第10点 セーヌの如き冷たさと温かさ


「ボッティチェリさん。どこに行くんですか。こっちですよ」

「あ、はははそうだよね」


 私は今、クロードと一緒に教室に向かっている。

 何故かって?

 なんとクロードは私のクラスメイトだからだ!


 逃げた生徒たちは一旦教室で待機していたらしく、学園長室でやいのやいのし終わった私たちは各々のクラスに向かうことになった。

 安全が確保できるまで、むしろ教室にいた方が良いって判断だったみたいね。

 この学園は2クラス制で、A組が私とクロード、B組にフィンセントが居るらしい。

 タブローは何もあのとき学園長室に居たメンバーだけではなく、他に顧問の先生も居るし、3年生にもメンバーが居るんだって。

 3年生になると自由登校に近い扱いになるから、始業式に参加してなかっただけらしい。

 一体誰なんだろう?


 考え事をしながら歩いていたらクロードに置いて行かれそうになってしまい、慌てて早足で追いかける。

 クロードに置いていかれたら教室の場所が分からなくなるからね。

 足のリーチが違うんだから、もう少し女性、とういうか樽を労って欲しいわ。


 やたらと広い学園内をひいこら言いながら歩き回り、2−Aの教室に辿り着いた。

 学園長室があったのは、校門から一番奥まった場所にある棟だった。

 先生たちの個人部屋がある『教授棟』と呼ばれる2階建の最上階。

 2−Aの教室は、教授棟と中庭を挟んで斜向かいにある『旧館』と呼ばれる3階建の2階だった。

 3年生の教室は同じ棟の3階らしい。

 元々アルス学園は貴族だけが通う学園だったため、この『旧館』しか存在しなかったけれど、平民にも裾野を広げてからもう一つ『新館』を建てたそうだ。

 ちなみに全部ロッセリに教えてもらった。


 教室の入り口には日本の学校のように細長い看板がついていて、扉は引き戸だ。

 こういう細かいところ、日本の様式に合わせてるみたいだね神様。

 分かりやすくていいよ!

 クロードががらりと扉を開けると、磁石に引っ付く砂鉄のように、中からワッと女子生徒が押し寄せてきた。


「モネくん大丈夫だった!? 生徒会のみんなで一緒に犯人を鎮圧したんでしょ!?」

「怪我はしていらっしゃらなくて? 本当に助かりましたわ」

「さすがモネくん! 率先してみんなを誘導する姿、カッコ良かった〜!」


 おうおう。

 人気者じゃないの。

 クロードは平民だということだけど、貴族令嬢っぽい人にも人気だ。

 学園の中では顔が権力なのか?

 それともあれかな。生徒会ってやつ、なんか権力みたいなのあるんだろうか。


「ボッティチェリさん。君も残っていたけど、大丈夫だった?」


 誰も見向きもしない私に優しく声をかけたのは、オーギュストだった。

 ドキッとする。

 なんなのこの人、めっちゃ優しい。爽やか。好き。

 っいけないいけない!

 流れで心を奪われそうになってしまった。

 平常心平常心。仮にも私は王子の婚約者なんだし!

 でも事実、あそこに私が居たことを心配してくれるだなんて、本当に嬉しい。


「ええ。件の生徒もどうやら本気ではなかったようで、銃も偽物だったのです。学園長と話す内に彼も落ち着きましたわ」


 教室に戻る前、皆で口裏を合わすために決めていた話を伝える。

 てっきりオーギュストもタブローの仲間なのかと思ったら、どうやら彼は一般人らしい。

 画家の名前を持っていたとしても、プネウマがあるとは限らないんだね。

 クロードと歩いている時に聞いた。

 と言っても、私が気まずさから一方的に話しかけ、クロードは適当に返答しているだけだったけれど。

 なんか、私クロードに嫌われてるっぽい。

 視線が冷たいし、明らかにレオナルドと話していた時よりも険があるし。

 元のサンドラがどんなものか正確に理解してないけど、かなりの我儘令嬢だろうとは思うから、そうのせいかな?


「そっか。さっきクロードから聞いたよ。でも怖かっただろう? 無理はしないでね」


 っ……眩しいッ!!

 笑顔が! 爽やかな笑顔の破壊力がッ!!


 優しい〜!!

 ホント優しい!! これこそイケメン!!!

 無理! もう無理!!

 奴は私の大事なものを盗んで行きましたわ!!


 脳内で一人お祭り騒ぎだ。

 これが委員長としての役目を果たしているだけだとしても、一人でも優しくしてくれる人が居て、本当に心が軽くなった。



 元々始業式の日は授業はない予定だったから、そのままHRをして解散になった。

 初日からこうだとは、先が思いやられる。





 いろんなことがあり過ぎて混乱する頭を抱えながら家に帰ると、心身ともにへとへとになっていた。

 ロッセリに全てを任せて着替えと湯浴みを済ませたら、ベッドに転がりたい衝動を必死に抑え、自室の書物机に向かって今日分かったことの整理をする。


 ・本来の画家とこの世界の人物は性別が異なることがある。

 ・画家の生きた年代と、この世界の人々の年齢は無関係(明らかに後世の人物が年上なこともある)。

 ・プネウマは一般には知られていない秘密の力。

 ・プネウマはその画家にちなんだ能力である。

 ・プネウマは一人1つ(ただし私は複数使える)。

 ・人の紹介コマンドは、私がその人の名前を知らないと表示されない。

 ・プネウマの紹介コマンドは、私がその人の名前を知っていて、かつプネウマを使用している所を目撃しないと表示されない。

 ・画家の名前を持っていても、プネウマがあるとは限らない。


 こんな所かな? そう思って日本語で書いたノートを眺める。

 神様の配慮か、普通に日本の学生が使うようなノートと鉛筆が存在しているから、なんとも書きやすかった。

 いやそれは良いけどさ、コマンドにこんな制限付けたりしないで無条件に見せてくれないものですかね神様〜。


「ごめんごめん。世界を創るにも色々ルールがあってさあ」

「へー。神様も自由じゃないんですね……ってうわっ!!!! 何!!!!?」


 急に横から声をかけられ、思わず椅子から転げ落ちてしまった。

 机の脇にある窓から、私をこの世界に送った元凶が顔を出しているではないか。


「創作の神様!?」

「そうだよー。どうこの世界は。順調?」


 軽い!!

 窓枠に肘を置いて頬杖をつきながらニコニコと語りかける様は、さながら親しい友人への近況確認のようだ。

 ここは2階のはずなんだけど、どうやら最初に会った時のようにぷかぷか浮かんでいるらしい。

 今回は発光してない。普通の実体っぽいから、窓から上半身を覗かせている状態にヒヤヒヤしてしまう。

 これ、他の人には見えないのか不安になる。

 外に居る使用人とかに見られないかな……?

 ってそれよりも。


「どうもこうもないですよ!! この世界、まさかの乙女ゲーム系じゃなくてなんで異能バトル系なんですか?」

「うーーん。まだ何系の話にするか決めてないんだよねえ。バトルもある恋愛モノにするかもしれないし。この世界の仕上がり次第だよ? 大体いつもそんな感じなんだー」

「そんな……行き当たりばったりな……」


 私は思わず床に手をついて項垂れる。

 世界を創るのに、プロットも何もあったものじゃない!


「でも解説も付けてるしさ、プネウマも複数持ちにしてあげたじゃない。君の好きなボッティチェリにしてあげたし。かなり配慮してあげたと思うんだよねー。だから頑張ってね!」

「頑張ってって言われても……」


 勝手に転生させといて、なんて押し付けがましい奴なんだ。

 まだ自分が死んでしまった事実をきちんと受け入れられていないのに!


「大丈夫大丈夫! 君に主人公としての役割を期待してる訳じゃないから、気楽にね! 今の所はまあまあな働きぶりって感じかなー。やっぱり1回目とはちょっと違って面白いよ。じゃあ、ぼくはそろそろお暇するから。またね〜」

「ちょっと! じゃあ誰が主人公なんですか!? 私の役割ってどういう!? おいこら待てーーーー!!!」


 私の叫びも虚しく、ひらひらと手を振ったまま、創作の神は消えてしまった。


 なんなのよ! 顔出したって何の助けにもならないじゃないあの馬鹿神!!

 何系の話かも決まってないんじゃ、どうするのが正解か分からないし!


 私が主人公じゃないってことは、いわゆる悪役令嬢の逆転モノは考えてないってこと。

 だとすると、主人公として一番考えられるのはアンナ。

 男性主人公ということも考えられる。

 そうなると案外フィンセントやクロードの可能性もあるかもしれない。

 レオナルドは……ポジション的にないかな? どうだろう……。

 そして私は、高確率で物語の悪役。いや……ただ嫌味なモブの可能性もある。


 いやだ!! そんなのやりたくない!!


 頭を抱えて唸るけれど、今日一日樽をフル稼働させて動き回ったので、本当に疲れ果てていたらしい。

 本能がベッドを欲していたのか、気付いたらいつの間にかベッドで眠っていた。


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