第8点 印象ではわからない
所変わって、ここは学園長室。
重厚なマホガニーのデスクに座るレオナルドの前に、先ほど講堂に居たメンバーが揃っている。
先ほどまで、暴れていた男子生徒からの聞き取りを行っていたのだ。
男子生徒から聞き出せたことは、「何も覚えていない」ということだけだった。
家を出た瞬間から男子生徒の記憶は曖昧で、とにかく「講堂で騒ぎを起こさなければならない」という強迫観念に襲われたという。
銃も元々男子生徒の物ではなく、一体いつどのように入手したのかも分からないそうだ。
これはレオナルドの能力を使って聞き出したことだから、嘘をついていることはあり得ない。
つまり、今回の件は明らかに、何者かの介入があったということだ。
「これはやはり……例の事件の流れでしょうか」
アッシュグレイの髪の生徒がレオナルドに言う。
レオナルドは某ロボット系アニメの総司令官よろしく、デスクの上で両手を組んで口元を隠しながら、静かに頷いた。
「間違いないだろう。状況があまりに同じだ」
「では、『タブロー』の出番ですね」
アッシュグレイの髪の生徒が頷く。
「あ゛ーーー! めんどくせえ!」
「口を慎め。お前はいつも……」
フィンセントが吠え、アッシュグレイの髪の生徒が嗜める。
それなりに親しい間柄のようだ。
「静かに。アンナ・ルソーくん、君に提案がある。我らが『タブロー』に入らないか」
そう言ってレオナルドはアンナに問いかけた。
アンナはえっえっと動揺して挙動不審になっている。
無理もない。学園長からなんだかわけ分からん謎の勧誘を受けているのだから。
てか『タブロー』って何よ。
話の流れとしては、組織の名前?
「『タブロー』というのは、君も持っているその特殊な力、プネウマの所有者で結成した秘密組織だ。学園内で自然に活動できるよう、対外的には生徒会という体をとっているがな。巷で起きている不可思議な難事件を解決をすることが目的だ。
ああ、自己紹介がまだだったな。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。この国の第一王子であり、アルス学園の学園長だ。生徒会の相談役ということになっている。『タブロー』は創始者から引き継いでね。現在は私が統括をしているんだ」
レオナルドの言葉に、アンナも私も驚愕の顔で固まった。
急に少年漫画感出てきたよ?
乙女ゲームから遠ざかってんじゃん。
つまり表の顔は生徒会、裏の顔は悪と戦う秘密組織ってこと?
なんそれ! 少年漫画ないし青年漫画よそれ!!
異能バトルものじゃん!!
アンナだけを見て私のことを完全に無視してるのは、その『タブロー』に私も所属してるってことなんだろうか。
あ、じゃあ私にもプネウマがあるのかな?
「俺は2年のフィンセント・ファン・ゴッホ。生徒会では書記ってことになってる。一度しか言わねえからな」
私が一人唸っていると、続いてフィンセントが自己紹介をした。
なんとフィンセント同じ学年か!
しかし腕を組みこちらを見下ろすように顎を上げていて、超態度悪い。
宝石のように美しい碧眼を細めて、眉間に皺を寄せているじゃないか。
せっかくイケメンなのに態度の悪さで台無しだよ!!
本物のゴッホってもっと影背負った感じの厭世的な人のイメージなのに、なんでこのゴッホはヤンキーなの?
キャラ設定間違ってないですか神様!
私の心の声がダダ漏れていたのか、フィンセントは私をキッと睨み、ぷいと顔を背けてしまった。
何かしました私!? ……いや、何かしたのかもしれない。過去のサンドラが。
そんなフィンセントに続いて、アッシュグレイの髪の男子生徒が一歩前に出て口を開く。
「同じく、2年のクロード・モネと申します。生徒会では会計ということになっています」
モネーー!!!
あなたモネだったのね!!
モネの名前はかなり有名だから、知っている人も多いだろう。
いつまで経っても名前が出てこないから、あと何回「アッシュグレイの髪の男子生徒」って言わなきゃいけないかと思ったわ!
長いのよ!
アッシュグレイの髪は短く切り揃えていて、ダークグレーの瞳は何の色も湛えていない。
美男子には違いないけど、とにかく無表情なのよ。
言われてみればモネっぽい……いや、やっぱり見た目じゃ分からないな。うん。
彼もプネウマを使ってくれれば分かったかもしれないのに。
そこでようやく、コマンドが現れた。
—————————————————————
|クロード・モネ
|代表作『睡蓮』『印象・日の出』
|
|モネやルノワール、セザンヌなどの画家を
|総じて『印象派』と呼ぶが、
|これはモネが描いた『印象・日の出』から
|名付けられたものである。
|風景画をよく描き、晩年はフランスの
|ジヴェルニーに居を構え、
|庭づくりに勤しんだという。
|ルノワールとは生涯仲の良い友人だった。
————————————————————
うーーん。
なるほど。
このコマンド、どうやら私が彼らの名前を知ると出てくるみたい。
フィンセントとクロードのプネウマに関するコマンドが出てこない辺り、どうやら名前を知った上でプネウマを使っているところを見る必要があるんじゃないかな。
ふむふむ。ちょっとセオリーが分かってきた。
「そもそも、プネウマが何なのか知っているかい?」
コマンドに気を取られていたら、レオナルドがアンナに尋ねた。
アンナと彼らの関係も分からない。
どうやらアンナはみんながプネウマを持っていることは知っているようだけど、タブローのことは知らないようだし……。
話ぶりからして、プネウマの存在が周知の事実という訳でもなさそうだ。
「いえ……。ただ、昔から他の人にはない不思議な力があるということだけ認識していて、『プネウマ』という言葉ですら学園長の手紙を見るまで知りませんでした」
アンナの言葉に、レオナルドは静かに頷いた。
その回答を予想してたみたい。
「プネウマは、かつて自然と一体であった原始の人間には皆一様に備わっていた力なのだ。命の根源、魂そのものの力と言おうか。時の流れとともに、自然と人間の乖離が進むにつれ、プネウマを持つ人間の数はずっと少なくなり、やがてただの伝承の中だけの存在となった。
だが、そのプネウマを持つ人間は、現代にも僅かながら存在する。それが私やルソーくん、ここに居る彼等のような者だ。血の濃い貴族に現れることが多いが、平民でもプネウマを持つものは居る。君やこのクロードがそうだ」
そう言ってレオナルドはクロードを見遣った。
随分気品があるように見えたけど、なんとクロードは平民らしい。
つまりフィンセントは貴族ということだ。逆じゃない?
「プネウマの存在は、あえて秘匿されている。かつてプネウマの所持者を巡って略奪や闘争が起きたことがあってね。国として、プネウマの所持者の保護と徹底的な情報統制を行った。もう100年は前の話だ。それ以来、プネウマは人々の中で幻の存在になった。知っているのは、現にプネウマを所持する者と、国王のみだ」
ああ、そこはただ単に「騒ぎになるから」とかじゃなくて国策なんだ。
つまり歴代の国王にはその秘密が引き継がれてるってことなのかな。
もしかしたら、レオナルドはプネウマを持って生まれたからこそ、例外的に知っているのかもしれない。
「我々には、君のようなプネウマを持つ人間を探し出す術がある。色々と制限はあるがな。だから事前に君に連絡が取れたという訳だ」
「私たちに力を貸して欲しい。現在王国全域で、先ほどのような怪事件が頻発している。突如として温厚だった人物が凶行に走るのです。そしてその前後の記憶がなくなっているという共通点があります。予想するに、黒幕もプネウマを使っている可能性が高い」
「つまり俺たち『タブロー』の出番って訳だ」
レオナルドの説明を、クロードとフィンセントが引き継ぐ。
なるほど。
彼らの眼中に全く私は居ないけど、アンナへの説明でよく分かった。
タブローなる謎組織の活動目的とその力。
要は秘密異能集団が同じく異能を持つ悪人たちを成敗! ってことね。
その設定で学園、いる?
ちょっと詰め込み過ぎじゃない神様。
やっぱり「高校生が人知れず異能バトルで世界を救う」みたいな様式美なんですかね……。
ていうか、ずっとずっと気になっていることがあるのだけども!
「はい! あの! 私のプネウマでもお役に立つでしょうか!」
思わず授業中に質問するノリで手を上げてしまった。
いやだって。
ずっと私の存在をスルーで話が進んでいくんだもの。
みんな私のこと見えてる? この樽だから視界の一定領域を占めているはずなのにどうしてそんなに無視できるわけ?
って思っちゃったんだもん。
いやそんなことはいいんだけど、ずっと気になってたこと。
私にもプネウマってあるのか? あったとしたら何なのか。
でもそれをズバリ言うと記憶がないことがバレちゃって余計不審がられそうなので、あえて変化球な質問にしてみたのだ。
私って頭いい。
「はっ! お前のプネウマがぁ? ただ花を吐き出すしかない能力でどうすんだよ。つかお前、タブローメンバーでもない癖に毎回来んじゃねぇよ!!」
なななっ何ですとー!!?
タブローメンバーじゃないの!? 何で来てたのよサンドラ!
さてはレオナルドを追いかけて引っ付いてるだけだな!?
しかも花を吐き出すしかないって何!!?
何なのその能力使えない上に気持ち悪い!!!
もっと他になかったわけー!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます