第12点 2枚の「肘掛け椅子」
「いやあ。ボッティチェリさんは美味しそうに食べるなあ。知らなかったよ」
オーギュストが頬杖を突きながら、ニコニコして言う。
なになに? 「美味しそうに食べる君が好き」って?
いや、それは幻聴か……。
「だって事実美味しいですし……。ああ、それと同級生なのだしサンドラでよろしくてよ」
「えっ!!?」
オーギュストとクロードが、こっちがびっくりするほど驚いている。
きょとんとする私とアンナ。
そんなに驚く?
「ボッティチェリさん、『私の尊い名を呼んでもいいのは家族とレオナルド様だけ』と豪語していませんでしたか?」
クロードに訝しげな顔で見られる。
なるほど……。
いやはや困りますよサンドラちゃん。
ちょっと発言が痛々しすぎますわ……。
「休みの間に、色々と自分を見つめ直してみたのです。そして思ったのですわ。クラスメイトは大事にすべきだと」
「自分を見つめ直した、ねえ……」
「いいじゃないかクロード! 僕は嬉しいよ。それじゃあ、これからはサンドラさんと呼ばせてもらうね!」
「では、私もオーギュストと呼んでもいいかしら?」
「もちろんだよ!」
やったー!!
名前呼び出来るクラスメイトが出来たわ!!
これはもう友達と呼んで差し支えないのでは!?
オーギュスト! あなたとはもっと親しくなりたいわ!
なんちゃって!
「あの……先輩。私もサンドラ先輩って呼んでもいいですか?」
「ええ。 じゃあ私もアンナと」
「やったー!!」
アンナ、可愛いなあ。
前世合わせてもこんなに後輩に慕われたことないわよ。
しかもこんなに純粋で可愛らしい後輩なんて!
「そう言えば、ルソーさんは平民だって挨拶の時言ってたよね」
オーギュストがにこやかに尋ねる。
会話を回そうとしてくれているのが分かる。
できる男。コミュ力お化けだわ。
「はい、そうです。父は税関の職員でして」
「へえ! それはすごいエリートじゃないか! 僕もそうなんだよ。うちは仕立て屋なんだ。あ、サンドラさんにもよくご贔屓いただいてるんだよ」
おお! なんとそういう裏情報があったのか!
公爵令嬢であるサンドラがドレスを作るくらいだから、かなり人気どころなのではないだろうか?
「クロードの家は花屋なんだ。と言っても、王宮にも花を卸しているような大きな店だけれど」
へー。
クロードも平民だとは聞いていたけれど、どうやら大きな商店の裕福な家の出のようだ。
当の本人は、自分のことだというのに我関せずでパスタを口に運んでいる。
本当に興味がなさそうねクロードさん。
「そう言えば、二人はどういう関係なの?」
「昨日、私が危ない所をサンドラ先輩が助けてくれたんです! カッコよかったな〜颯爽と犯人の前に立ちはだかってくれて」
オーギュストの問いにアンナが答える。
思い出の美化が過ぎるな。
まず立ちはだかってない。転がり出ただけだから。
「へえ! サンドラさん、そんなことをしたの!? 本当は正義感あふれる優しい人だったんだね!」
「あの時は私も必死で……。アンナさんに怪我がなくて良かったわ」
秘技! オーギュストの前で聖女の如き優しさを見せつけるの術! キリッ!
ほら、いいなと思ってる人には少しでも好印象を持って貰いたいじゃない?
おいそこクロード! 冷めた目をしない!!
「ってあら。あそこに居るの、ゴッホさん?」
ふと、クロードの背後にツンツンした赤毛が見えた。
覗いてみると、私たちのテーブルから3つほど離れた後方に、フィンセントが誰かと食事をしているのが目に入る。
黒髪の……私たちよりも年上、20代くらい? 紺のスーツを着崩して身につけている男性と一緒だ。
「あの人は?」
私が聞かずともアンナが聞いてくれた。
思わず聞きそうになった所だったので、危なかったわ。アンナさまさまだ。
「あの人は、経済のゴーギャン先生だよ」
オーギュストが笑顔で答えた。
……ゴーギャン!
ゴーギャン、君は先生だったのかい!
驚きを隠せないでいると、目の前に件のコマンドが現れる。
—————————————————————
|ポール・ゴーギャン
|代表作『我々はどこから来たのか
| 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』
|
|ポスト印象派と言われる画家。
|ゴーギャンは、ゴッホとフランスのアルルで
|共同生活をしていたことでも知られている。
|『黄色い家』と呼ばれる借家を
|共同アトリエとしようと考えたゴッホは、
|画家たちに招待の手紙を送ったものの、
|賛同したのはゴーギャンだけであった。
|最終的に仲違いして別れたものの、
|互いの作品への尊敬は持っていたようだ。—————————————————————
そう。ゴッホと言えば、ゴーギャンの存在無くして語れないだろう。
ゴッホは『ひまわり』を計7点描いているけれど、最初の4点はゴーギャンの部屋を飾るために描いた、とも言われていて、ゴーギャンを大歓迎していたことが窺える。
講堂で起きた例の事件の時に、レオナルドが「壁はポールに直してもらう」と言っていた。
ポールとはゴーギャンのことだろう。つまり、ゴーギャンもプネウマを持っているに違いない。
そうじゃないかなーなんてちらりと思ってたんだよね!
「フィンセントはあれでも伯爵子息ですから。同じく伯爵家のゴーギャン先生と幼馴染だとかで、とても慕っているらしいです。昼休みはいつも一緒に食べているようですよ」
クロードがちらりとフィンセントの方を振り返りながら言った。
それは……なんとも。
フィンセントも私と同じくぼっちくんか?
クラスにお友達いるのかしら?
……現実のゴッホも友達少ないもんなぁ。
にしても、フィンセントが必死にキラキラした顔で話しかけているけれど、ゴーギャン先生は半ばうんざりめに話を聞いている。
なんとなく、二人の関係性がよく現れているような気がしてしまう。
実際に話した訳じゃないから知らないけどさ。
っていうか、さっきから気になってるんだけど。
「ねえ、あのゴーギャン先生が座ってる椅子、なに……? 玉座?」
食堂の椅子はどれもいたって普通の背もたれ付きの椅子だというのに、ゴーギャン先生だけやたらと立派な椅子に座っているのだ。
金色の縁取りがされた、赤いベルベット生地の座面。肘掛けも繊細な彫刻が施されているらしい金色。
普通に玉座だろ。王宮から持って来ちゃったの?
「ああ。あれは、ゴッホくんがゴーギャン先生のために用意した肘掛け椅子だよ。ゴーギャン先生腰痛持ちらしくて、わざわざ用意してあげたらしいよ。それだけ慕っているんだろうけど……やっぱり気になるよねえ」
あはははとオーギュストが笑いながら教えてくれた。
けど……ゴーギャンの肘掛け椅子。
それって……。
—————————————————————
|ゴッホは共同生活を営むことになった
|ゴーギャンのため、一脚の椅子を用意した。
|それが、フィンセント・ファン・ゴッホ作
|『ゴーギャンの肘掛け椅子』の絵の
|モチーフとなった椅子だ。
|自身は質素な椅子しか持たなかったのにも
|かかわらず、
|ゴーギャンには上等な肘掛け付きの椅子を
|用意したゴッホ。
|彼の死後、ゴーギャンも肘掛け椅子を
|絵に残している。
|座面にひまわりを乗せた、肘掛け椅子を。
—————————————————————
神様、解説ありがとう。
そう、ゴーギャンの肘掛け椅子と言えば、とても切ないアイテムなのだ。
ゴッホがこの椅子を描いた時、既に二人は仲違いしていた。
だからゴッホは、肘掛け椅子にゴーギャンを座らせるのではなく、まるで持ち主の不在を強調するかのように、ろうそくと本を置いて描いた。
結局、二人は共同生活を解消してしまい、ゴッホはその後、自ら命を絶ってしまう。
そしてゴーギャンも晩年、肘掛け椅子を絵にした。
『まるで、肘掛け椅子がひまわりを抱きしめているかのようだ』とは、誰の言葉だっただろう。
ゴッホとゴーギャンの複雑な関係について、誰もが空想せずにはいられない。
っていう特別な椅子なんですよ! ゴーギャンの肘掛け椅子っていうのは!!
なのに何あれ!
合ってるのは「肘掛け椅子」という形状だけ。
あんな頭のおかしい玉座じゃ、なんか違う。全然違う!!!
二人のエピソードでも好きな話なのに!
夢を返して!!!!
言いようのない切なさが胸に広がり、そのあとは黙々と食事を終えた。
唯一、オーギュストが「どうしたの? 食べ過ぎ?」と顔を覗き込んでくれたのだけは役得だった。
あんなんドキッとするもん。
やめて! もう心臓いくつあっても足りない!!
そのまま4人でたわいもない会話をしながら食堂を後にする。
なんやかんやと話しながら廊下を歩いていると、まるで普通のお友達のようで、なんだかちょっとくすぐったい気持ちになる。
「先輩! また放課後に!」
「ええ、またね」
『旧館』の一階で、手を振ってアンナと別れる。
ぶんぶんと手を振って去っていく様は、まるで大きな犬のようだ。
「放課後は生徒会の仕事?」
「ああ」
「初めての生徒会にちょっとドキドキするわ」
そう、今日の放課後。
私たちはタブローの集まりに呼ばれている。
なんと、この学園に秘密基地があるらしいのだ!
まだ会えていない他のメンバーも今日は居るらしい。
ちょっとワクワクする!
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