第29話 エピローグ

「でも、なぜマエリーさんは今になってパウロ・パウダーさんの殺害を認めたのでしょうか?」


 聖ロザリオ共和国――聖都パナムへ帰還する列車の中、エリーは窓越しに移り変わる景色を眺めながら、独り言のように呟いた。


「懺悔だな」

「懺悔……?」

「例えどんな理由があったにせよ、人を殺めることは決して許されない。彼の中の罪悪感が自白という懺悔に繋がったんだろう」

「マエリーさんは今後どうなってしまうのでしょうか?」

「さぁな?」


 ――無責任な言い方かもしれないが、俺たち司書ブックマンは人殺しの行く末をいちいち気にしない。気にはしないのだが、彼女は晴れ渡る空をぼんやりと見上げながら、司書ブックマンらしからぬ言葉を口にする。


「もっと早く真実を解明していれば、オーズさんは悲しまずに済んだんですよね。もしかしたらバンパイアに殺された、その方が彼女にとっては救いだったのかもしれません」

「……」


 噂は時に人を不幸にする。

 真実は時に人を救うものだと教えられてきた司書ブックマンだが、彼女の答えは違うのかもしれない。


「時に真実を知ることで、人が不幸になることもあるんですね」

「………」


 トラヴィスはなにも答えなかった。


 彼女が導き出した答えは、彼の中にある根本的な部分を覆してしまう、それほど深い問いであった。


「時には真実を隠してしまうことも必要なのかも、なんて司書ブックマンとして失格ですよね」

「……」


 儚げに微笑んだ彼女に、やはりトラヴィスはなにも答えなかった。


 真実を公にすることで救われた命は数えきれない。それは間違いない。


 しかし、トラヴィスは黙々とゼリービーンズを口に運ぶユセルを見やり、追憶にふける。


 かつてユセル・バイア・スカーレットが父と暮らした国はもうない。


 トラヴィス・トラバンが彼女の故郷を滅ぼしてしまったからだ。

 植民地と化した国で暮らすことが困難となってしまった人々は、革命などという大それたことを仕出かした彼女の父を――大罪人と呼んだ。


 ユセルは真実を公にした法王に感謝していたけれど、救われた者以上に、不幸になった者は多いのかもしれない。


 一見正義だと思われた行いも、誰かによっては余計なお世話――悪に見えてくるのかもしれない。


 真実がすべてではない。


 そう、エリー・リバソンに言われている気がして、トラヴィスは少し複雑な気持ちになる。


 それでも真実を追求することこそが、大図書館パウデミア司書ブックマンなのだと、トラヴィスは自分自身に言い聞かせるように窓の外に目を向ける。


 嘘みたいに晴れ渡った空に、ひつじ雲が静かに揺れていた。


 それをじっと見つめる少年と少女の横顔は、似ているようでどこか違う。


 とても儚げなものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

大図書館の司書 🎈パンサー葉月🎈 @hazukihazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画