第16点 周知のモナ・リザ


「おい。ちゃんとついて来いよ」

「分かってるわよ!! フィンセント、あなたこそはしゃいでどこかに行ったりしないでよね」

「なんだとぉ!?」


 ここは王都の中心街。

 フィンセントと私は、制服から市井の平民の服装に着替えて二人で散策中だ。

 私たちの見た目は大体7、8歳というところ。

 違和感をなくすため、名前呼びにすることにした。

 樽と美少年の謎ペアも、子供だからかその異様さは薄れるらしい。

 周囲からは案外微笑ましく見られているけれど、私たちは完全抗争中だ。

 もう本当にこの腹立つやつをなんとかして!


 あの後。

 どうやって子供の姿のまま学園から出て行こうかと考えていたら、なんとあの秘密基地にはもう一つ出入り口があったのだ。

 部屋の奥にあった扉付きの部屋はお風呂とトイレだったのだけど、脱衣所の床にはなんと扉が付いていた。

 そこからハシゴを下って暗い地下道を進んでいくと、学園の近くにある教会の井戸に出た。

 なんか本当に秘密組織っぽくてすごくワクワクする! 本当に秘密組織なんだけど!


 で、そこまでは良かった。

 けれど井戸を出てからはずーーっと喧嘩しっぱなし。

 なんなのこいつは。

 私に何か恨みでもある訳!?


「あなた、何か私に恨みでもある訳!?」


 おっと。また思ったことをそのまま口に出してしまった。

 本当にこの性分をどうにかしないといけないなぁ……。


「あ? お前自覚ないのかよ。『たかが伯爵家の分際で、私に話しかけるとはなんと下品な』とかなんとか言ってただろうが!?」


 え……。

 おいおいやってんなこれ。サンドラやってんな。

 ロッセリから聞いた話では、アルス学園の中では皆平等。身分の差で態度を変えるのは、恥ずべきことで軽蔑されるそうだ。

 だからみんな呼び方も「さん」付けで家の爵位を付けて呼んだりしない。

 そうは言っても気にするんじゃないの? と思ったけど、案外徹底されているそうだ。

 まあ将来的なことを考えれば、下位の者が上位の者をいじめたりは出来ないだろうし、じゃあ上位の者が下位の者を虐げるかといえば、それは恥だからできないという。

 意外にもそういう自浄作用が働いて、ハートフルな学園なのだそうだ。

 そんな中で、真っ向からその方針に反するサンドラが、如何に軽蔑されていたか。

 あー考えるだけでも恐ろしい。


「それでもって学園長には媚び売ってベタベタしてよ。魂胆丸わかりだってーの! <クロリスの変革>しかなくて役に立たなくてもタブローに誘ったのに、『平民と親しくするなんてあり得ない』って断ったのはどこのどいつだよ!」


 早口で次から次へと飛び出すサンドラへの恨み節。

 うーん。これは嫌われても致し方ない。

 それにその言い方だと、クロードが居たからタブローには入らなかったということだ。

 なーるほど。そりゃあクロードだってあんなに嫌そうにするわ。

 むしろよく秘密基地まで案内してくれたな。あいつ良い奴だったのね?

 レオナルドも、よくもそんなふざけたことを言ってた女を再度誘ってくれたものだ。


「学園長の婚約者だって言ったって、形だけの奴だろ? 言っとくけどな。学園長には想い人が居るんだからな。お前だって知ってるだろーが」


 急な新情報入ってきた!!

 私の敵はアンナだけじゃなかったの!?


「え、ちなみにどこのどなた……?」

「はっ! しらばっくれるなよ? ジョコンダ夫人だよ!! 食堂の食材を卸してるジョコンダ商会の! この前も仕事の話で学園長のとこに来てた夫人をすごい形相で睨みつけてたの、俺見たからな!?」


 ジョコンダ夫人……?

 それって、もしかして……。



—————————————————————

|レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作

|『モナ・リザ』

|これは一体誰を描いたものだったのか、

|長らく論争となっていた。

|現在、最も有力なモデルの名は、

|「リザ・デル・ジョコンダ」。

|中流階級の名も無き商人の妻である。

|リザの夫から肖像画を依頼された

|レオナルドは、

|『モナ・リザ』の制作に取り掛かるも、

|依頼金も受け取らず、結局依頼主の元に

|作品が渡ることもなかったという。

|レオナルドにとって『モナ・リザ』とは

|どういったもので、

|リザとは単に画家とモデル、

|ただそれだけの関係だったのか。

|一部の人間はこう推測する。

|「レオナルドはこの『モナ・リザ』の

|モデルに、

|密かな恋心を抱いていたのではないか」と。

—————————————————————


 …………。

 そういうこともコマンド出してくれるのね神様。

 ありがとう。助かるよ。

 でも、そもそもその設定やめてくれない?


『モナ・リザ』のモデルがジョコンダ夫人と言われる人物だとは知っていた。

 このリザという人は、レオナルドにとっていわゆるミューズみたいなものなのかなって思ってたんだけど。

 そうかーーー。

 ここの世界では、愛人なのかーーー。

 しかも全く秘めてない。周知の事実って。

 さっきのフィンセントの話では、リザはきっとこの世界でも商人の妻なのだろう。

 第一王子と商人の妻。

 まあ結ばれることはあり得ないよねえ。

 そこで本妻の座に公爵令嬢のサンドラか。少しだけ、サンドラに同情するわ。


 とはいえ。

 サンドラに非があることは間違いない。

 このままでは、タブローのメンバーたちともクラスメイトたちとも対立したままになってしまう。

 和解するには、早い方がいい。


「ごめんなさい。過去に言ったことは、全て私の過ちだったわ」

「っは……?」


 私は素直に謝罪することにした。

 何事も素直が一番。

 どんなにお金を出されたり対応の改善をされても、たった一言謝罪がないだけで許せなくなるのが人間というものだ。

 もちろん謝罪すれば済む訳じゃないけど、まずは何はともあれ謝罪をする、というのが大事。私はそう思ってる。


 けど、フィンセントの呆けた顔。完全にフリーズしてる。

 余程信じられない言葉だったらしい。


「お前、本気で言ってんのか?」

「本気よ。いくら謝ったところで、過去の行いはなくならないけれど。春休みの間、頭を打って生死を彷徨ったの。それで、価値観が変わったのよ」


 なーんちゃって。

 でも言い訳としてはかなり上出来じゃない?

 前もってこういう時のために用意してたからスラスラ言えたわ!

 どうよ! 私は以前のサンドラとは違うのよ!


「……そんな都合のいい話があるかよ」


 そう呟いて、フィンセントはそれきり黙ってしまった。

 ううーん? この反応は如何に??

 もしかして、「今更都合のいいこと言ってんじゃねーよこの汚樽がっ!」とか思われてるのかな!?

 やっぱり関係改善は難しいかーー。

 焦らず根気よくやっていくしかないかな……。


 肩を落としてトボトボと歩いていると、いつの間にか中心街からちょっと外れた薄裏い通りにやってきた。


「ねえフィンセント。 ここなんかやばくない? 出た方が良くない??」


 せっかく意識してお嬢様言葉が使えていたのに、ついうっかり外れてしまう。

 それだけ怖い雰囲気の所なのだ。

 思わずフィンセントの袖を掴み引き寄せる。

 すぐに振り払われるかと思いきや、案外そのままにしてくれる。

 今は子供の姿だし、さてはフィンセントも心細いのか??


「つけられてる。走るぞ」


 フィンセントが声を落としてそう告げると、一気に走り出した。

 ええ〜〜!!!

 急に事件発生なんですか〜〜!?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る