第22話 印象

 恰幅のいい青年の名はマエリー・マドン。

 トラヴィス一行は体調不良のマエリー宅へと向かった。


「一人暮らしなのか?」


 青年を寝台に寝かしたトラヴィスは、一人で暮らすには随分広い家だなと部屋を見渡した。


「両親はその、ゲホゲホ……バンパイアに」


 青年が被害者遺族だった事に驚くトラヴィス。


「パセリ・オーズとジュリア・デップを知っているか?」

「ええ、そりゃもちろん。パセリとジュリアとは幼馴染みでしたから」


 人口五百ほどの小さな村なので、同年代の彼らが知り合いでも不思議はない。


「仲は良かったんですか?」

「ああ、昔はよく五人で飲んでいたよ」

「五人?」

「ネマ・パウダーとハックル・リバー。それにジュリアとパセリに俺の五人さ。……皆死んじまったけど」


 ――ネマ・パウダーだと!?


 トラヴィスは問いただすようにユセルに視線を向けた。


「あんたの考える通り。ネマ・パウダーはパウロ・パウダーの一人娘。ちなみに最初の被害者さと、あたいは思ってみたりする」

「最初の被害者だと……」


 聞いていない新事実にむっとしたトラヴィスは、大変な剣幕でエリーを睨みつけた。


「えっ……だってそこ重要ですか?」

「重要に決まってるだろ!」

「聞かれなかったので……すみません。あっ、ちなみにハックル・リバーさんは二人目の被害者ですよ」

「は!? 二人目だと!?」


 最初の被害者はバンパイア疑惑がある男の娘で、二番目と三番目、そして四人目の被害者が幼馴染みだったということが判明する。


 ――偶然にしては出来すぎている。


「他に何か言い忘れていることはないか?」

「う~ん……」

「列車の中で穴が空くほど資料を見ていたんだろ!」

「そんなこと言われても、どれを伝えればいいか考えるのも大変なんですよ」

「第一の被害者、ネマ・パウダーと二番目の被害者ハックル・リバーは恋人関係だったねと、あたいは思ってみたりする」

「あっ、そうですそうです!」


 ――この野郎っ!


 ぎしぎしと歯ぎしりを立てながら恨みがましくエリーに目を細めるトラヴィスは、笑って誤魔化すバディに呆れながらも、この不可解な関係に思いを巡らせている。


 第一の被害者ネマと第二の被害者ハックルは恋人関係にあり、第三の被害者ジュリアと第四の被害者パセリも恋人関係にあった。


 ――だが待てよ、娘のネマが第一の被害者であったとすれば、ちょっと妙じゃないか?


 パウロはなぜ一番に娘を手にかける必要があった。父親が娘を殺そうと考えること自体不自然に思えた。そもそも娘のネマは父親に首を絞められたと証言したのだろうか。


「お前は被害者全員がパウロに首を絞められた、そう言っていたな?」


 肯定だと頷くユセルに、父親が娘を殺そうとするだろうかとトラヴィスは疑問を口にする。


「本当にネマは父親に首を絞められたと証言したのか?」

「――間違いないよ!」


 そう言ったのは寝台に横たわる青年、マエリーだ。


「ネマはたしかに父親に首を絞められ、ゴホゴホ……殺されそうになったって言ってたんだ」

「父親に殺されそう……か」


 青年からユセルへと視線を戻したトラヴィスは、生前のパウロについて尋ねた。


「村の人たちのパウロに対する評判はどうだったんだ?」

「みんな口を揃えて働き者で真面目だったと言ってるね。誰に対しても優しく、評判は良かったようだよと、あたいは報告してみたりする」

「それは違う!」


 村人たちのパウロに対する評価に異議を唱えるように声を荒らげたのは、またしても寝台に横たわるマエリーだった。


「違うって……具体的に何が違うんだよ?」


 トラヴィスの問に黙り込むマエリーは何かを思い出すように逡巡し、やがて諦めるように全身の力を抜いた。


「ネマの親父のパウロは外面がいいんだ。本当は酒に溺れてネマに暴力を振るっていたけど、みんな知らないんだ。ネマがいつも我慢していたからね」


 トラヴィスは何かが音もなく崩れていくような気がした。それはずっと資料を見続けていたエリーも、その資料を作成したユセルも同じだった。


 青年の話だと、ネマが十歳になった年にパウロは妻と離婚したという。


 離婚理由は妻の浮気が原因だった。妻はパウロと別れ、浮気相手と暮らすために村を離れた。その頃からパウロの酒の量は増え、娘のネマに暴力を振るうようになった。


 少女時代のネマはそれでも父を愛していたというが、それは大人になるにつれて変わりはじめたという。ネマには父親以上に大切な人ができたのだ。


 幼馴染みのハックル・リバーである。


 ハックルはマエリーたちと酒を飲み、酔うたびに口癖のように言っていたという。


 いつかパウロ・パウダーをぶっ殺してやると……。


 父親とはいえ、愛する者を傷つけられたハックルの怒りは計り知れなかった。


 しかしハックルが手を下す前に、パウロは馬車から落ちて還らぬ人となってしまう。


 青年から新たな証言を得たトラヴィスたちは、鉛のように重苦しい空気に包まれた部屋で息を呑んでいた。


「変なことを聞くが、パウロは本当に事故死だったのか?」


 トラヴィスの問いかけにエリーはぎょっと目を見開き、ユセルは身構えるように肩をすくめた。


「……あれは、事故だよ」


 真意を確かめるようにじっと青年を見つめるトラヴィス。マエリーはバツが悪そうに目をそらした。


「体調が優れないんだ……ゴホゴホ。もういいかな?」

「……ああ、長々とすまなかったな」


 マエリー宅を後にした一行は、再び宛もなく村を散策。


「あのまま引いて良かったんですか?」


 エリーは腑に落ちないといった表情で首を傾げてみせる。


「私、マエリーさんが嘘をついていると思います!」

「かもな」

「かもなって……まさか放って置く気ですか!?」

「俺たちの目的はあくまでバンパイア事件の真相を見極めることにある。事件と関係ないことを調べるためにわざわざ来たわけじゃないだろ」


 仮にパウロの死が事故ではなく他殺だったとして、それがわかったところでなんだという。


「それは……そうですが」


 ――それよりも問題はバンパイア事件の方だ。


「さて、どうしたものか」


 一度落ち着いて思考すべく腕を組んで立ち止まっていると、壮麗な山がそびえ立つ北西の方角から不穏当な絶叫が響いてくる。

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