第21話 証言と新たな事実

 朝食を終えた一行は村をとぼとぼ歩いていた。


「本当になんなんですかあの金髪頭は!」

「あんたも金髪じゃないかと、あたいは思ってみたりする」

「一緒にしないでください! ユリリンもペペロンチーノと莫迦にされたんですよ」

「あたいは言われてないよ! とあたいは抗議してみたりする」


 朝から殺気立つ二人を伴い、トラヴィスは宿屋の主人から聞いた人物宅に向かっていた。


 村の東側に位置する小さな民家、そこはジャックスが言っていたパウロ・パウダーに首を絞められたと証言していた人物が暮らしていた家だ。


「どうぞ」


 ノックをすると扉が開く。出迎えてくれたのは四十代の女性、実年齢よりも上に見えるのは心労によって窶れているせいだろう。


 彼らは昨夜の一件で村人たちに存在が知られており、司書ブックマン時計を提示するよりも先に自宅の中に招かれた。


 リビングのテーブルに座るよう促された彼らが席に着くと、家主の女は疲れきった様子で長嘆息。次いで「聞きたいことは主人のことですね」愁然と口にする。


 トラヴィスとエリーは一瞬困ったように眉をひそめるが、真実を見極めるためだと頷いた。


「思い出したくないかも知れないが、聞かせてもらえるか?」

「もちろんです。憎きバンパイアを、あの子と主人の仇を取れるのなら……」


 そう言うと、女は亡くなった夫について語りはじめた。

 亡くなった男の名はオズマ・オーズ。


 職業は農夫。家族構成は妻と今年二十二歳になるはずだった息子が一人。


 村でバンパイア騒動が起きて八日後、犠牲者が九人になったことを懸念したオズマは、村の男たちとパウロの墓を掘り返した。後のオズマの証言はユセルの報告書に記されていた通り、腐敗しないパウロの遺体や真新しい血液、髪や髭が伸びていたというものだった。


 彼は真っ青な顔で震えながら、毎晩のようにそのことを妻に話していたという。


 以来、オズマはパウロの亡霊に怯えていた。次第に酒の量も増えていったという。


 さらに、彼は亡くなる数日前から酒の飲み過ぎで体調を崩しており、床に伏せていた。


 事件が起きたのはまさにそんな時だった。


 彼は苦しそうにベッドから身を起こすと、怯えた様子でパウロに首を絞められたと言った。


 恐ろしくなった妻は祓魔師エクソシストに助けを求めたが、ジャックスはバンパイアを見つけることができなかった。


 翌日、目を覚ました妻が夫の様子を確認すると、彼の体は氷のように冷たくなっていた。

 オズマ・オーズは真夜中にひっそりと息を引き取っていたのだ。


 一通り話を聞き終えたトラヴィスは室内を見渡した。食器棚には杯や皿が三つずつ置かれている。先ほど家主が『あの子』と口にしていたことから、息子の存在を改めて確認する。


「息子さんは今どちらに?」


 できれば息子からも話を聞ければと思ったトラヴィスに、エリーは慌てた様子で彼の袖を引っ張った。


 直後、「亡くなりました」家主の沈んだ声が室内の温度をわずかに下げた。


「……そうか」


 家主の気持が暗くなると、家の中には雨洩りがするときに似た陰湿なものが漂いはじめる。エリーはたまらず目を伏せた。トラヴィスもやってしまったと目を閉じる。


 気まずい空気が漂う中、「四人目の犠牲者だよと、あたいは報告してみたりする」嫌な流れを断ち切ったのは協力者サポーターのユセルだ。


「そちらの娘さんのいう通りです。息子はまだ二十二と若く、婚約もしていたのに、それなのに……」


 泣き崩れる家主。トラヴィスたちは黙り込んでいた。子に先立たれ、夫にも先立たれた女にかける言葉が見つからなかった。


「これ」


 背嚢からハンカチを取り出したユセルが、無表情で女に差し出している。


 ユセルのこういうところは協力者サポーターとしてまさに一流だった。


 助かったとユセルに目配せを送るトラヴィスは、これ以上は何も聞けそうにないと判断する。しかし席を立つ前に一つだけ、どうしても確認して置かなければならないことがあった。


「旦那さんはパウロに絞め殺されたわけではない。パウロに首を絞められた、そう証言した時にはまだ生きていた、間違いないな?」

「ええ……」


 不可解な面持ちの家主に、トラヴィスは続けて問いかけた。


「あなたが聞き間違えた、あるいは寝惚けていたという可能性は?」

「ないに決まっているじゃないですか!」


 怒鳴りつけられたトラヴィスは「わかりました」深く頭を下げてから席を立った。


 エリーとユセルはなんちゅう質問をするんだと、汚いものでも見るかのように眉間にしわを寄せてトラヴィスのことを睨んでいた。


 されど、真実を見極めるためにはどうしても確認しておく必要があった。それほど女の目は虚ろだったのだ。


 だが、最後の否定だけはとても力強く、真実を物語っていた。あれは嘘をついている者の目ではない、トラヴィスはそう感じていた。


 オーズ家をあとにした一行はしばらく村を散策しながら、次の行き先を決めかねていた。


 オズマの死については妻から聴取を得られたが、息子の死については聞けていない。あの状況ではさすがのトラヴィスも躊躇ってしまった。真実を追い求めるあまり、遺族を傷つけてしまってはいけないと、今のトラヴィスは考えている。


「オズマの息子と婚約していた女性に会って話が聞きたい」


 したがって四人目の犠牲者の婚約者に話を聞こうと思ったのだが、「無理だね」それは不可能だとユセルに言われてしまう。


「なぜだ……? 婚約者はこの村の娘ではないのか?」

「もちろん婚約者はこの村の娘だよと、あたいは思ってみたりする」

「ではなぜ会えない? 調べは付いているんだろ?」


 トラヴィスの疑問に答えたのは資料を手にしたエリーだった。


「パセリ・オーズの婚約者だったジュリア・デップは三人目の被害者ですね」

「なに!?」


 ――四人目の被害者パセリ・オーズと三人目の被害者ジュリア・デップが婚約関係にあっただと!?


 しかも四人目の被害者、パセリの父は一昨日亡くなっている……。なんだ、この違和感は?


「村の人口は何人だった?」

「五百人ほどです」

「これまでの被害者の数は?」

「新たな被害者オズマ・オーズさんを含めると、これで十八人目になりますね」


 ――人口五百人ほどの小さな村で次々に起きる謎の不審死。その被害者三名が身近な人物。

 ……これは単なる偶然か?


「パセリ・オーズとジュリア・デップも同様の証言を口にしていたのか?」

「というと?」

「オズマ同様、死んだパウロに首を絞められたと言っていたのか?」


「えー……と」資料ファイルをめくるエリーに代わり、ユセルが口を開いた。


「今のところ被害者全員がパウロに首を絞められたと証言しているねと、あたいは報告してみたりする」

「そうか」


 これまで亡くなった十八名全員が、死の直前パウロに首を絞められたと言い残していた。


 ――まさにミステリーだな。


「もう一度聞くが、亡くなった被害者たちには絞殺の跡はなかったんだな?」

「えーと……資料にはそう書かれていますね」


 資料に目を通したエリーがちらっとユセルに視線を落とすと、彼女は間違いないと頷いていた。


 ――だが、やはり引っかかる。


 なぜパウロは被害者たちの首を絞めておきながら、その時に止めを刺さなかったのだろう。


 自分の存在を村中に知らせるため、あえて証言させており、そのため殺されなかった――いや、だとすれば十八人全員にそんな手の込んだことをする必要はない。


 コセル村の人々はすでにパウロがバンパイアだと信じていた。だからこそ昨夜のような事件に至ったのだ。それだけコセル村の人々はパウロを恐れている。仮にパウロが実は生きていたとしても、わざわざそこまでリスクを冒す必要があるとは思えない。


「くそっ」


 訳がわからないといった様子でトラヴィスは髪を掻きむしった。


「次はどちらを調査しますか?」

「……そうだな」


 トラヴィスは次に向かうべき場所を思案していた。


 パウロが埋められていた墓を今さら確認しても意味があるとは思えない。だからと言ってすでにバンパイアの存在を信じきっている村人に聞き込みをしたところでまともな情報が得られるとは思えなかった。


 参ったなと沈思黙考していると、エリーが顔色の悪い青年に話しかけていた。


「どうかしたか?」

「どうやら風邪を引いてしまっているようなんですよね」


 エリーは苦しそうに咳き込む青年の背中を擦っていた。


「咳風邪か? 家はどこだ? 送ろう」

「すみません」

「これも何かの縁だ、気にするな」


 男に肩を貸すトラヴィスを見やり、二人は締まりのない顔でにたにたと笑っていた。


「なんだよ……?」

「いえ、別に」

「だねと、あたいは思ってみたりする」


 トラヴィスの頬が少しだけ赤く染まっていた。

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