第26話 解剖医

 やって来たのは一軒の民家。


 ノックをしてから玄関を開けたトラヴィスは、「入るぞ?」風邪で寝込んでいる家主に聞こえるように大声で呼びかけた。


「ゴホゴホ……またあなたですか?」


 青年は相変わらず顔色が悪く、寝台に横になっていた。トラヴィスは上体を起こした彼に軽く会釈し、食卓椅子を寝台の脇に運んで腰を下ろす。


「……なんの真似です? 体調が優れないと言ったはずですよ」

「確かに悪そうだな」


 言いながらトラヴィスは衣嚢から司書ブックマン時計を取り出し、それを彼に提示した。


「現在この村を司書たちが調査していることは知ってるな?」

「ええ、まぁ」

「協力してもらいたい」

「……」


 黙り込むマエリーに、トラヴィスは単刀直入に尋ねることにした。


「今回のコセル村でのバンパイア騒動、その発端となった人物、パウロ・パウダーは事故死ではないな?」

「え!? ……いや、あれは事故だ!」


 力強い否定が返ってくる。


「昼間も同じことを言っていたな。だが、俺にはパウロが事故死だとは思えない」

「そこに居た訳でもないのに何言ってんだよ! 適当なこと言うな!」 


 不機嫌を隠すことなく怒声を放つマエリーに、トラヴィスは自身の考えを口にする。


 最初こそ激高していたマエリーだったが、次第にその顔はうつむき、無意識のうちにシーツを掴んだ手は小刻みに震えはじめる。


「もうやめてくれぇっ!!」


 頭を抱え込んでしまったマエリーからはすすり泣く声が聞こえていた。その姿を見たトラヴィスは、やはり自分の考えは正しかったのだと確信を得る。


「協力感謝する」


 それだけ告げると、トラヴィスはマエリー宅を後にした。



「なにか分かったか?」


 エリーたちと合流したトラヴィスは、捜査に進展があったか尋ねた。


「それが妙なんですよね。亡くなった方のご家族から聴取を取ったんですけど……」

「皆亡くなる数日前に似たような症状を訴えていたんだろ?」

「えっ!? ななななんで知ってるんですか!?」

「と言っても、聴取を行ったのはまだ二人だけだよと、あたいは思ってみたりする」


 驚愕に狼狽えるエリーと、獣のような勇ましい眼光を向けるユセル。


「なら手分けして残りの遺族にも聴取を行うぞ」


 トラヴィスはエリーから被害者情報が書かれた資料を引ったくるように奪い取ると、足早に村を移動する。


 こうして一行はDr.グレイスが到着するまでの三日間の間に、すべての被害者家族から聴取を取り終えた。


 被害者たちの亡くなる一週間前の様子を知ったトラヴィスは、徐々に事件の全容を掴みかけていた。


「問題はやはりパウロ・パウダーの腐敗しない遺体ですね。腐敗しないだけではなく、死後も伸び続けていた髪や爪、それに杭を打ち込んだ際に村人たちが聞いたという彼の断末魔」


 そいつは専門家が暴いてくれるだろうとトラヴィスが口にした次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。駆け込んできたのはユセルだ。


「トラヴィス! マッドサイエンティストが到着したよと、あたいは報告してみたりする」


 今日辺りにグレイスが到着するだろうと予想していたトラヴィスは、村の入口をユセルに監視させていた。到着の報告を受けたトラヴィスは口端を持ち上げる。宿を出た彼は村の入口に眼を光らせた。


 足首まで伸びたぼさぼさの黒髪と、眼鏡の奥に潜む隈だらけの目元。悪目立ちする白衣に身を包んだ長身の女、その姿勢は悪く背骨が曲がっている。


 遠巻きに見ても一目でわかる。あれがDr.グレイス・スレイグである。


 彼女は数名の医療スタッフ(部下)を引き連れ村を闊歩する。その異様な風貌の医療スタッフを目の当たりにした村人たちは、一斉に顔を歪めていく。


「なっ、なんやねんこの気味の悪い集団は!?」

「悪霊退散悪霊退散っ! こっちに来るなぁああああああああ!」


 村人たちの異変に気がついたイザベラとジャックスが駆けつけて来ると、化物でも見たかのように大音声を響かせる。


 女医が率いる部下は一様に大きな嘴を有するペストマスクを着用しており、その見た目はまさに悪魔そのもの。


 女医と目が合ったトラヴィスが軽く手を上げると、彼女は満面の笑みで駆け寄ってくる。


「君も遂に解剖学に理解を示し興味を抱いたのだね! 素晴らしいっ! 君がそこまで言うのであればこの白衣とペストマスクを贈呈しよう。今日から司書ブックマンなどやめて共に死者と添い寝をしようじゃないか!」


 興奮した様子で意味不明なことを口にする女医を無言で躱したトラヴィスは、隣に立つ記録者ライターへと視線を向ける。


「こいつが俺の相棒のエリー・リバソンだ。今回の事件の記録者ライターを務める」

「はじめましてDr.、エリー・リバソンです」

「私はグレイス・スレイグ。よろしくねエリー君。ところでエリー君、死体は好きかい?」

「へ……?」


 突拍子のない質問に当惑するエリーに、彼は答える必要はないと助け船を出した。


「ユセル君! 相変わらず君のミイラファッションは私の美的感覚をくすぐるよ」

「人を死体に変換するなと、あたいは思ってみたりする」

「そんなことより、手紙に記していた内容はお前の解剖学とやらで解けるんだろうな?」


 彼女でも遺体の謎が解けないのであれば、正直お手上げだとトラヴィスは考えていた。


「ぐふふ、君は一体私を誰だと思っているのだね。既に八割方謎は解けているよ。と言っても、こんなもの謎でもなんでもないのだがね」

「八割方解けているだと!?」


 女医の発言に耳を疑ってしまう。


 ――まだ死体の調査を行っていないというのに、一体どういうことだ!?


 トラヴィスがDr.グレイスに出した手紙には、十週経過しても遺体が腐敗しなかったこと、さらに爪や髪が伸びていた事などが書かれていた。


 しかし、それだけでこの不可解な謎が解けるものなのかと、トラヴィスは驚愕していた。


「あり得ない。そういう顔をしているね。ぐふふ、君はこれまでに私がどれだけ多くの死体と添い寝をともにしてきたと思っているのかな? 君がエトワールにシゴかれてぴーちく泣き喚いていたずっと以前より、私は死体を愛でていたのだよ?」


 グレイス・スレイグは十五歳で医師免許を取得し、二十歳の時には聖ロザリオ共和国に移り住んだ。以降十五年間、死体と共に過ごしてきた彼女に取って、この程度は謎ではなかった。


「但し、一つだけわからないことがあるのも事実だね」

「お前でもわからないことがあるのか。で、それはなんだ?」

「腐らない死体だよ。その謎を解き明かすため、わざわざこんな辺境の地までやって来たのだよ」


 ――腐敗しない死体の謎が解けていないにも関わらず八割解けた……? 意味がわからん。


「早速で申し訳ないが、墓地はどこだ? 私は早く可愛子ちゃんたちと対面したいのだよ」


 はやる気持ちを抑えきれないグレイスを、トラヴィスは渋々墓地まで案内することにした。


 遠くでイザベラが何やら吠えていたが、不気味な医療スタッフと目が合ったジャックスがパタリと失神してしまったことにより、彼女はそれどころではなくなってしまった。


「ぐふふ、素敵な墓地だね。実に私好みだよ」


 墓地へやって来たグレイスは、不謹慎なにやけ面を隠そうともしない。


「それで、どの程度で判明する」

「そうだね。二、三日もあれば十分だろう」

「そんなに早くわかるんですか!?」


 驚いたエリーに、グレイスは言う。


「言ったろ? 八割方解けていると、私が知りたいのは状況だけなのだよ。それより、君たちの方こそ死んだ男に首を絞められたという謎は解けるのかね?」

「そっちは問題ない。が一名医療スタッフを借りたい」

「それは別に構わないが、墓を掘り返す人手が減るのは惜しまれる」

「ならこいつを使え!」


 トラヴィスは医療スタッフと引き替えにユセルを差し出した。


「ちょっ、ちょっと!? なんであたいがまた墓掘りをしなくちゃいけないのさと、あたいは抗議してみたりする」


 不満だと大激怒するユセルに、「協力者サポーターなら協力しろ」と反論を却下する。


 ユセルを生け贄に医療スタッフを獲得したトラヴィスは、その足でマエリー・マドンの自宅へと向かった。

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