第11点 舟遊びはしてないけど昼食

 あんな事件があったのだから、しばらく学校が休みになっても良さそうな所だけれど、翌日から普通に学校が始まった。

 公には「あれは偽物の銃で本気ではなかった」という扱いになっているからかな。

 これは後から聞いた話だけれど、あの犯人の生徒は退学となった。

 誰かに操られていたとして、それを公にする訳にはいかない。

 それに騒ぎを起こしたのは事実だから、そのままお咎めなしとは出来なかったのだろう。

 彼は地方出身の貴族だったそうで、人々の噂が風化するまで、領地に戻ることにしたようだ。

 国からも多少の援助が出たということだけれど、きっと彼の人生は、大きく変わってしまっただろう。

 彼は歴とした被害者だ。



 で。

 私も今、大きな困難に直面している。

 勉強が、まるで分からない!!

 アカデミーの勉強の多くは歴史や経済、教養の勉強だから、私の前世の知識が全く当てにならないのだ!

 始業式の前日に、ロッセリから地理や簡単な一般常識を詰め込んでもらったけれど、その程度じゃ全然話にならないよこれ!

 初日の私はもう完全に頭がパンクしてしまって、お昼になる頃には茫然自失状態だった。


 そんな訳で、お昼の時間になったことにしばし気付かなかった。

 気付いたら教室には既に人もまばらで、どうやらみんな食堂に向かったらしい。

 校内の地図を見たから食堂がどこにあるかは大体分かってる。

 けど、正直システムが分からない。

 お金は払わなくていい系のやつなのか?


 悩んでいても仕方ない。

 腹が減っては戦は出来ぬのだ。

 とりあえず食堂へ向かおう。

 そう思って、席を立った時だった。


「ボッティチェリ先輩! 一緒にランチに行ってもいいですか!?」


 教室の扉をガラリと開けて、なんとアンナがやってきたではないか。

 一年生の教室は『新館』の方だったはずだけど……だからかな? 心なしか息が上がっている。

 急いでここまで来た感じ?

 昨日も思ったけれど……なんか彼女、やけに懐いてない?


「あっ、ごめんなさい。先輩もお友達との約束ありますよ」

「いえ大丈夫よ行きましょう」


 思わず被せ気味に答えてしまう。

 ええ。

 私ぼっちですから。全く気にしなくていいのよ。

 とは流石に言えず、さも優しい先輩かの如くにこやかに微笑むと、アンナの手を取り食堂へ急ぐ。

 周囲の「友達なんている訳ないじゃん」の視線が痛いから!

 早くここから去りたいのよぉ!!


 食堂のある棟と『旧館』は一階の部分が渡り廊下で繋がっている。

 食堂とは反対側の渡り廊下で『新館』へ行くことが出来る。

 私たちは階段を降り(私はひいこら言いながら)、ずんずん早足で食堂へ向かっていたら、渡り廊下でクロードとオーギュストに出会った。


「あれ、ボッティチェリさんと……新入生代表だったルソーさんだよね? どうしたの、珍しい組み合わせだね」


 オーギュストがキラキラ爽やか笑顔で声をかけてくれる。

 相変わらず眩しい!

 多分顔で言ったら隣にいるクロードの方がイケメンだとは思うけれど、やっぱり断然オーギュストだわ!

 クロード無愛想すぎるもの!!


「実は私たち、生徒会にお誘いいただいたの。ね?」

「はい! 二人とも庶務なんです!」


 あの後、学園長室で打ち合わせた通り説明する。

 そう、『タブロー』の隠れ蓑として存在する生徒会は、当然ながらタブローメンバーしか入れない。

 つまりいくら自推他推しようが、その他のメンバーは入れないのだ。

 故に、「生徒会は完全指名制。誰が選ばれるかは、生徒会のみぞ知る」と言われているそうだ。


「へえ! そうなんだ、すごいじゃないか! クロード、急に女性が二人も増えて生徒会も華やぐんじゃない?」


 オーギュストが目を輝かせて喜んでくれる。

 彼の言葉にクロードは曖昧に返事をするだけだけど、オーギュストが心から祝福してくれてるのは分かる。

 本当にいい人。他人の幸運を喜べるのはいい人かつ余裕のある人の証拠よ!


「ええ。だから、親睦を深めるためにも一緒にランチを食べる約束をして。ねえルソーさん」

「はい! 私がお願いしたんです!」


 アンナの顔もキラッキラ。

 ここだけ妙に明るくない?

 オーギュストと合わさって、次世代エネルギーになりそうよ?


「そうなんだ! もし良ければ、僕たちと一緒にどうかな? ついでに食堂の使い方を教えてあげるよ」


 オーギュストはそう言うと、ちらりと私に目をやった。

 これは……「記憶が曖昧で食堂の使い方が分からないかもしれないから、僕が代わりに教えてあげるよ」的アイコンタクトでは!?

 うそ、好き!!


「クロード、良いかな?」

「……別にいいけど」


 オーギュスト、隣の友人は大丈夫?

 クロードすっごく嫌そうだけど。

 いかにもたくさんの人とつるむの苦手そうだもんなぁ。

 でも、オーギュストとは本当に仲がいいんだね。

 教室でもよく一緒に居るの見たもんな。


「ルソーさんはどうかしら。構わない?」

「あっはい! 先輩が一緒ならなんでも構いません!」


 このイケメン二人を前にして、それはどうよ。


 で結局、私とアンナ、クロード、オーギュストの4人で食堂に行くことになった。

 オーギュストがアンナに説明するていで、私にも食堂の使い方を教えてくれる。

 窓口で料理を注文すると、なんか不思議な石を渡されてスタッフの人が席まで運んでくれるんだって。

 その石を持ってると、対になる石で位置が分かるらしい。

『探索石』という名前だそうだ。

 ゲームとかの魔石みたいなもの? 急にファンタジー出してくるな。

 食堂でお金を払う必要はなくて、頼んだ分次の学費に上乗せされるシステムらしい。

 貴族や裕福な平民ならいいけれど、そうでない子も居る。

 だからか、料理を注文せずにお弁当を食べている人もちらほら。

 持ち込みもOKなんだね。


 料理を注文して、私たちは窓際の席に座った。

 この食堂、中庭側の壁が一面ガラス張りになっており、とても明るい。

 の割に、窓際でも暑くないのが不思議。

 これも探索石のような魔石チックなものの効果だろうか?

 食堂にもバイオリンの音色が響いていて、ちょっといいレストランに居る気分になれる。


 私はとりあえずAセットの合鴨のロースト(サラダと白パン、コンソメスープ付き)にした。

 いや学園の食堂で合鴨のローストて。

 お値段もかなりのものでしたわよ。

 ……でも、人のお金で食べるお高いものは美味しいのお。

 あの嫌味なお父様でもこんな時は感謝だ。何せお金持ちなんだもん!

 そう思いながら、幸せに浸り至福のお食事タイム。


 この樽を人並みに稼働させるには相当なエネルギーが必要なのだ。

 決して私が食い意地を張っている訳ではない。

 あえていうなら、この油の乗った美味しい合鴨がいけない!

 美味い! 美味すぎて0.3秒くらいで消えた気がする!


 そんな風に口一杯に料理を頬張って堪能していた私を、オーギュストが笑顔で見つめていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る