第23点 ムーラン・ド・ラ・ギャレットの約束

 フィンセントとクロード、オーギュストと一緒に、デッサンするのに良さそうな場所を求めて森を散策する。

 イケメン3人を独り占めなんて贅沢なことだ。

 とはいえ、クロードは無表情で何も話さないし、フィンセントはまるで興味がなさそうな風を装いつつ、やけにオーギュストを気にしている。

 なんなんだよ。このグループ、コミュ力壊滅的か。

 結局、オーギュストが意識的にみんなに話題を振ってなんとなく場がもっている。

 本当、さすがオーギュストだわ!

 さらりとそういうことをやってのける人、かっこいいよね〜!

 私たち3人のコミュ力をかき集めても、オーギュストには及ばないに違いない。



「じゃあ週末はよく『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』に行っているのね」

「うん。クロードは呼んでもあまり来てくれないんだけど、他の友だちとね。行ったらすごく楽しいよ!」


 今はオーギュストがよく行くというカフェの話をしているところ。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』はルノワールの代表作にも描かれたフランスにあるダンスホールのことだけど、この世界ではカフェの名前らしい。

 いちごのミルフィーユが絶品なんだって! 食べてみたいなあ〜!

 ところで「ルノワール」で「カフェ」って、日本のあの高級カフェを思い出しちゃうよね……。


「そういえば、ゴッホくんも好きなのかな? たまに見かけるよ」


 オーギュストがフィンセントに声を掛ける。

 するとそれまで全く話を聞いていないふりをしていたフィンセントがビクッ! と肩を跳ね上げた。

 完全に目が泳いでる。

 挙動不審がすぎるよ? どうした??


「べっ別に! たまたま喉が渇いたから寄っただけだし! そんな2日に1回とか行ってねーよ!!」


 2日に1回は行ってるんだ……。

 結構甘いもの好き?

 可愛いとこあるじゃん!



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|ルノワールの描いた『ムーラン・ド・ラ・

|ギャレットの舞踏会』は有名であるが、

|ゴッホもムーラン・ド・ラ・ギャレットを

|絵に残している。

|フィンセント・ファン・ゴッホ作

|『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』は、

|通りを挟んだ辺りから外観を描いたものだ。

|店内で友人と楽しむ姿を描いた

|ルノワールと、

|全体的に暗く重苦しい雰囲気で

|外観を描いたゴッホ。

|描いた時期が違うとはいえ、

|はっきり言って同じ店を描いたとは

|思えない。

|それは、2人の人生観の違い故だろうか。

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 あ、神様からの小ネタ解説が。

 なんていうかこう、友人が多くて絵の中にもよく友人や自分が登場するルノワールと、友人が少なくて退廃的な生活をしていたゴッホの対照的な様が如実に出ているというか。

 そういうことですかね?


 さっきからなんかフィンセントがオーギュストのことを気にしているなぁと思ったけど、同じ店に通っているのがバレるんじゃないか不安になったのか、友人とワイワイ店に通っているオーギュストが羨ましかったのか。

 とにもかくにも、フィンセントが一方的にオーギュストを気にしているらしい。

 ……なんか切ない。

 やだ! 泣いちゃう!!


「えっと……えっと……あ! じゃあ今度みんなで『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』に行かない!?」

「ああ! いいね!」


 私のヤケクソ気味な提案に、笑顔で乗ってくれるオーギュスト。

 さすがはコミュ力お化けのオーギュスト!


「フィンセントとクロードも行きましょうよ!」

「いや俺は……」

「なっなんでお前らと行かなきゃいけねーんだよ!」


 本気で遠慮したいという風のクロードと、本心はかなり行きたそうなフィンセント。

 熱量の差がすごい。


「いいじゃないの行きましょうよみんなで!! よし善は急げ、今日この後行こ!!」


 放課後に友だちとカフェ〜♪ 理想だわ!!

 気になるのは、彼らと一緒じゃ同性の友だちが出来ないんじゃないかってことだけど。

 そこはどうにかオーギュスト頼みでいけないかしら!?

 オーギュストは女の子の友だちも多いみたいだし……。



「あれ、モネくんたちこんな所にいたぁ!」

「本当だぁ〜奇遇〜!」

「ねえねえ、一緒に回らない?」


 森の茂みの向こうから、女子生徒たちのグループが現れる。

 見たところ、A組とB組の混合グループらしい。

 明らかに、顔に「ラッキー」って書いてある。男性3人に視線が全集中だ。

 というか視線だけでなく、あっという間に男性陣が女子グループに囲まれてしまった。

 普段フィンセントは女子に囲まれたりはしてないはずだけど、野外学習で気が大きくなっているのかもしれない。

 女子たちは果敢にフィンセントにも話しかけている。



 ああ。

 完全に蚊帳の外。


「あ……じゃあ私、ちょっと近くでいい場所がないか探してくるわね〜」

「ちょっと待て! 一人で行かせる訳には」

「え!? 本当に!? ボッティチェリさんありがとう〜」


 クロードが追いかけようとするけれど、すかさず女子生徒が遮る。

 女子生徒の目が完全に狩人のそれなのよ。

 本物のサンドラだったら彼女たちにキレ散らかしそうなものなのに、強気がすぎる。

 余程クロードたちとお近付きになりたいんだな……。

 その熱意を買って、チャンスをあげようじゃないか!


「大丈夫大丈夫! すぐ戻るから!」


 ずっと別行動な訳にはいかないけど、少しはね。

 それに私自身、ちょっと一人になりたい。

 いや疎外感に耐えられなくなったとか、そういうのじゃないのよ!?

 彼女たちの圧に負けたわけでもないのよ!?



 賑やかな集団から外れて、一人森の中を進む。

 迷ったりしたら大変だから、本当に周辺だけね。

 ここで考えなしに進んで迷子になるような愚かな子ではないのよ!

 物語的にはここで迷子になるべきでしょうけど、ごめんなさいね神様!





 迷った。


 普通に迷った。

 なんで!?

 大して歩いた訳でもないのに、さっぱり道が分からない。

 もしかして神様の力が働いたんじゃないですか〜!?

 決して私が方向音痴なわけではない!

 たぶん!


 はあ。

 せっかく夜レオナルドが見張りに来てくれても、こんな恰好の状況で一人になったらさ、やばいじゃん。

 早くみんなの所に帰らなくちゃ。


 しかも。

 しかもだよ?

 雲行きが怪しい。

 真っ黒で重い雲が空を覆って、今にも雨が降り出しそうだ。

 さっきまでピーカンだったのに急にどうした!?

 思わず死語使っちゃったよ!!

 太陽が出てないから方角も何も分からない。

 いや分かった所で帰れるほどのスキルはない現代人なんだけど。


 足が疲れてきた。

 森の中は木や草が邪魔で十八番の転がりも難しそうだし、どうしよう。

 なんか、すごく嫌な予感。




 キィヤァーーーーーーーーーーーーー!


 ドゴン!!!



 高音の叫び声と共に、衝撃波が私のすぐ隣にあった木を木っ端微塵にする。

 だよね!!!

 来た来た来た! 来ちゃったよ!!

 来るとと思ったよ本当にもう!!


「サンドラ・ボッティチェリ!! 死ね!!!」


 ムンク来ちゃうよね〜!!!!

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