第15話 移動

「トラヴィスッ! あんた人を助けてやろうって気はないのかいと、あたいは助けを求めてみたりする」

「さっきからなんなんですかこの喋り方、可愛すぎてキュン死に寸前一億秒前なんですけど」

「全然寸前じゃないじゃないかと、あたいは思ってみたりする」


 あらかじめ別の協力者サポーターが手配していた馬車に乗り込んだトラヴィスたちは、目的のコセル村へと向かっていた。その車中で幼女趣味ロリコンが判明したエリーは、ユセルをぬいぐるみのように膝に抱きかかえて離さない。必死に抵抗するユセルだったが、小柄な少女では為す術がない。


「良かったじゃないか、友達ができて」


 嫌がるユセルを傍目に見て、トラヴィスは白々しく言葉を口にする。


「あんたの眼はいつから節穴になったんだいと、あたいは思ってみたりする」

「お前もずっと人間嫌いのままだと何かと苦労するだろ。ちょうどいい機会なんじゃないか」


 鼻息荒いエリーを一瞥したトラヴィスが、他人事のようにすまし顔でいう。


「多少変なところはあるかもしれないが、そこは我慢すれば問題ないだろ」

「トラヴィスさんのいう通りですよ。さぁ、遠慮せずに私を、おっ、おおおおお姉ちゃんと呼んでくださいっ!」

「欲望丸出しじゃないかい! とあたいは全力で拒否してみたりする」


 ――控えめに言って気持ち悪いな……。


 トラヴィスはユセルが女で本当に良かったと心の底から安堵していた。もしもユセルが男だったなら、今頃エリーはトラヴィスによって身柄を憲兵に引き渡されていただろう。


「ちょっ、ちょっと!? 何するんだい、この変態っ!」

「この艶肌と猫のような毛並み、私見極めたいです!」


 ただでさえ人間嫌いなユセルは、頬擦りされて涙目になっていく。


「じ、持病が……ほっ、発作が……とあたいは死を悟りはじめていたりする」

「もうユリリン可愛すぎです! このまま首輪を付けて持って帰りたいくらいです」


 ――変態的発想だな。


 しかし、よくこんな人格破綻者みたいなやつが司書ブックマン試験に合格したものだ。


「…………」


 トラヴィスは絞め殺す勢いで少女を抱きしめるエリーに目を向け、顔を引きつらせていた。


「ところでユリリンはどんなおパンツ穿いているんですか? 猫さんですか? それとも熊さんですか? お姉さん、興味津々です!」

「えっ!? 何言ってんだよお前!? た、助けろトラヴィス! とあたいは眼前の男へと必死に手を伸ばしてみる」


 ユセルの抵抗も虚しく、エリーは腕の中で暴れる少女の衣服を剥ぎ取ろうとしていた。


 その目は完全に正気を失った者の目だった。


「嫌だ! やめろ! 触るな! へ、変なところに手を突っ込むなっ! とあたいは抵抗を続けてみたりする」

「ユリリンもこんなに喜んでいますよ、トラヴィスさん!」


 殻を剥かれるゆで卵のようにあっという間に身ぐるみを剥がされてしまったユセルは、現在下着姿。両腕で必死に乳房を隠している。トラヴィスは目のやり場に困り果てたのか、窓の外に顔を向けていた。


 ――本日は快晴だな。


 現実から目を背ける少年は、あんたが連れてきたんだからなんとかしろと叫ぶ少女の声に、聞こえないフリをしていた。


「柔らかいです!」

「ひぎゃっ――!?」

「ユリリンの小さなおっぱいはとても柔らかいです!」

「よせ! も、揉むな変態!!」

「これは小さなマシュマロです! 掌にピタッと収まる小振りな胸は幾億年前から私の手がここにあったかのように吸い付いて離れません。この事実、記録させて頂きます!」


 一息に解説するエリーの言葉が気になったのか、トラヴィスがそちらに顔を向けていた。じーっとユセルの小さな膨らみに目を向けている。


 ――そこまで言われると流石に気になるな。


 決していやらしい意味などではなく、単純に彼の中の謎熱狂者イマジン・イーターが騒いでいた。


 なにより記録者ライターが記録するのであれば、調査者トゥルースとして真実を見極める必要があった。


「み、見るなっ!」

「左側が空いています。私の言っていることが偽りではなく真実であることを確かめてください」

「な、何考えてんだよ!? よせ、来るな……あ、あたいに近付くなっ!」

「……許せ、これも真実を見極めるためだ」

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――あんっ」



「………」


 調査を終えて数十分後、トラヴィスは息筋を立てながら窓の外を睨みつけていた。


 トラヴィスの顔は大きく腫れ上がり、頬には無数のひっかき傷がつけられている。


「大丈夫ですか……?」

「お前にはこれが大丈夫に見えるか?」

「とても痛そうですね」

「痛いに決まっているだろ!」


 元はと言えばこいつがあんな阿呆なことをしなければ、自分があのような卑猥な行動に出ることもなかったと、彼はすべての責任の所在はエリー・リバソンにあると考えていた。


 ――こいつのせいでユセルからは変態を見るような眼を向けられてしまう有様だ。


「少しは反省するんだね。前代未聞の変態司書ブックマンコンビ、とあたいは思ってみたりする――ってあんたはあたいに近付くんじゃないよ!」


 怯えた様子で隅っこに座るユセルの元に、しらこい顔の少女がずりずりと身を寄せる。警戒したユセルがシャーッと犬歯を見せつければ、少女は困ったなと眉を曲げた。


 数秒沈黙するエリーだったが、次の瞬間には何かを閃いたように手を叩いた。


「あっ、そうだ!」


 彼女は徐ろに足下に置かれた背嚢を手繰り寄せ、ごそこぞと何かを探しはじめる。


「じゃじゃーん!」


 やがて背嚢から一つの小瓶を取り出す。小瓶の中には色とりどりのゼリービーンズがぎっしり詰められていた。エリーは一度それをユセルに見せつけるようににっこり微笑むと、パカッと蓋を開ける。すると、たちまち甘ったるい香りが車内を満たしていく。


「これってすっっっごく甘くて美味しいんですよね~♪」


 ゼリービーンズを一粒摘んで口に投げ入れるエリー。彼女を見つめるユセルは物欲しそうに指をしゃぶっていた。


「あっ!?」


 ゼリービーンズを目で追うユセルの口元が、彼女の動きに合わせるようにもぐもぐと動き出す。


 ――卑しい奴だな。


 意地悪な魔女のようにゼリービーンズを見せびらかしながら食すエリーを、ユセルが羨望の眼差しで見つめている。


 これでは変態の思う壺だなと、トラヴィスは呆れたようにかぶりを振る。


「一人で食べるより、誰かと一緒に食べた方が百倍美味しいんですよね〜」


 如何にもわざとらしい口調のエリー。それにつられるようにユセルがそわそわと落ち着きを無くし始める。それを横目で確認したエリーの口端がにんまりと持ち上がる。


 彼女は今が攻め時と判断したのか、大量のゼリービーンズを掌に載せると、そっとユセルに差し出す。それはまさに幼子を誘惑する卑劣な手口であった。


 ――最低だなこいつ……。


「食べますか?」

「……うん」


 甘味の誘惑に負けてしまった少女が、無防備に菓子へと手を伸ばした。転瞬――


「あれれぇ~」


 エリーはわざとらしく掌を反対側に移動させた。


「あぁっ!?」


 ユセルの伸ばした手は見事に空を切り、一瞬物凄く悲しそうな表情を作り上げた。が、その顔はすぐにむっと膨れた。


「馬車が揺れちゃったせいでバランスが……」


 これまた白々しく言い訳をするエリー。体が傾くほどの強い揺れなどまったく起きていない。司書ブックマンにあるまじき嘘言である。


 ――こいつには司書ブックマンとしてのプライドはないのか、まったく。


 されど頭の中は甘味のことでいっぱいなユセルは、彼女の嘘にも気づかぬ様子でぐいぐいエリーにすり寄って行ってしまう。


 ――なんと哀れな。


 結局エリーの膝の上でゼリービーンズを頬張っている。最早変態に捕まったことさえどうでもいいと言わんばかりの笑顔で、嬉しそうに菓子を口に運んでいる。


 エリーはやってやりましたよと相方の少年にサムズアップ。ご満悦だった。


 呆れ顔の少年は二人に関わると碌なことにならないと、窓から荒涼たる原野を眺めている。

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