第9話 コンビ結成

「どうです? トラヴィスさんも興味が湧かないはずがありませんよね! もちろん、見極めたいですよね」

「ならん」

「は?」


 あっさりと否定するトラヴィスに、


「嘘です!」


 エリーは指を突きつけた。


「嘘じゃねぇよ」


 あくまで興味がないと言い張るトラヴィスに、エリーは背嚢から一枚の手鏡を取り出す。それを眼前の少年へと突き出した。


「!?」

「ずっと嬉しそうににやけているのに、興味がないなんて信じられません!」


 この時、はじめてトラヴィスは自分が笑っていたことに気がついた。


 エリー・リバソンを厄介な変態だと煙たがっていた少年だったが、トラヴィスもまた、彼女と同じ謎熱狂者イマジン・イーターだったのだ。


「どうしたんです? そんなに俯いてしまって……。ひょっとしておトイレですか? でしたら我慢は身体に毒ですよ。おトイレを我慢すると男性は股間が爆発してしまうのでしょ? 亡くなった父がよく言っていたので知っていますよ」

「っなわけあるかっ! つーかちょっと黙れ!」


 トラヴィスは邪念を振り払うようにかぶりを振り、次いで空目遣いで天井のシミを観察。無意識のうちにわくわくしてしまった心を落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。


 それから少女の碧眼と視線を重ねる。


 ――報告書を作成した協力者が虚偽の書類を作成するとは思えない。


 やはり高確率で不透明な歴史コールドヒストリーと考えるのが妥当な線か……。


 しかし、そうなってくると果たして自分に真実を見極められるのだろうかと不安が押し寄せてくる。


 半年前のトラヴィスならば『見事だ!』と言っては迷わず現地に飛んだだろう。


 だが、前回のミスが尾を引いていた。


 さらに今回は新人記録者ライターであるエリーがはじめて担当する事件となる。初任務が失敗となれば、少なからず彼女の今後に影響する。


 半年前のように身勝手な自分にはなれなかった。


 トラヴィスはもう、あの頃の尊大で傲慢なトラヴィス・トラバンではないのだ。


「ひょっとして……私のことを考えてくれていたりします?」

「そりゃ、部署は違えど俺はお前の先輩になるからな」

「でしたら先輩後輩という関係ではなく、相棒――バディとして見てください。調査者トゥルース記録者ライターは一心同体なんですから」


 最もな意見だった。


 調査者トゥルースは真実を見極め、記録者ライターはそれを記録する。二つの観点から事件を見極めることに意味があるのだ。


 瞳を閉じて思考の後、


「後悔はしないか?」


 トラヴィスは星の瞳を持つ少女に問いかけた。


「この謎を手放してしまうことの方がずっと後悔です! 私は見極めたいんです!」


 キャリアを棒に振ることを恐れず、果敢に不透明な歴史コールドヒストリーに挑もうとする新人の姿は、まるで司書ブックマンの鏡だなと薄く笑う。


「この挑戦、受けるからには絶対に謎を解く! 例えそれが伝説上の怪物バンパイアであったとしても、真実を見極めるまでは一年でも十年でも、俺は死ぬまでその地を離れるつもりはない。その覚悟がお前にはあるか? エリー・リバソン!」

「望むところですよ! 私も謎を解くまで、ここへ戻って来るつもりはありません!」


 恐れを知らない瞳で少女は言い切った。


 その貪欲なまでの好奇心と探究心が、長らく檻に引きこもっていた同類――謎熱狂者イマジン・イーターを引きずり出した。


 ――上等だ!


 テーブルの下で握りしめた拳に力が入る。忘れていた未知に挑む司書ブックマン魂――エトワールに掛けられた呪いが古傷のように疼きだしていた。


 ――見てろよエトワール。俺はもう一度ここから這い上がってやる!


「やる気満々って顔に書いていますよ?」

「……お前ほどじゃないさ」


 二人は初めてお互いの目を見て笑いあった。決して広くない店内には、高笑いを浮かべる男女の姿がある。ウエイトレスの女は不気味なモノを見るような目で二人を見ていた。


「で、出発はいつにします?」

「今すぐだ!」

「今すぐって……!? いくらなんでも少し急じゃないですか?」

「明日だと厄介なことになってしまうからな」

「厄介……?」


 トラヴィスは今日中に聖都パナムを出発しなければ、司書ブックマン資格を剥奪すると上司に脅されていることをエリーに伝えた。


「すごい上司ですね」


 まあなと苦笑いを浮かべるトラヴィス。


 元はといえばトラヴィスが働かなかったことが原因である。半年猶予をくれただけでも、彼はライリーに感謝すべきだった。


「そういうことでしたら、すぐにアルストリダム行きの列車に乗りましょう」

「こっちの都合で悪いな」

「そういうのは無しにしましょう。私たちはバディなんですから、助け合うのは当然です」


 そっか……そうだよなと小さく微笑んだトラヴィスは、本来バディとはそう在るべきだったのかと、遅まきながらに知ることになる。


「ならさっさと行くぞ、エリー!」

「ちゃんを付けてくださいよ!」

「それは断る!」

「トラヴィスさんのいけずです!」

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