第27話 罪悪感
Dr.グレイスがコセル村に到着してから三日が経過した。
現在、村の中央広場にはトラヴィスによって村人たちが集められていた。
「バンパイア事件の真相を説明するやと!? また適当なこと言うとんとちゃうやろうな!」
この状況に異議を唱えるのはラービナル教会の修道女イザベラである。彼女にとってトラヴィスは目の敵なのだろう。ことある毎に突っかかっていた。
「君には悪いけど、僕もイザベラの意見に同意だね。君たちはずっと罰当たりな墓荒らしをしていただけじゃないか。それで吸血鬼の正体を掴んだなんて信じられないな」
この三日間ジャックスはグレイスたちが墓を暴いていたため、殻に閉じこもる蝸牛のように宿から一歩も外に出なかった。出られなかった。そんな彼にとやかく言われたくないと思いながらも、ぐっと堪えるトラヴィス。
「あんたらにはまず、バンパイア事件が発生した当初のことを思い出してもらいたい。そもそもなぜコセル村の人々はバンパイアを、パウロ・パウダーを恐れるようになったのか……」
「そんなもん、十週前に死んだはずのパウロに首を絞められて殺された人がいるからやろ」
「確かにイザベラさんの仰る通りです。しかし、最初にパウロさんに首を絞められたと証言したのは誰でしたか?」
「そんなん……村人ちゃうん?」
「では、その村人とは具体的に誰でしたか?」
エリーの質問に村人たちは顔を見合せ、「パウロの娘のネマだったよな?」互いに確認し合っていた。
「その通り。最初にパウロに首を絞められたと証言をしたのはバンパイア疑惑がある男の娘、ネマ・パウダーだ」
「それが一体何の関係があるんだよ」
「大有りだねと、あたいは思ってみたりする」
意義ありと声を大にしたジャックスの意見を、ユセルがはねのける。
「パウロが馬車から転落死してしばらく経ったある日、娘のネマは錯乱しながら父に殺されると騒いでいた。その頃、あんたらは父の死をきっかけにネマがおかしくなってしまった、そう思っていたはずだ。実際にあんたはそう思っていたと言ったよな、村長」
「ええ、あの時は可哀想な娘だと」
コセル村で起きたバンパイア事件、それは父を失った哀れな娘の一言からはじまったのだ。
「ネマさんが亡くなった時、皆さんはパウロさんが首を絞めたなんて考えていなかったはずです。しかし、次に亡くなったハックルさんは人が変わってしまったように口にしていたらしいですね。彼女はパウロさんに殺されたんだと、自分も殺されるかもしれないと」
「たしかにそうだけど……」
村の男が訝しみながらも肯定する。
「そして、彼は実際に亡くなった。この頃にはひょっとしたら本当にパウロがネマとハックルを殺害したのかもしれないと思いはじめていた。が、そのことを誰も口にしなかった。そんなことを口にすれば自分まで頭がおかしくなったと思われかねないからな」
「だけど、構わず口にした人物が二人いたんです。三人目の被害者――ジュリア・デップとその婚約者であり、奇しくも四人目の被害者となってしまったパセリ・オーズさんです!」
当時を思い出したように息を呑む村人たちは、次第にどんよりとした重たい空気を放ちはじめる。されどトラヴィスが話を中断することはなかった。
「三人目の被害者ジュリア・デップが亡くなった時のことをよく思い出してくれないか? 彼女はネマ同様錯乱していたんじゃないのか? そして四人目の被害者であるパセリ・オーズも同じだったんじゃないのか?」
「そりゃ動揺するに決まってるやろ! 自分も吸血鬼に殺されるかもしれへんねんから!」
「それは違います。彼らは吸血鬼に殺されるなんて一言も言っていないんです」
「それはおかしいよ。彼らはパウロに首を絞められたとたしかに証言しているんだ。そうだろ、村長」
ジャックスの問いかけに間違いないと頷く村人たちだが、彼らは重大な点を見逃している。
「吸血鬼じゃなく――パウロに首を絞められたと言ったんだろ?」
「そんなもんただの揚げ足取りやんけ! パウロだろうが吸血鬼だろうがそんなもん同じことや。なにを言うてんねん!」
「全然違うねと、あたいは思ってみたりする」
「違うってなにがやねん!」
「彼ら四人が元々パウロ・パウダーを恐れていたとすればどうだ?」
「どういうことですか? なぜ彼の娘が父を恐れるのです?」
「父親を事故死にみせかけて殺害したからだ!」
村長の疑問にはっきりとした口調で答えたトラヴィスに、村人たちは騒然とする。誰もが口々にそんなことはあり得ないと言っている。それほどパウロの評判は良かった。
彼は働き者で誰に対しても気さくでおおらかな振る舞いを心がけていた。それは自身が娘に対して行っていた家庭内暴力――虐待を隠すためと思われた。
「パウロが娘に暴力を振るっていたなんて誰が信じるか!」
「デタラメ言ってんじゃねぇぞ!」
「パウロとはガキの頃からの付き合いだが、そんなことをするやつじゃねぇ!」
「彼はとても娘想いの父親だったのよ!」
村人たちの反応を見てもわかる通り、彼は本当に上手く隠していたのだろう。その狂暴な本性を。
しかし――
「嘘じゃない!!」
ずっと黙っていたマエリー・マドンが、震える声で、この場に流れはじめた不穏な空気を一息に切り裂いた。
「ネマは十歳の頃から父親に暴力を振るわれていたんだ。僕たちがそのことを知ったのは二十歳の時だったよ。丁度、ネマとハックルが付き合いはじめて二年が経った頃だった」
二人は交際を開始すると同時に、自然な流れで閨を共にするようになった。当然、ハックルは彼女の身体にできた無数の痣を見てしまうことになる。誰にも言わないでと言ったネマの気持ちを汲み取り、彼は秘密にすると誓った。だが二十歳のある日、彼は酒の席で思わず漏らしてしまう。恋人のネマが父親から日常的に暴力を振るわれていることを……。
「僕たちは秘密を共有することによって、今まで以上に友情を深めていったよ。なにより友達の力になりたいと思っていたんだ。だけど、あのくそ親父はハックルとネマの仲を引き裂こうとしたんだ!」
パウロはかつて妻を奪われた過去を持つ。それは彼にとって一生消えない心の傷となったことだろう。だからハックルが娘のネマを妻に貰いたいと頭を下げに来た時、彼は娘までも奪われてしまうと思い込んでしまったのだ。
焦ったパウロはハックルを怒鳴りつけ、殴り飛ばした。パウロは娘のネマにハックルと別れるように言ったという。
「だけど二人は何があっても別れないと誓ったんだ! 二人は心から愛し合っていたからね」
言い切ったマエリーに、語気を強めるトラヴィス。
「だから二人の幸せを願い、お前たちはパウロの殺害を計画した! そうだな?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
嗚咽をあげて泣き崩れるマエリーに、誰もが言葉を失っていた。
彼がパウロ・パウダー殺害を自供したのだ。
トラヴィスは当初、パウロを殺害したのはネマとハックルの二人だと思っていた。
しかし、パウロの棺代を支払ったのが五人だと村長から聞かされた際、それは二人の犯行ではなく、五人による犯行だと考えを改めた。
彼らはパウロを殺害した罪責感から、せめて立派な棺で眠ってもらおうと資金を出し合ったのだ。それは彼らにとっての懺悔だったのだろう。
「パウロが死んだ原因がわかったからってなんやっていうねん。大事なことはパウロが死んだあとに次々人が死んだちゅうことやろ? しかも亡くなった被害者らは皆、パウロに首を絞められたって証言してるんや。それはどう説明するねんな!」
「本来この事件はとても単純なものだったが、運命の歯車によって複雑に変化したんだ」
「は……? どういうことや、わかるように言え」
「そもそも亡くなった人たちは誰にも殺されていなかったということです」
「それはさすがに無理があるよ。だって実際に十八人も死んでいるんだよ?」
「ジャックスのいう通りや」
「彼らの死因は等しく病によるものだ」
「え?」
「へ?」
彼らは亡くなる前から体調を崩していた。
そこでトラヴィスは、彼らが何らかの感染病に感染していたのではないかと考えた。
事実、最初に亡くなったネマと濃厚接触者だったハックルが亡くなり、続いて彼らと親しかったジュリアとパセリが死亡。
この時点で不可解だった。
亡くなった者たちの大半が死亡した人と親しかった者、あるいはその家族だったのだ。
当初は家畜による伝染病も疑ったトラヴィスだったが、優秀な医療スタッフによってすぐにその線はないということが判明する。
パウロに首を絞められたという数々の証言、これはパウロ殺害に関与した四名、ネマ、ハックル、ジュリア、パセリが罪の重さに押し潰されたことが原因だろう。
一種の恐怖伝染である。
彼らはいずれも肺などの呼吸器をめぐる胸部疾患による息苦しさを感じていたと思われる。
犠牲者の大多数は寝ている時にしばしば激しい呼吸困難に襲われていたという。ところが寝台の上に起き上がる格好になると、憑き物が落ちたように穏やかになった。
この症状は胸部疾患――肺結核である。
実際にグレイスの部下によるマエリーの診断結果は肺結核であった。
今は抗生物質によって症状を緩和しているが、半年は治療に専念しなければならないだろう。
閑話休題。
最初に亡くなったジュリアは甚だしい息切れが恐怖と不安、逃れることのできない罪悪感と混ざり合い、死んだ父に首を絞められているという錯覚を引き起こしてしまった。
実の父を殺害した彼女の心には、多大なる負荷がかかっていたのだろう。
残りの三人は同様の苦しさを感じた際、ネマの言葉を思い出し、パウロに首を絞められたと思い込んだのだ。これが後に、バンパイアに首を絞められるというものに変換されたのだと結論付けた。
「つまり、この村は肺結核に感染した村やったちゅうことかい!?」
「間違いありません。
「人里離れた閉鎖的な村が災いしたのさと、あたいは思ってみたりする」
「パウロの腐らない死体はどう説明するんだよ!」
バンパイアの正体に拍子抜けの村人たちとは対照的に、ジャックスは最も不可解だった謎に切り込んだ。
「そこまで自信満々やねんから、もちろん納得できる説明ができるんやろうな」
「当然だ!」
「「!?」」
ジャックスとイザベラだけでなく、村人たちも息を潜めて耳を傾けた。
「パウロ・パウダーの腐らない遺体の謎については、私の方から語ろう」
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