『ハリルロウを斬った妖……、柑乃、と言ったっけ。なおちゃんの薬は、彼女の体組織を使って調合したのかい?』

 別海はすぐには答えなかった。

 しばらくして、顔だけをわずかに加邊の方に向ける。

『どうして、そう思う』

『だって、なおちゃんは竜じゃないだろう』加邊は笑いながら言った。『あの薬は、竜の瘴気を打ち消す為の物。それには、竜の体を使って作るのが手っ取り早い』

『竜、ねえ……』別海は意味ありげに加邊の言葉をくり返して、口元に笑みを浮かべた。『ま、そうとも言えるか。だが、いくらっつぁん相手でも製造方法は教えられないよ』

『いい、いい。なおちゃんが作る薬なら、大体は見当がつくもの』加邊は片手をひらひらと振る。『で、結果のほどは?』

『概ね予想通り、といった所かね。つごもりさんを鎮静させる事には一定の効果が見られた。やはり彼らは、ギンセンの瘴気に冒されて暴走していたんだろう』

(──『ギンセン』?)

 柊牙はかすかに眉根を寄せた。

 美蕗から与えられている情報を中心に記憶を辿ってみたが、思い当たる固有名詞がない。その単語だけでも、後で正確に美蕗へ報告出来るように記憶し、彼は再び霊視に意識を集中させた。

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