第14点 タヒチでも敵は多かった
ジャン=フランソワ・ミレーとジョン・エヴァレット・ミレー。
確かに名前がよく似てる。しかも同年代。
こんな偶然は、確かになかなかないかもしれないよ?
でもね、本当に名前が似てるだけなのよ!!! 全く血縁関係にないし、「ミレー」のスペルだって違うのよ!!!
真っ赤っかの他人なのよ!!
どうして雑に双子にしちゃったの神様!?
「名前が似てて分かりづらいだろうから、フランソワとエヴァレットて呼んでね」
にこり、とフランソワが優しく微笑みかけた。
そうだね……。苗字だけじゃなくてファーストネームも似てるのよね……。
『落穂拾い』の前髪左分けがフランソワ。
『オフィーリア』の前髪右分けがエヴァレットね。
……難しい!! けど、案外見分けは付きやすそうかも。
何せこの二人、雰囲気が全然違う。
フランソワの方は優しく穏やかな印象なのに、エヴァレットの方は何を考えてるのか分からないくらいぼーっとしている。
寝起きだから? なんかそんな感じじゃないんだよなぁ。素でこうな雰囲気を感じる……。
そういう意味では、あまり似ていない双子だと思う。
「お二人のプネウマは何なんですか?」
アンナがごく自然に尋ねた。
これはナイスアシスト! と思ったら、エヴァレットの顔が僅かに歪んだ。
さっきから何事も我関せずだったエヴァレットが見せた微かな変化に、思わず驚く。
何か聞いちゃいけないことだったのかなぁ。
「あ! 僕のプネウマはね! 『晩鐘』と言って、怪我や病の治癒が出来るんだ!」
フランソワが手を大きく振ってエヴァレットの前に飛び出した。
まるでエヴァレットへの注意を逸らそうとしているかのような仕草だ。
そんなフランソワの前に、またコマンドが現れた。
—————————————————————
|ジャン=フランソワ・ミレー
|プネウマ<晩鐘>
|
|夕暮れの畑に、鐘が鳴る。
|その鐘に、農民の夫婦は帽子を脱ぎ、
|祈りを捧げる。
|1日の終わりに感謝を。
|憐れむべき死者たちに追悼を。
|
|プネウマ<晩鐘>は、
|対象への感謝や憐憫の感情が強いほど、
|対象の怪我・病への治癒力が向上する。
—————————————————————
何と。
まだプネウマを見ていないけれど、本人からプネウマの説明をされるとコマンドも一緒に出るらしい。
これは新しい発見だぞ!
フランソワのプネウマは『落穂拾い』の方ではなくて、もう一つの代表作『晩鐘』の方だったのか。
後に、フランソワの大ファンだったダリが超解釈をして話題になったりしたんだよね。
果たして描かれている二人の農民が何に祈っているのか。
それは色々と解釈が分かれるところ。
けれど、畑で首を垂れる農民の夫婦はきっと決して裕福ではない。
そんな必死に生きている中でも、感謝や人への憐れみを忘れない。
そんな姿に心を打たれる。
『落穂拾い』ほどではないけれど、こちらも有名な名作だ。
「エヴァレットのプネウマは秘密なんだ。でも、その内にわかるよ」
そう言って困ったようにフランソワは頬を掻いた。
当のエヴァレットといえば、あくびばかりを繰り返し、何も言う気がないみたい。
なんで秘密なんだろ。そんなに言いにくいプネウマなのかな?
何だろ、水に浸かるとめっちゃ歌が上手くなるとか?
仕事は終わったとでも言うように、エヴァレットは再度カウンターに座って居眠りを始めた。
自由が過ぎる。
君はコアラかナマケモノか?
「次は俺か。俺はポール・ゴーギャン。経済の講師をしているから知ってるだろう」
言いながら、ゴーギャン先生はふーっと口から大量の煙を吐き出した。
さっきまで気付かなかったけど煙草!? この地下室で!?
不思議と煙くないからどこかで換気がされてるんだろうけど、学校で煙草吸いますか先生!!
副流煙反対! 断固反対ですよ先生!!
って、怖くて言えないけど。
ガッと胸元を開けたシャツに緩んだネクタイ。スーツの裾ごとまくりあげた袖。
一目見て分かったわ。
フィンセントの不良っぽいスタイルは、ゴーギャン先生に触発されてるのね。
正面から見ると、左側だけ前髪が長く右が刈り上げている黒のアシメ髪。
黒い瞳の三白眼に顎髭で、全体的にアブナイ男の色気が……。
まさに、セクシーな大人の男性だ。
「まあ、あんま馴れ合う気はないから。そゆことで」
ゴーギャン先生はそう言うと、再び煙草を咥えてドカッとソファーに座った。
か、感じ悪〜〜い!!
フィンセントが不良ならゴーギャン先生はマフィアって感じ。
ここはゴッ○ファーザーの世界じゃねーぞ!
何!? なんで嫌な感じなの!?
本物のゴーギャンもめっちゃ色んな人に嫌われてたらしいし、そういう設定ですか神様!?
アブナイ大人の男好きにはたまらんかもしれないけど、この作品の対象年齢は何歳なんですか!?
「テオ、お前の番だぞ」
フィンセントが頭の後ろに両手を回したまま、後ろの作業台の方を振り返る。
こちらに背を向けたまま、作業台の上で必死に何かの作業をしていた少年がこちらに向き直った。
ひょこんと跳ねたフィンセントと同じ色の髪が揺れる。
「何か言った? 兄さん」
「ほら、新人に自己紹介しろって」
「新人?」
「聞いてなかったのか? ほら、そこの女二人だって」
「ああ! そうだったねごめんなさい! 作業に集中してて。僕はテオドルス・ファン・ゴッホ。フィンセント兄さんの弟だよ」
テオドロス・ファン・ゴッホ……!
おい!!
君は画家じゃないじゃないか! なんでここに居る!?
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