第19話 恐怖の吸血鬼

「とんでもない莫迦が派遣されて来たようだねと、あたいは呆れてみたりする」

「まったくだ……って居たのかよ!?」


 どうやら二人は離れたところから様子を窺っていたらしい。


「大丈夫ですか?」


 少女を気遣うエリーを横目に、トラヴィスは村長と名乗る老人に司書ブックマン時計を提示する。


「まさか大図書館パウデミア司書ブックマン様が来てくださるとは、これでバンパイアも一貫の終わりですな」


 老人の問いかけには何も答えず、トラヴィスは月明かりに照らされる村人たちの顔を順に見渡した。不安げな表情を浮かべる者、顔色が優れぬ者、苦しそうに咳き込む者など様々。


 小さな村ではじまって以来の相次ぐ不審死に、村人たちの体力も限界に近付いていた。


 村長に宿を紹介してもらった一行は、本格的な調査は明日から開始することにして、ひとまず宿に足を伸ばすことにした。


 宿に着いたトラヴィス一行は、すぐに暗澹たる気持ちになる。というのもコセル村には宿が一軒しかなく、そこにはジャックスとイザベラの両名が居たのだ。


「先程は自己紹介を忘れていたね。君と違って紳士な僕としたことが、とんだ失敗だよ。僕はラービナル教会期待の星――ジャックス・リッパー! 親しみを込めてジャックスくんと呼んでくれても構わないよ」

「同じく、ラービナル教会きってのプリティシスターことイザベラ・ランベルンや!」

「悪いがラービナル教会と馴れ合うつもりはない」

司書ブックマンってのはみんな君みたいに面白味のない奴ばかりなのかい?」


 ジャックスの言葉に耳を傾けることなく、トラヴィスは二人に部屋に行くよう声をかけた。


「言っておくけど、吸血鬼はいるよ!」


 二階に向かおうとしたトラヴィスに、ジャックスは大声で宣言する。


「さっきのは君の言うとおり吸血鬼ではなかったかも知れないけど、僕は昨夜見たんだ」

「見た……?」


 階段の途中で身を翻したトラヴィスが、ジャックスを視界に捉える。


 トラヴィスがラービナル教会に属する祓魔師エクソシストの言葉を信じることはないが、不思議と彼が嘘を言っているとも思えなかった。それほどジャックスの声音には真実味があった。


「僕は昨夜、パウロ・パウダーに首を絞められたって言う男に会ったんだ」

「パウロ・パウダーだと……!?」


 それはバンパイア疑惑があった男の名で間違いなかった。しかし、ユセルが作成した資料には、すでにパウロは村人たちの手によって焼き払われていると記されていた。


 ――バンパイアは灰になれば絶命するというのが一般的。仮にパウロがバンパイアだったとしても、彼に首を絞められたというのは奇妙な話だ。


 だが、協力者サポーターであるユセルも同じことを言っていたことをトラヴィスは思い出していた。


「そいつはどうなった?」

「今朝には亡くなったそうだよ」

「亡くなった……?」

「どうせ調べればすぐにわかることさ、別に隠す程のことでもない。君は吸血鬼の存在を否定したいようだけど、奴らはいるよ」

「それはお前の願望じゃないのか?」

「そう思いたければそう思えばいいよ。ただ、僕は二日前からこの村で吸血鬼の調査を行っていたんだ。その僕が自信を持って断言する。この村はおかしい」


 三ヶ月前に死んだはずのパウロ・パウダーに首を絞められた。その証言が事実なら確かに気になるが、それだけでは死者が蘇ったと断言することはできない。


「ひとつ勘違いをしてるようだから言っておくが、俺は吸血鬼を否定しているわけじゃない」

「えっ……違うの?」

「吸血鬼がいるという先入観を持って調査を行いたくないだけだ」


 それは真実に靄をかけてしまう行為。先入観は足枷にしかならないと考えていた。


「だとしても吸血鬼はいるよ。それだけは譲れない」

「そうか。ただ、二度と無関係の者を巻き込むのはよせ。俺の到着が遅れていれば、お前は罪なき少女を殺していたんだぞ」

「………っ」


 苦々しい顔の少年から向き直ったトラヴィスは、少女たちの後に続いて部屋に入っていく。

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