第9点 花と西風の共存
花を吐き出す能力って何!? 気持ち悪い!!
そう考えた瞬間、私の頭に言葉が閃き、思わずそのまま口に出してしまった。
「<クロリスの変革>!」
途端、猛烈な吐き気と共に口から次々に花が飛び出てくるではないか。
いやいやいや! やめてこれ気持ち悪っ!!
普通に嘔吐感と花の匂いで気持ち悪い上に絵面的にも気持ち悪い!!!
何の意味があるのよコレ!
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|サンドラ・ボッティチェリ
|プネウマ<クロリスの変革>
|
|ボッティチェリの代表作
|『春「プリマヴェーラ」』の画面右手。
|青いゼピュロスに言い寄られながら
|逃げている女性。
|これがクロリスであると言われている。
|ニンフであったクロリスは、西風の神
|ゼピュロスに攫われ妻となり、
|春と花の女神フローラへと変貌した。
|そのフローラも、中央のヴィーナスの隣で
|笑顔を見せている。
|クロリスの口から溢れる花々は、
|まさにフローラへの変革の兆しと言えよう。
|
|<クロリスの変革>は、口から
|大量の花を吐き出す能力である。
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「いや、なんなのよそれっ!」
ひとしきり吐き終わった後、思わず目の前に出てきたコマンドに突っ込んでしまった。
だって。
普通の人間にはない特別な力が備わってるならさ、もうちょっと違うのを想像するじゃん。
絵画の中では意味のあることでも、私の能力として備わってたらなんかこう、違うじゃん。
しかもこの花たちどうすればいいの?
確かにすごく綺麗な薔薇とアネモネだよ?
でもなんか私の体内から出てきたと思うと、気持ち悪すぎるでしょ。
構成成分が本物の花と同じなのかな? とか思っちゃうでしょ!
正直、クロードもフィンセントも呆れ顔だし、レオナルドも何考えてるのか分からない冷たい瞳で私を見つめる。
……なんだいなんだい!
私だって好きでこんなプネウマを持った訳じゃないんだからな!
「あ、ははは。これじゃあ役に立たないですよね……」
居た堪れなくなり、愛想笑いを浮かべながらいそいそと花々を自分で片付け花束にした。
無駄に綺麗。
それがまた虚しい。
「なんかこう、風とか扱えたりしないかなって思ったんですけどね。ははは」
私は花束を抱えたまま、何も面白くないのに痛ましく笑った。
どうせ持つなら、妻ではなく夫の方の能力が良かったよ。
私は『春「プリマヴェーラ」』の絵画を思い浮かべた。
花を口から出しながら逃げるクロリス。それを執拗に追いかける青いゼピュロス。
ゼピュロスは頬を膨らませながら眉間に皺を寄せ、クロリスへの激しい執着に顔を歪めている。
と。
次の瞬間。
また言葉が閃いた。
「<ゼピュロスの西風>」
私が呟くようにそう口にすると、一陣の風が部屋の中に巻き起こった。
「キャーッ!!」
「なっ! なんだ!?」
「すごい風だ!」
アンナ、フィンセント、クロードが腕や手で部屋中を舞う書類から必死に顔を守っている。
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|サンドラ・ボッティチェリ
|第二のプネウマ<ゼピュロスの西風>
|
|ゼピュロスの西風といえば、
|春を運ぶそよ風のことを指す。
|故に『春「プリマヴェーラ」』において
|ゼピュロスは、まさしく春の訪れを告げる
|象徴的な存在と言えよう。
|けれど、風は強かで自由だ。
|そよ風だけが西風の全てではない。
|ゼピュロスは、ヴィーナスを岸まで
|運ぶこともできるのだから。
|
|<ゼピュロスの西風>は、
|自在に風を操ることができる。
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ボッティチェリのもう一つの代表作『ヴィーナス誕生』。
画面中央に、海で生まれた愛と美の女神ヴィーナスが貝殻に乗っている。
彼女を岸へと運ぶのは、画面左、同じくクロリスを抱き抱えたゼピュロスだ。
口を大きく膨らませ、風を吹き出して、貝殻ごとヴィーナスを運ぶ。
その風は、きっとそよ風などではないだろう。
まあつまり、風の強さは自由ってことか。
「サンドラ! 君がやったのか!」
コマンド越しに、ただ一人、私を見つめているレオナルドの顔が目に入った。
それまで微笑で固定されていたレオナルドが、驚愕の表情を浮かべているではないか。
気持ちは分かるよレオナルド。
私も同じ気持ち。初めて気持ちが通じたね。
「っぽいですね! なんでだろ!」
私の言葉と共に風は弱まり、部屋は地獄の様相を呈していた。
書類は散乱し、応接テーブルはひっくり返っている。
みんな服も髪もボロボロだ。
あ、さっき私が持っていた花束も散乱して、一輪の薔薇がフィンセントの頭に乗っている。
気付いたフィンセントがばっちい物に触ったように花をはたき落とした。
ちょっと傷付く。
「ごめんなさい……」
流石に反省。
まさかこんなことになるとは思っていなかったとはいえ、この惨状はまさしく私のせいだし。
素直に謝るのが吉。
「一体どういうことだ……」
「プネウマの複数持ちなんて聞いたことねえよ!」
クロードとフィンセントが愕然とした表情で言う。
どうやら、プネウマは1人1つとういのが常識なようだ。
まさか私に<クロリスの変革>以外のプネウマがあるとは思わなかったのだろう。
もちろん、私も予想外な訳だけど……。
「何故、風が扱えると思った」
早くも髪を整えたらしいレオナルドが、私を真っ直ぐに見つめながら問う。
とても真剣な表情だ。
確かに先に私が「風を扱えないかな」って言ったからね。
でも、実際のところを言う訳にはいかない。
やっぱり、創作物の中の世界という話はしづらいし、頭のおかしい子だと思われちゃうし。
ここはうまく誤魔化さないと!
「えっと……なんとなく閃いた、です」
嘘が下手ぁ!!
自分で言うのも何だけど私嘘下手すぎぃ!!
ほら見てあのレオナルドの顔!!
0点のテストを背中に隠してる小学生のお母さんの顔してるもん!!
「閃いた……? いや、確かにプネウマはその力に関係する状況で突如閃くものではあるが……しかし、今のは決してそういうものでは」
「はははなんででしょうね! まさか本当に出来るとは思いませんでしたね!」
「笑い事ではないよ。これは今までにないことだ」
真剣な、それでいて信じられないものをどうにか理解しようとしているかのような葛藤を感じる顔でレオナルドは言う。
これは……予想以上に大変なことだったのか?
「こう、本当になんとなく、風なら扱える気がすると思ったんです。天啓と言うか……。上手く言えないのですけど」
むむむ。そうとしか説明のしようがない。
信じてお願い……!
「そうか……」
そう言ってレオナルドは少し考え込み、私を見つめて言った。
「サンドラ。やはり君もタブローに入るかい」
「学園長! 本気ですか!」
驚きの表情でクロードがレオナルに詰め寄る。
いや、そこまで? サンドラ、そんなに迷惑かけてたの?
まあ……そうなのかもしれない。
「私もですか……?」
「ああ。その風の力なら、我々の力になるだろう。どうだい」
レオナルドはまたいつもの微笑で問いかける。
感情が読めない。
本当に言葉通りの意味なのか……。
「あの! ボッティチェリ先輩が入るのなら、私も入ります!」
レオナルドへの疑念を遮り、予想外の所から声が上がる。
アンナだ。
って……なんか、アンナの顔がキラキラしているような……。
「遅くなってすみません! ボッティチェリ先輩! 先ほどは助けて頂きありがとうございました!!」
キラキラした瞳を向けたまま、アンナが元気よくお辞儀をしてくる。
助け……っていうか私はただ転がり出ただけで、助けたのはフィンセントの方じゃないかね?
「ただつい夢中で出ちゃったけど何の助けにもならなかったって言うか……」
「そんなことないです! あの時は花を吐くプネウマしかなかったのに、危険を顧みず出てきてくださって……。私感動しました! 貴族って怖いなって思ってたんですけど、先輩はすごく優しいんですね!」
うっ……!! キラキラしすぎて直視できない!
ほら見てフィンセントが「助けたのは俺なのに……」みたいな顔でいじけてるよ!?
私じゃないって!
「ははは。じゃあ決まりだね。これからよろしく、2人とも」
「はい!」
って私まだ承諾してないんですけど!
あの
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