第7点 煙のような終幕


「うッ……!!」


 なんと、さっきまで銃を握っていた男子生徒が右手を押さえ呻き声をあげている。

 足元には、銃身がひしゃげた銃が転がっているではないか。銃身から煙が上っている。

 すごい! あのビーム、この拳銃にズバッと当てたってこと……ってそもそもなんでビーム!?


「お前! こんなとこでそんな物騒なもん出すんじゃねーぞ!!」


 さっきビームを打ったらしい赤毛の男子生徒が声を張り上げる。

 まず間違いなく命の恩人なんだけど、なんかこう……不良みたい。

 ネクタイゆるゆるでシャツもズボンから出してるし、赤毛はツンツン立っている。

 この学校、あんな感じの生徒もいるんだな……。


 銃を壊され、さっきまでぶるぶる震えていた男子生徒が今度は懐からナイフを取り出す。

 めっちゃ準備してきてる! こんなのテロじゃん!!!


 そう思っていると、震える男子生徒に向かって不良生徒(仮)が右手の人差し指と中指を伸ばして、まるで拳銃のように構えた。

 ま、まさかあれでビームを打ったの……?


「やめろフィンセント! あとは私に任せるんだ」


 そう言ってレオナルドが駆け寄ってくる。

 フィンセント? それってもしかして……。

 そう思い不良生徒(仮)を見ると、彼の前に件のコマンドが。


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|フィンセント・ファン・ゴッホ

|代表作:『ひまわり』『星月夜』

|言わずと知れた不遇の天才画家。

|生前にはたったの一枚しか絵が売れず、

|その価値が見出されたのは彼の没後のこと。

|斬新でまるで魂を削って描いたかのような

|力強い絵画は、他と一線を画す。

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 やっぱりゴッホ!

 あの赤毛と名前でもしかしたらと思ったら、やっぱり!

 なんであんなに不良みたいなの!?


 私が混乱している内に、レオナルドが男子生徒の前に躍り出る。

 ナイフを振り上げ、レオナルドに斬りかかろうとした男子生徒の顔の前に、彼は右手を広げた。


「<境界なき自我スフマート>」


 レオナルドがそう唱えると、どういう訳か男子生徒の動きがピタリと止まった。

 これもプネウマという奴の力だろうか。

 そう思った所で、目の前にまたコマンドが表示された。


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|レオナルド・ダ・ヴィンチ

|プネウマ<境界なき自我スフマート

|レオナルドと当時の他の画家との大きな

|違いは何か。

|それは「輪郭線を描かない」ということだ。

|現実の世界に輪郭線は存在しないと

|気付いたレオナルドは、

|古典的な輪郭線を用いる絵画の技法を

|良しとせず、

|『スフマート煙のかかった』と呼ばれる技法で、

|徹底的に輪郭をぼかすことにした。

|レオナルドのプネウマ<境界なき自我スフマート>は、

|相手の自我を曖昧にし、

|意志薄弱にさせる効果がある。

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 なるほど、これがプネウマ……!

 ちゃんと解説出してくれるんですね創作の神様!

 スフマートだから自我を曖昧に……って、じゃああの男子生徒の意識を弄っててるってこと?

 なかなかハードな能力をお持ちですね!?



「いいか。大人しくするんだ。これから君は私たちと一緒に来てもらう。そして何があったのか、洗いざらい話すんだ」


 レオナルドがそう言って右手を離す。

 すると、どこかボーッとしたような男子生徒の顔が見えた。

 目の焦点が合っていない。

 何だか、催眠術にでもかかっているかのようだ。

 実際それに近い状態なんだろう。



「さあ、みんな行こう」


 レオナルドが周りを見回して言う。

 気付けば、私以外にこの場に居る人物はごく僅かだった。

 さっきまで暴れていた男子生徒とレオナルド、アンナ、フィンセント。

 それからもう一人、アッシュグレイの髪の男子生徒だ。

 他の生徒たちは全員外に逃げ出したらしい。

 っていうか先生も居ないじゃん!! それってどうかと思うよ!!?


「しかし困りましたね。状況収集が大変です」


 アッシュグレイの髪の男子生徒が言う。

 随分と落ち着いた喋り方だ。

 困ったという割に一切表情が動いていない。

 本当に10代の少年かと疑わしい。


「フィンセント、君が先走ったせいだぞ」

「なっ! だってよー!」


 アッシュグレイの髪の生徒が無表情のままフィンセントに言う。

 フィンセントは頭をガリガリと掻いてバツが悪そうな顔をした。


「そうだな……。壁は後でポールに直してもらうとして、音を聞いた生徒も居ただろう。彼らに何と言うか考えなければ」


 レオナルドが神妙な顔で顎手を当てて言う。

 もしかして……プネウマとやらが使えるのは周囲に秘密なのだろうか。

 確かに、ロッセリは「魔法なんてこの世界にない」と言っていた。

 それにさっきのコマンドでも「選ばれし者だけが持つ」って書いてあったしな。

 そうなると……さっきのビームはそれなりの音量だった。

 あれを誤魔化さなければいけないのか。

 それはなかなか至難の業……。



「あの……。音なら大丈夫です。私、咄嗟に力を使ったんで……」


 恐る恐るといった様子で、アンナが手を挙げる。

 まさか、アンナもプネウマ持ち!?

 そう思った瞬間、アンナの前に、新たなコマンドが表示された。



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|アンナ・ルソー

|プネウマ<幻想的な静寂>

|ルソーの絵画は、

|「静寂」と表現されることがある。

|『眠れる旅音楽師』は、旅に疲れたのか

|マンドリンと水差しを地面に置いて

|砂漠で眠る一人の女性を描いている。

|そんな彼女を、一匹のライオンが見つけた。

|月に照らされるこの2人の関係は、

|ともすれば一触即発。女性の危機である。

|だが画面に流れる空気は、

|幻想的な静寂に包まれている。

|アンナ・ルソーのプネウマ

|<幻想的な静寂>は、

|指定した範囲の音を消し去るものである。

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 なるほど。アンナはプネウマで、この講堂内の音を外側に漏らさないようにした、ってことか。


「それが君のプネウマか。さすが、期待の新入生だけある」


 そう言ってレオナルドは青い瞳を細めてにっこりと笑った。


 うわ、すごい破壊力!! 美形恐ろしい!!

 昨日は一度もそのように笑いませんでしたよね!?


「助かった。怪我はなかったか?」

「は、はい……!」


 アンナもどこかポーッとした顔でレオナルドを見つめている。

 そりゃそうだよ。ここまで美形ならね!


「そう言えばサンドラ、君も大丈夫かい」


 予想してた。

 予想してましたけど、ついで感が強すぎません!?














「さて。挨拶はこれくらいでいいかな」


 講堂の外。

 高いマロニエの木から、中を覗き見る男が一人。

 深くフードを被り、顔は確認することが出来ない。


「もっと無様に逃げ惑うかと思ったけど。残念」


 男はそう独り言ちて、ふわりと姿を消したのだった。

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