第23話 演技派……?

「なんだ!?」


 何事かと身構えたトラヴィスの視界の先で、一筋の砂煙が天に伸びていく。盛大に砂埃を巻き上げたそれが、悲鳴とともに真っ直ぐトラヴィスたちの元に向かってくる。


「あれは!」


 煙に目を凝らしたエリーが威嚇するように喉を鳴らし始める。


 この村で彼女が敵愾心を剥き出しにする相手など、トラヴィスには一人しか思い浮かばなかった。ラービナル教会の祓魔師エクソシスト、ジャックス・リッパーである。


 ジャックスは猛スピードでこちらに突っ込んでくると、乱れた呼気を整えることなくトラヴィスの肩に両手を置いた。


「出たぁっ!」そして大きな声で叫んだ。


 死人のように真っ青なジャックスの目は血走っており、摩訶不思議な相貌を作り上げていた。落ち着きなく何度も足踏みを繰り返しては、トラヴィスの目を覗き込んでいる。


「落ち着け」

「おおおお落ち着けるわけないじゃないかっ!?」

「なら理由を話すんだ。意味不明に出たと言われても何のことかさっぱりわからん」

「君も鈍い奴だな。僕が出たと言ったら吸血鬼しかないだろ!」


 ジャックスの発言にエリーは一瞬ビクッと肩を持ち上げ、ユセルはカッと目を見開いた。二人はすぐさま顔を見合せては、緊張した面持ちで生唾を飲み込む。


「吸血鬼だと!?」


 トラヴィスは二人に落ち着くよう目で合図を送ると、次いで訝しげにジャックスを見た。


「仮に吸血鬼が本当に出たとして、なんでお前がそんなに慌てているんだよ。お前が退治してくれるんじゃないのか? 期待の星なんだろ?」


 睫毛を数回鳴らしたジャックスは冷静さを取り戻したのか、ゆっくりとトラヴィスたちの顔を順に見比べていく。やがて体裁を取り繕うようにニヒルな笑みを浮かべた。


「も、もちろん演技だよ。君たちを驚かせるためのね」


 堂々と嘘八百を並べるジャックス。


「大体この僕が吸血鬼ごときに慌てるわけないじゃないか、やめてくれよ君」


 わっはははと反り身からの哄笑に、トラヴィスは呆れて口を噤む。


「あんた今の今までお漏らししてしまいそうな顔をしてたじゃないかと、あたいは思ってみたりする」

「お漏らし……? 嫌だな、ちびっ子はすぐに演技を真に受けちゃうんだから。あっ、でもね。僕って過去に舞台俳優にスカウトされたこともあるんだよ。あの時は心苦しかったな、なんたって僕には祓魔師になるという使命があったからね。だから僕は言ってやったのさ、来世で共演しようってね。こんな風に……」


 身を翻してアディオスと指を二本突き立てるジャックスに、トラヴィスたちの冷たい視線が突き刺さる。懐かしいな〜、思い出すな〜と何度も彼らを気にするように振り返っていた。


「大根役者だねと、あたいは思ってみたりする」

「ラービナル教会の祓魔師エクソシストってみんなこんな感じなんですか? 聞いてたのと違うような」


 不信感を隠せないエリーがこっそりトラヴィスに耳打ちをする。


「こいつは特別だ」

「特別……ですか」


 これまでにトラヴィスが出会ったラービナル教会の祓魔師エクソシストの中で、間違いなくジャックスが一番の変わり者だ。そもそもラービナル教会には司書ブックマン試験のようなものがないため、頓珍漢な祓魔師エクソシストが誕生しやすいのだ。


「お前の演技力については十二分にわかったが、吸血鬼が出たとはどういうことだ?」

「そうだ! こんなことをしている場合じゃないんだよ。僕とイザベラが吸血鬼の住みかを調べようとしていたら、突然村長に呼び止められたんだよ。それで話を聞くと、その……また新たな吸血鬼が生まれようとしているからお祓いしてくれって頼まれたんだ」


 まったく話が見えてこなかったトラヴィスは、もう少し簡易に説明してくれないかと申し出る。


「とにかく僕とイザベラは村長に墓地まで連れて行かれたんだよ。すると墓地には死んだはずの死体が……その、地面から這い出ようとしていたんだよ」


 村中に響き渡る程の絶叫を響かせるジャックス。その顔は恐怖に歪んでおり、トラヴィスはこれが演技だとしたなら大したものだと呆れていた。


「死んだはずの死体って言葉はおかしくないかいと、あたいは思ってみたりする」


 ユセルの細かい指摘は横に置いて置くとして、埋葬されたはずの死者が大地から這い出る。そんな莫迦な話は到底信じられなかった。

 が、列車で風説を唱えていた壮年の男たちも同じようなことを口にしていたなと、トラヴィスは思い出していた。


「それをあなたは見たんですか……?」

「ジャックスだ! あなたではなくジャックス君と親しみを込めて呼んでくれたまえ」

「嫌です」


 即答だった。自慢のDカップを貶されたことをまだ根に持っているのだろう。


「どうして私があなたをジャックス君なんて親しみを込めて呼ばなければいけないんです!」

「どうしてって……友達じゃないか? 君って見た目と違って冷たい人なんだね」

「言っておきますが、私、あなたと友誼を結んだ覚えなんてありませんから」

「君の胸がDカップなのは僕のせいじゃないだろ!」

「誰もそんなこと言ってません。というか喋らないでください。口も聞きたくありません」


 再び言い争いを始めてしまった二人を見やり、似ている。トラヴィスは二人の顔を見比べていた。


 ――別に金髪碧眼なんて珍しくもないのだが……やはり似ている。


「それで一緒にいたシスターはどこにいるんだい? とあたいは思ってみたりする」

「そりゃ驚いてしまっ……」


 そりゃ驚いてしまってイザベラを置き去りにしてきたと言いかけたジャックスは、慌てて言い直す。


「君たちにも知らせてあげようと思った親切な僕は、イザベラに祈りを捧げておくよう指示を出してから、村中を走り回って君たちを探していたんだよ。僕ってとてもフェアな男だろ?」


 嘘だ! と三人は疑わしそうな目でジャックスを見ていた。


 ――どうせ吸血鬼に驚いて相棒の性悪女を置き去りに逃げてきたんだろ。


  俺たちを探していたのは単に仲間は多い方がいいと判断した結果だろうな。


「前代未聞の祓魔師エクソシストだねと、あたいは思ってみたりする」

「ん……何か言ったかい小さいの?」

「あんたは気が小さ過ぎだよと、あたいは思ってみたりする」

「とにかく一緒に墓地に来てくれよ。あれを見れば君も吸血鬼がいると認めるはずだよ」


 バンパイアが存在するかどうかはさておき、真実を見極めるためにも墓地を確認しておく必要があった。


「わかった。では墓地まで案内を頼めるか?」

「もちろんだよ。これで僕たちの共闘関係も成立するはずだ」


 仲間が増えて一安心のジャックスは、これでもう大丈夫だと余裕の笑みを浮かべている。


「こっちだよ〜」


 時折トラヴィスたちに振り返っては手を振っていた。


「本気であの莫迦と手を組むつもりかいと、あたいは懐疑的な眼を向けてみる」

「バンパイアが存在するならそれも一つの手だが、断定するにはまだ早いな」 

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