第20話 相部屋

「ん……?」


 室内を見渡したトラヴィスが怪訝に眉をひそめる。


 ――なぜベッドが二台だけなんだ……? そもそもなぜ俺がこいつらと同じ部屋なんだ。


 トラヴィスは背嚢を床に下ろし、凝り固まった肩を揉むユセルを一瞥。


「まさかとは思うが、お前たちもこの部屋に泊まるわけじゃないだろうな?」

「文句ならあの莫迦っぽそうな二人組みに言ってもらえるかいと、あたいは思ってみたりする」

「どういうことだ?」

「普段こんな辺鄙な村を訪ねる者なんていないのさ」


 寝台に腰を下ろしたユセルは、やれやれと肩をすくめながら言葉を吐き出す。


「だからこの村に宿は一軒のみ。おまけに部屋数は全部で三。つまりあのジャックスってのとイザベラってのが二部屋借りてんのさ。残っていたのは当然この部屋だけさと、あたいは思ってみたりする」

司書ブックマン権限を使って追い出せばいいだろ。奴らになら気兼ねなく権威を振りかざせばいい」


 一階受付まで引き返そうとするトラヴィスを、ユセルの疲れきった声音が呼び止める。


「それはやめておいた方が賢明だねと、あたいは思ってみたりする」

「なぜだ……?」

「忘れたのかい? あの二人は一応女王陛下の客人なんだよ。勝手に押しかけてきたあたいらとは違うってことさと、あたいは思ってみたりする」

「たしかにそれは言えてますね。司書ブックマン権限を発動すれば部屋を空けてもらえるかも知れませんが、客人に無礼を働いたとなれば、店主が咎められてしまうかもしれません」

「う〜ん……」


 トラヴィスは手のつけようのない数学の問題を目の前にした時のように、困ったなと頭を掻きむしった。ラービナル教会の二人がどうなろうが知ったこっちゃないトラヴィスだが、宿屋の主人に理不尽な思いをさせるのはさすがに気が引けた。


「窓側のベッドは俺が貰うからな」


 嘆息しては寝台へ移動するトラヴィスに、「ちょっと待ちなよ!」ユセルが噛みついた。


「うるさい」一喝したトラヴィスは、そのまま何食わぬ顔でブーツを脱ぎ、寝台に横になる。そんな彼を恨みがましく睨みつけたユセルが地団駄を踏む。


「なんであんたが一人でベッドを使うことになってんのさと、あたいは反抗してみたりする」

「んっなもん決まってるだろ? 男の俺が女のお前たちどちらかと同じベッドで寝れると思うか? 倫理的に問題があるだろ。その点、女同士なら問題あるまい」

「そんなもんは――「その通りですね!」


 ユセルの言葉を遮り大音声を響かせたエリーが、にたーっといやらしい笑みを浮かべる。


「!?」


 彼女の顔にぎょっと目を丸くさせたユセルは、みるみる顔が強張っていく。


「ちょっと待て! こいつと同じベッドで寝るのはあたいが危険すぎる! とあたいは必死で訴えてみたりする!」

「なら床で寝ろ。明日に備えて俺はもう寝る」

「待てトラヴィス! 頼む! 一生のお願いだから代わってくれと、あたいは懇願してみたりする」

「知らん」


 横に跪いて彼の体を必死に揺するユセルの手を、トラヴィスは無情にも払いのけた。


「さぁ、ユリリン一緒に寝ますよ」

「嫌だ! 来るなっ! あたいに近寄るな! とあたいは手足を振り回してみたりする」


 二人の言い争う声は一時間程続いたが、やがてユセルも諦めたのか寝息を立てていた。


 寝返りを打ったトラヴィスの視界の先には、気持ち悪い笑みを浮かべたエリーに抱きしめられ、寝苦しそうな寝息を立てたユセルの姿があった。


「悲惨だな」


 もう一度寝返りを打ち、トラヴィスは窓の外に目を向ける。


「うるせぇな……」


 腹を空かせた狼の遠吠えにうんざりするトラヴィスは、窓側を選んだのは失敗だったなと頭からシーツをかぶってしまう。



 翌朝、宿屋一階の食堂ではトラヴィスたちが揃って朝食を摂っていた。その隣にはカエルの唐揚げに舌鼓を打つ祓魔師エクソシストと修道女の姿もある。ラービナル教会から派遣されたジャックス・リッパーと、イザベラ・ランベルンの二人である。


「昨夜は僕がにんにく魔を追い払ったお陰で吸血鬼も尻込みしてしまったようだね」

「さすがジャックスやわ! どこかの偉そうなだけの赤髪とは偉い違いやわ」


 わざわざトラヴィスに向かって白い歯をにかっと見せつけるイザベラ。


「歯にカエルが挟まってるぞ」

「ハッ!?」


 赤面した修道女がテーブルに顔を沈めては、コソコソと楊枝でカエルを除去。トラヴィスは何やってんだかと呆れ顔で食事を続ける。


「よっこいしょ」


 徐ろに席を立ったジャックスがトラヴィスの隣に椅子を運ぶと、そのまま何食わぬ顔で着席。少し周囲を気にした後、耳を疑う言葉を述べた。


「は?」

「だ・か・ら、一度共闘しないかい?」

「は?」


 トラヴィスの冷たい態度にむっと唇を尖らせるジャックス。


「……君知らないのかい? 過去には司書ブックマン祓魔師エクソシストが共闘した事例も少なくないんだよ? ラービナル教会の一番星である僕が手を貸すって言ってるんだ、君だって心強いだろ」


 トラヴィスは一度行儀よくナプキンで口を拭い、レモネードで口の中のものを流し込んでから、ジャックスの全身をまじまじと見る。


「その気になったかい?」


 ――神父服に似つかわしくない首飾りと大量の念珠……ね。


 それらは明らかに魔除けの類いだった。魔を払う祓魔師エクソシストが魔を遠ざける魔除けの数々を身に付ける。実に不可解だなと、トラヴィスは形容のできない妙な表情。


「お前、本当は怖いんじゃないのか?」

「!? ぼ、僕が怖い……? なんで? 何を? 僕はラービナル教会の祓魔師エクソシストだよ。悪魔が怖いわけないじゃないか。君も莫迦だな」


 馬鹿馬鹿しいと笑うジャックスだが、言葉とは裏腹に落ち着きがなくなる。指先は念珠や首飾りへと伸びていた。


「誰も悪魔が怖いのか……? なんて言ってないけどな」

「き、君が紛らわしい言い方をするからだろっ!」


 ばんっ! と机に掌叩きつけるジャックス。その顔は見事な閻魔顔だった。


「落ち着け。ヒステリックな顔になってるぞ? それにまだ吸血鬼が存在すると決まったわけじゃないだろ。共闘するにしても早すぎる」

「君は昨夜僕が話したことを忘れたのかい?」

「パウロ・パウダーに首を絞められた男の話しか?」


「そうだよ!」と語気を強めるジャックス。彼の言葉に真っ先に反応したのはエリーだった。


「パウロさんて、最初に馬車から落ちて死んじゃった人ですよね? たしか資料に……」

「その通りだ! 僕にもその資料を見せてもらえるかい?  ――痛っ!?」


 身を乗りだしてエリーの資料ファイルに手を伸ばした刹那――ばしっ! 凄まじい勢いでジャックスの手が叩き落とされた。


 それを横目で見ていたトラヴィスは、見事だと新人教育の成果にうなずいていた。


「ちょっと見るくらいいいじゃないか! ケチっ!」

「これは大図書館パウデミアに所属する協力者サポーターの信念と誇りなんです。部外者の方には死んでもお見せできません!」


 キリッと鋭い眼光をジャックスに向けるエリーの傍らで、恥ずかしそうにもじもじと俯くユセルの姿があった。


「なんだよ大しておっぱいも大きくないくせに、このケチ」


 不満気に鼻を鳴らしたジャックスが子供染みた悪口を口にすれば、エリーは負けじと自慢のDカップを突き出した。


「失礼なっ、Dカップですよ! 見てわかりませんか? さてはあなたも童貞さんですね」

「!? ぼ、僕の中ではDカップは小さい部類に入るって言ってるんだ! あとぼ、僕は童貞じゃない!」

「Dカップが小さいわけありません。あと、嘘つきは泥棒の始まりです」

「嘘じゃない! それにイザベラを見て見るんだ」


 ジャックスに名指しされたイザベラがゆっくり立ち上がると、誇らしげにどん! と胸を突き出した。


 ――でかっ!?


 目を見張るほどたわわに実った胸部は、修道服が今にもはち切れんばかり。


 調査部の長ライリー・ランリーのスイカップとまではいかないものの、それは間違いなく巨乳と呼ばれる種類の胸だった。例えDカップの持ち主といえど太刀打ちできる相手ではない。


「おっぱいってのはこれくらい迫力がなくちゃね。君のはDカップだったけ? それってダメカップって意味か何かかな? 明日からパット入れて誤魔化すのだけは無しだからね」


 してやったりと高笑いのジャックスに、「記録します!」真っ赤になって怒るエリー。


「え、記録……? 僕を? なんで……?」


「あなたが卑猥な発言を繰り返す破廉恥祓魔師エクソシストだということを後生に残すため記録するんです!」


 一息で言い切ったエリーが背嚢から紙とペンを取り出すと、すぐさま筆を走らせる。


「よせ! 後生の人々が紳士な僕を勘違いしてしまうだろ! 君も止めたらどうなんだ!」


 間違ってもこいつに関する記述が大図書館パウデミアで保管されることはないと鼻で笑ったトラヴィスが、ユセルに早く食べてしまえと言っている。


 その間も頼むからやめてくれと、ジャックスが涙目でエリーに訴えかけていた。

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