第11話 ラービナル教会

「で、わざわざあたいに会いに来たってことは、あんたはバンパイアの存在を否定しているってことかいと、あたいは確信をついてみたりする」

「というか、お前が相変わらず全然姿を見せないから、わざわざこっちから出向いてやっただけだ」


 協力者サポーターの役割は報告書を作成するだけではない。司書ブックマンが現地に向かい、真実を見極め帰還するまでの間、手厚いサポートをすることも協力者サポーターに課せられた任務の一つなのだ。


 しかし、ユセル・バイア・スカーレットは昔からそれらの仕事をあまりしないことで有名だった。別にサボっているわけではない。彼女は極度の人間嫌いとして有名なのだ。そのため人が行き交う車両ではなく、誰も立ち寄らない貨物車両に忍び込むことがしばしばあった。


「それで、報告書にあったことは事実なんだろうな?」

「報告したことはすべて事実さ。あたいはたしかに現地で死んだパウロ・パウダーに首を絞められたと証言する人物から証言を取ったのさと、司書ブックマンのように事実を伝えてみたりする」

「証言をした者はその後どうなった?」

「数時間後に絶命したさ」

「死んだ者は首を絞められて殺されたのではなく、首を絞められたあとに死んだということで間違いないな」

「……そりゃそうだろ? 首を絞められて殺されていたなら、パウロに首を絞められたなんて証言できないだろと、あたいは言い返してみたりする」


 改めてユセルの話を聞いたトラヴィスは、口を固く結って思考する


 やはり妙だなと……。


 仮にパウロがバンパイア伝説に登場する吸血鬼だったのなら、なぜその時に絞め殺さなかったのだろうか。そもそも伝説上のバンパイアは人を絞め殺すのだろうか。


 物語に登場するバンパイアは人の生き血を吸って殺すというものが大半だった。それも一度仕留めそこねた獲物を数時間後、再び戻って殺害するというのは合理性に欠けるとしか思えない。


「お前が証言を取った人物は噛み殺されていたわけではないんだな?」

「あたいが村で聞き込みを行ったのは事件が明るみになってすぐのことさ」

「と、いうと?」

「あたいが村に到着した時、すでにパウロ・パウダーの遺体は村人たちによって焼却処分されたあと。あたいが証言を取った被害者も、正確には家畜の肉を食っていた人物というわけさ。報告書にも書いてあったろと、あたいは思ってみたりする」


 ――パウロ・パウダーによってバンパイアに変えられた家畜か……。


 ならば噛まれていなくても不自然ではないのか? だが、被害者はパウロに首を絞められたと証言している。


「これまでの犠牲者は十七人で間違いないな」

「それは間違いないと、あたいは自信を持って報告してみたりする」

「これまでに似たような事例が村で起きたという報告は?」

「似たような事例……?」

「例えば今回同様、村人が短期間のうちに連続で不審死を遂げたという報告だ」

「村長はないと言っていたと、あたいは報告してみたりする」


 長閑な村で起きた連続不審死。


 村人たちの心労は計り知れないものになっているだろうと、トラヴィスは思案していた。


「そういえば報告書を作成していた時点では確認できなかったから書いてないんだけどさ」

「……?」

「アルストリダムの女王が祓魔師エクソシストを派遣したらしいと、あたいは報告してみたりする」

「……ちっ」


 ユセルの報告を聞いたトラヴィスは短く舌打ちを打った。


 先ほど乗客がそれっぽいことを話しているのを聞いていたトラヴィスは、そちらは事実だったかと髪を掻きむしる。


「で、協力者サポーターとしての対応策は?」

「残念だけど、あたいも知ったのはさっきさ」

 言いながら、ユセルは衣嚢から一枚の小さな巻紙を取り出した。それをトラヴィスへと投げた。各地に散った協力者サポーターから伝書鳩を使って送られてきたアルストリダムの内情である。


 そこには女王陛下の命により、ラービナル教会から祓魔師エクソシストが派遣されたことが記されていた。


「愚かな」


 ラービナル教会。

 それは世界各地に教会を所有し、聖ロザリオ共和国と力を二分するもう一つの世界的組織。

 人は今回のような得体の知れない事件に遭遇すると、論理的思考を逸脱してしまう傾向にある。特に今回のように国家の信頼を著しく脅かす事態に直面すると、一日も早い信頼回復に努めようとする。


 真実が何か、それが二の次になってしまったとしても……。


 例え今回の事件の真相がバンパイアによるものではなかったとしても、バンパイアを退治したという事実――嘘さえ公にしてしまえば、アルストリダム、ひいては一時的ではあるにしろ、王家の信頼は回復するだろう。


 故にラービナル教会などという胡散臭い組織に調査を依頼するのだ。


 王家の働きかけによって脅威が取り除かれたことを、広く世間にアピールするために。


 補足だが、聖ロザリオ共和国に属する大図書館パウデミアは、独自の調査によって調査対象を選出しており、ラービナル教会のように調査依頼は受け付けていない。


 私情も賄賂も大図書館パウデミアには持ち込めない仕組みになっている。


 故に大図書館パウデミア司書ブックマンは絶対的な信頼を得ているのだ。


「焦るあまりにまともな判断ができなくなっているとしか思えんな」

「ラービナル教会の連中は確かに胡散臭い。けれどアルストリダム王家が焦るのも仕方のないことさ。バンパイア騒動はすでに他国にまで知れ渡っている。バンパイアが本当に存在したとなれば、責任の所在は間違いなくバンパイアを生み出したアルストリダム国にある。他国から責任の所在を追及されれば、アルストリダム国は一貫の終わりだろうねと、あたいは考えてみたりする」

「その考えこそが愚かだと言っているんだ」


 バンパイアの噂がさらに広がれば、時間の問題で世界中が疑心暗鬼に陥るだろう。


 そうなれば一国どころの話ではない。世界中あちこちで殺し合いという未曾有の大惨事を招く恐れがあるのだ。


 それこそが噂という名の怪物の恐ろしい所なのだと、トラヴィスは考えていた。


 人は噂によって意図も簡単に倫理観を手放してしまう生きものなのだ。


 かつて世界中で行われた魔女狩りなどがいい例だ。


 先ほどの乗客の話では、コセル村以外でも死者が地面より這い出たという噂がすでに飛び交っていた。


 ――だからといって祓魔師エクソシストを派遣するのは悪手でしかない。


 仮にエクソシストがバンパイアを退治したという嘘が喧伝されれば、それはアルストリダム国がバンパイアの存在を正式に認めたことになる。


 すでに他国にバンパイアの件が露見している以上、アルストリダムは是が非でもその存在を否定しなければならない。


 ――それなのにラービナル教会ときた。


 例え空想上の怪物が存在しなかったとしても、ラービナル教会がスケープゴートを用意してしまえば最悪の事態は避けられない。


 あの連中ならそれくらいやりかねない。


「めんどくさい事になったな」


 ラービナル教会がバンパイアを退治した。そう喧伝すれば、彼らを信仰する者たちは確実に増える。ラービナル教会側からすれば、これほど旨味のある話はない。


 逆にバンパイアが存在しなかったとしても、ラービナル教会からすれば何の痛手にもならないのだ。


「状況は最悪だ」

「そのようだねと、あたいは思ってみたりする」


 当初、事件を解決するまで何十年でも調査を継続するつもりだったトラヴィスだが、ラービナル教会が出てきたとなれば話は別だった。


「猶予はそれほど残されていないだろうねと、あたいは痛いところを突いてみたりする」

「仮にバンパイアが本当に存在したのなら、それはそれで仕方のないことだと俺も思う。だが、真実をねじ曲げる行為は司書ブックマンとして絶対に見過ごすわけにはいかない!」

「そりゃ司書あんたらはそうだろうね。でもあちらさんはそんなこと知ったこっちゃないだろうねと、あたいは思ってみたりする」


 焦燥に胸を焦がすトラヴィスは、やり場のない思いをぶつけるように足を踏み抜いた。


 ――少しでも時間を稼がないとまずいな……。


祓魔師エクソシストの到着を送らせることは可能か?」

「すでに他の協力者サポーターが動いているとは思うけど、あまり期待はできないだろうね。あんたも知ってると思うけど、あちらさんもそれなりの手練れだ。協力者サポーターは基本的に非戦闘員だからねと、あたいは思ってみたりする」

「打つ手なしか」

「今のあんたにできることは、あたいが作成した資料に目を通し、現地入りした時にすぐにでも真実を見極められるようにすることくらいだろうねと、あたいは思ってみたりする」


 そんなことは言われずともわかっていた。


「ただ……バンパイアが実在したとなれば、どの道アルストリダムは厳しい状況に陥ることになるだろうねと、あたいは思ってみたりする」

「それが真実だったのなら、それは仕方のないことだ。俺たちはただバンパイアが存在したという真実を歴史に残すのみ。司書ブックマンにできることは真実を突き止め後世に残すことだけだからな。それ以上でもそれ以下でもない」

「だろうね」


 大図書館パウデミア司書ブックマンは正義の味方ではない。真実を未来に伝え残すことで、未来に生きる人々の脅威を少しでも取り除くことを目的にしている。それ以上でもそれ以下でもない。


「で、今回のあんたのバディはどんなのだい?」

「気になるなら自分で確認しに来たらどうだ?」

「…………っ」


 むっと口をへの字に曲げたユセルは、連結部の扉をねめつけ、どすんと豪快な音を立ててその場に座り込んだ。次いでフードを引っ張り、そそくさと顔を隠してしまう。


 よほど通路を歩くのが嫌なようだ。


「……会わないのか?」

アルストリダム向こうに着いてからにしておく」

「そうか。では最後に確認しておきたいんだが、アルストリダムに着いたらコセル村までの移動手段は?」

「別の協力者サポーターが馬車を用意してくれてるはずさと、あたいは報告してみたりする」

「移動時間は?」

「何もなければ三、四時間ってところさと、あたいは答えてみたりする」

「了解した。サポート感謝する」

「ほへぇっ!?」


 踵を返して一般車両に戻ろうとしたトラヴィスの後方で、間の抜けた奇妙な声が轟いた。


「どうかしたか……?」


 トラヴィスは慌ててユセルへと振り返った。ユセルは信じられないものを見たというように、何度もまつ毛を鳴らしていた。


「?」


 おかしな奴だなと小首をかしげるトラヴィスに、ユセルは訝しげに眉をひそめた。


「あっ、ああああんた本当にどうしちまったんだよ!? おかしくなっちまったんじゃないのかいと、あたいはさすがに気味が悪くなっていたりする」

「………なにかおかしなことを言ったか?」 

「いや、だって、あの高慢ちきなトラヴィス・トラバンがあたいに、協力者サポーターに感謝するだって!? なにか悪い物でも拾い食いしたんじゃないのかい!?」

「うーん……」


 かつての自分はそれほどまでに酷かったのかと、トラヴィスは今更ながら猛烈に反省していた。


「その……なんだ、これまで本当に悪かったな」

「げっ!?」


 これまでの非を認め、トラヴィスは折り目正しく、誠心誠意謝罪した。


「き、気持ち悪いからやめとくれと、あたいは全身の震えが止まらなかった」

「そうか。許してくれるのか」

「………」


 よかったよかったと胸を撫で下ろしたトラヴィスは、にっこりユセルに微笑みかけていた。


「余程半年前の事件がショックだったみたいだねと、あたいは憎かった男に同情していたりする」

「じゃあ、またあとでな」


 トラヴィスは片手をあげて、連結扉をくぐり抜けた。


 足取りが軽くなっていたのはこれまでのことを謝罪したからだろうかと、トラヴィスは頬を緩めた。


 バシ! そしてすぐにコセル村の件を思い出し、少年は気を引き締めるように頬を叩いた。


「今度こそ真実を見極めてやる!」

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